#4


「んん、その調子で、す……あさひさん、ぁっ」
 西谷の余裕なさげな声が部屋に響く。服を脱がせたところで案の定固まってしまった旭をリードするように西谷はその手を自身の身体に添わせる。旭は大きな手のひらで彼の反応を探りながら様々な場所を撫でる。引き締まったわき腹を撫でるだけで、彼は首もとまでを甘美な色に染まらせて、存分に快楽を感じてみせる。その途端、心の奥底からゾクゾクとした痺れを伴って、征服心が呼び起こされた。
 もっと感じさせるにはどうしたらいいだろうか。旭はその美しい腹のラインを舌でなぞってみた。
「あっ……!」
 すると、小さな悲鳴とともに西谷の腰が飛び上がった。
「えっ」
「えっ、じゃないっすよ。……びっくりしたぁ」
「ご、ごめん」
 つい謝ってしまうと、西谷は違う、と頬を真っ赤に染める。どんだけ鈍感なんすか、という文句は聞こえないことにした。
「……気持ちよかったんですってば……」
「えっ?」
「……もう一度同じとこ……」
「うん」
 西谷の要求通り、先ほどと同じように腹を舌で愛でた。今度は声こそ漏らさなかったものの、彼の脚はわずかにシーツの海を蹴った。これが気持ちいいときの彼の反応なのだろうか。嬉しくなった旭はたまたま目に入った臍を舌でべロリと舐った。
「ひゃ……っ。あ、さひ……っさん!」
 さらに大きな反応が返ってくる。自分のした行動で彼の感情を高ぶらせることができるのだという事実に旭はひどく興奮した。
 こちらはどうだろう、と身体中の様々な部位に舌をすべらせた。中でもツンと立ち上がった乳頭が目に入って、それを舌先で味見をするように舐めてみる。ここでも彼の身体はビクンと波打ち、その中央で揺れる象徴は透き通った蜜を垂らした。舌先でつつくたび、押し倒した細身の身体は何度でも跳ねる。そのたびに彼の表情は蕩けるように甘ったるくなり、元々の童顔と相まってひどく幼い印象を与えた。
 今度はすっかり立ち上がりきった薄紅色の突起を口に含んでみる。歯を立てないように舌を擦りつけると、西谷はいやいやと旭の髪を掴んだ。まるで子どものようだ。けれども、己の脚に触れる熱の高ぶりは少しも引いていない。んんん、と苦しそうな呻き声がしたので視線だけで上を見上げると、彼の大きな瞳と視線がかち合った。
「大事な手、噛んじゃだめだよ」
「でも声が……っ」
「……全部出せばいい」
 彼は自分の手の甲を口に押し当て、声をこらえていたらしい。その手をそっと取って、その奥から現れた花の綻びに自分のものを重ねた。
「ふっ……あさ、ひさん……っ」
 二人の体温は常よりもずっとずっと高くて、このまま触れ合っていたらいつか溶けて一つになってしまうのではないかと思われた。
「にしの……や……」
「……名前で……」
 西谷の手が旭の髪をかき、ヘアゴムがその細い指に絡まった。西谷の手が重力のままに落ちるとともに、それもささやかな音と一緒にベッドへ落下した。
「あぁ。夕……」
 長い髪が落ちてきてまぶたにかかる。それを無理矢理片手でかきあげて、彼にさらに密着する。そのときにでも自分の高ぶった熱が彼に触れたのだろう。彼が恥じらうように視線を彷徨わせた。
「抱いてもいい?」
 緊張でいつもより低くなってしまった声で囁くと、西谷はごくりと息を飲み、自分の手に小さな瓶を渡してきた。
「……どうすればいいの?」
「……てください」
 彼らしからぬ蚊の鳴くような声で返ってくる。
「え、聞こえないよ」
 なに? と顔を寄せると、強い力で手を引かれて、彼の肩に顔を埋める形になった。
「それで俺の後ろをほぐすんです」
 耳元で湿った音色が聞こえる。
「あっ」
 男性同士のセックスでは後ろを使うことはなんとなく知識として知っていたが、いざ自分がやるとなると不安でいっぱいになる。
「大丈夫です。俺、そんなに弱くないですから」
 額にキスをされて、彼はゆっくりと四つん這いになり、こちらに背を向けた。
(あぁ、こちらからは全てが丸見えだ)
 旭がその痴態にドギマギしていると、西谷がわずかに後ろを振り返った。
「お、俺もかなり恥ずかしいんで……その」
 その顔は今日一番の真っ赤さだ。
「……早く旭さんでいっぱいにしてください……」
 言った後に恥ずかしくなったのか、西谷は枕に顔を埋めてしまう。さらに腰が上がって、差し出されるままになっているそこにそっと指を伸ばした。
「い、痛くない?」
 見ているこちらが悲鳴を上げてしまいそうなほど、生々しい光景が目の前で繰り広げられている。オイルですべらせた中指はこちらが拍子抜けするほどするりとそこへ吸い込まれていった。うんうんと首を縦に振る彼を確認して、何度も指を出し入れする。
 滑りが良くなり、くちゅくちゅと音が立て始めたころ、西谷が「二本めも」と小さく言った。言われるがままに薬指も差し込んだ。西谷がビクリと身体を震わせたから痛かったのか、と旭は冷や汗を浮かべるが、そうではないようだった。
「今のとこ変な感じが……」
「えっ、ここ?」
 先ほど触れた箇所をもう一度指の腹で撫でる。微かにぷくりと膨らんでいる気がする。
「ん、」
 少し強く押してみたらどうだろう、とそこを器用に曲げた中指の腹でぎゅっと押してみた。
「あぁぁ……!」
 途端に悲鳴のような嬌声が上がり、枕から顔を上げていた彼の顔が再び枕に沈む。身体はまな板に乗せられた魚のように何度も断続的に跳ね上がっている。もしかして、と手探りで触れた腹は、ぬるぬるとした液体で濡れていた。
 自分の指が彼を……! それを自覚すると、ずっと奥でくすぶっていた感情が一気に溢れ出した。彼の身体に自分の杭を勢いよく打ち込んでしまいたい。指をちゅぷりと抜き取り、その大きく開いた穴に自分の高ぶりを添えた。
「あっ、あさひさんっ」
 触れる熱に気が付いたのか、西谷が譫言のように名前を呼ぶ。
「挿れるよ……」
 答えの代わりにぎゅっとシーツを握る彼の手の上に自分の手のひらを重ね、ゆっくりと覆い被さった。後ろから包み込む彼は思ったよりも華奢で、今にも壊してしまうのではないかという恐ろしい妄想に駆られる。けれどもそのとき、彼の言葉が頭の奥で聞こえた。

 ーー俺、そんなにヤワじゃないっす。それに旭さんになら壊されてもいい。

 半分以上入ったそれを一気に押し込む。西谷がうっと息を詰めたが、それもすぐに甘い吐息に変わった。そしてふわりと彼の身体の緊張が緩んだのを見て、ゆっくりと腰を動かし始めた。先ほどの膨らみを撫でるように何度も同じ場所を往復する。そしてたまに角度を変えて奥を擦ると、彼の身体はわかりやすいほど快楽に震えた。真っ白な背中が何度も反れる様子はあまりにも美しく、その背中に何度も口づけを落とした。
 彼が動くたびに強く浮き出る肩胛骨。人間が遠い昔、まだ天使だったころ、羽根が生えていたとされるその名残りのすぐそばに、旭は濃桃色のキスマークを残した。いくつもいくつも散った所有印はまるで可憐な花びらが舞っているかのようだ。陶器のようになめらかな白色の中に浮かぶそれは、初雪とともに咲き誇る桜のような神秘的な印象を与えた。
 乱れた黒髪が前で前後に揺れ、その隙間から風呂上がりのように火照った耳が見える。正面から見れば、どんなに可愛らしい顔をしているだろう。
 知りたい。もっと見たい。旭の本能は貪欲に彼を欲しがった。
「ゆ、う……」
 不意打ちで名前を呼ぶと、その肩が臆病な子猫のように跳ね上がったのが見えた。旭はそのまま彼が振り返ろうとするのも待たずに、身体をぐるりと反転させた。
「うぁ……んんっ」
 中が抉られて、西谷が苦しそうに呼吸が乱す。ごめん、と手のひらでその濡れた額を撫でると、涙の膜で潤んだ瞳がこちらを見た。熱に浮かされたその表情。ガラス玉のように澄んだ目の奥には飢えた野獣のような表情をした自分の姿だけが映し出されていた。
 もっと、と不自然に湿った唇が懇願し、その奥から鮮やかな舌先がわずかに見える。その舌に負けず劣らず甘美な色合いを見せるまなじりはいたく扇状的だった。そして本能に動かされるままに旭は腰を揺らした。
「そ、こ、ダメで、す……って、ば…ァァ!」
 不規則な律動を続けると、その動きに合わせて彼の唇からはひっきりなしに声が漏れた。紡がれる否定的な言葉とは裏腹に、身体の奥は熱を増し、彼の理性がか細い糸一本でのみ支えられていることが容易に想像された。
 艶めかしい鳴き声が部屋に零れるたび、西谷は恥ずかしそうに瞳を閉じ、ぎゅっと繋いだ手を握り返してくる。それが嬉しくて細めの指に自分の指を深く絡ませなおすと、奥の締め付けがきゅっと強くなった。
 ほのかにバニラの香りを発するオイルと少し青臭さを感じさせる先走り液は完全に混ざり、それは快楽を増すためだけに存在する潤滑油に成り変わる。くちゅくちゅと生々しい音が部屋に溶け込めば、貪欲な彼の身体は、さらに欲望の杭を奥へ奥へと誘い込む。それは誰も到達したこともない秘密の園へと向かうのである。誰にも踏みならされていない場所。そして今後も自分以外が踏み入れることはないその場所だ。
 こめかみを流れる汗をぬるつく舌で掬えば、ほんの少し塩辛く、そしてこの上なく上品な甘みが味覚を支配した。他人の汗を甘く感じるなんて、自分の味覚は麻痺しているのだろうか。いや、味覚だけではない。鼓膜はチョコレートに一晩中浸されたような甘ったるさに支配されているし、彼の首筋に顔を埋めれば、初夏の爽やかな薫りが嗅覚をくすぐる。晒け出された柔肌に舌先をすべらせると、それは陶器のようななめらかさをもってざらつく舌の表面を撫でかえし、目を閉じても開いていても、自分の瞳に映るのは彼ただ一人だった。五感の全てが彼を欲していた。
「だいすきだよ、」
 あやすように身体を揺らしながら、普段伝えることの少ないその言葉を正面から差し出せば、再び彼の肩が勢いよく飛び跳ねる。肩だけではない。身体中に電気が走ったかのように、彼は四肢をひきつらせた。
「……ッッ!」
 声を出す余裕もなく、西谷は達した。密着した二人の肌が白濁に濡れた。その熱さを腹に感じると同時に、旭も燃え上がるような感情を内にぶつけ、その最奥に欲望の痕を残した。

 ゆっくりと腰を引いてもなお、彼の身体は小刻みに波打っている。肉棒を完全に引き抜いた瞬間、注いだ精液が流れ出て、シーツにぱたぱたと小さな染みを作った。
 あぁ勿体ないと思ったが、旭はすぐに思い直す。溢れてしまったのならば、また注げば良いだけの話だ、と。そしてそれは今じゃなくても良い。これから二人の時間はどんどん重ねられていくのだから、ゆっくりと時間を掛けて彼を自分で満たしていけば良い。
「お疲れさま」
 気だるそうな恋人の前髪をかきあげ、額にキスをした。そしてまだ幼すぎる自分には伝えられない想いを心の中で呟いた。愛してる、と。
 そっと離れようとすると、後頭部をしっかりと掴まれて、そのまま唇に噛みつかれた。驚く旭に構わず西谷は角度を変えつつ、口づけを深めていく。けれども、旭も負けじとその頬を手のひらで愛でた。自分の指先が触れるたび、未発達の身体がシーツの上で揺れる様子に言い表しようもない満足感が全身を疼かせる。身体を繋ぐ前よりも彼との心の距離が近付いた気がして、それは旭の感情に幸福の音色を呼び寄せた。
 とめどなく溢れるこの気持ちが彼にもどうか伝わりますように。そう願って旭は彼をしっかりと抱きしめなおした。


【了】

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