#2


 坂を下りながらこうして彼と帰る日々ももうすぐ終わってしまうのかと思うと、ひどくさみしい気持ちになる。恋人である彼にそんなことを言えば、これからずっと一緒にいるんですからそんな心配しなくていいっすよ! とその小さな身体と大きな心で包み込んでくれるのだろう。
 そういえば、と旭はやけに静かな恋人を覗き込む。こうして皆と帰るときは、田中や日向と騒いでいるか、自分の隣で一生懸命こちらを見上げながら話し込んでいるか、のどちらかだというのに、今日はそのどちらでもなかった。隣で歩く彼はいつになく静かだった。
「西谷? どっか調子わるい?」
 心配した旭は周りに気を遣わせないように小さく声を掛ける。
 その途端、西谷の身体が大きくぐらついた。
「西谷!?」
 旭は反射的にその身体を支える。
「え、どうかしたの?」
 後ろを歩いていた菅原が駆け寄ってきた。すぐ後から大地もそばに来た。
「顔、赤い……? 熱?」
 旭が尋ねると、西谷はわからないと首を振る。
 そのとき、チョコレートに入っていたと思われるラム酒の香りが鼻先を掠めて、旭の脳内に一つの仮説が生まれる。
「西谷…もしかして酔った?」
「え、おれ酒なんて飲んでないっすよぉ」
 へにゃっと崩れた表情に、その場にいた全員が同じことを思った。こいつ完全に酔ってる、と。
「大地…」
「……まさかチョコレートで酔っぱらうとはな。とりあえず家まで送って家の方に説明……」
「今日〜、家のひと帰ってこないんすよぉ」
「あちゃぁ……」
 菅原は頭を抱えている。家の人がいないのは不幸中の幸いか。しかしながらこのまま彼を一人で帰宅させるわけにはいかないだろう。
「……旭」
 そんなことを考えていると、大地に名前を呼ばれた。
「え、俺?」
 付き合っていることを知っているわけではないと思うが、突然の指名に心臓が飛び跳ねる。
「旭が適任だな。任せようか」
 菅原もあっさり同意したことによって、その場はまとまった。こうなれば自分に決定権や拒否権はない。まぁ、元からこの彼を見放すつもりはなかったが。
「ところで影山と日向は?」
 そう言って菅原があたりを見回していると、ようやく先頭集団に追いついた山口が問いに答えた。
「なんか影山が忘れ物したって言って喧嘩しながら二人で戻ってましたよ。ね、ツッキー?」
「山口、うるさい」
 月島が眉間をしかめても、山口は気にすることなく笑っている。これが彼らなりのスキンシップなのだろう。友情にもいろいろあるなぁと感心するばかりである。
「なんだかんだ影山と日向っていつも一緒にいるよな。仲良いのか悪いのかよくわかんねぇ」
 菅原が微笑ましそうに言う。
「もしかして怪しい関係だったりして」
 田中が身をくねらせ、やだぁ破廉恥! と頬を染めるふりをする。
「ってちょっと皆置いていかないでくださいよ!」
「じゃあ旭。西谷を頼んだぞ」
「う、ん」
(田中が向こうでなんか言ってるけど無視しても大丈夫なのかなぁ)
 悪いが、今は酔っぱらいと化した恋人の送迎が先だ。ごめんな田中、と心の中で謝って、隣にいる小さな彼の顔を覗き込んだ。


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