※時期的・設定的に一期です


任務もない、メンテナンスもない、食う寝る以外にやることがない。ここまで手持ち無沙汰になったのは久々だった。暇な時間をただぼんやり過ごすのも悪くないが、今のニールの気分がそうさせない。なにか息抜きでもしたい気分だった。ベッドから起き上がって部屋を出る。

「ロックン、オデカケ、オデカケ!」

背後からハロがニールの後を追いかけて転がってくる。いつものように小脇に抱えて息抜きのパートナーの部屋へと向かった。

「何の用だ」

「暇を持て余すのもなんだから、地上に行こうと思ってるんだが…」

刹那は部屋のドアをほんの数センチ開けただけで、その隙間からこちらをじっと睨んでいる。石榴色の瞳からは心なしか怒りの色が感じ取れる。

「……お前さんは何を怒っているんだ?」

「誰の所為で腰が痛いのか、考えてみろ」

「ああ、そう言えば」

昨晩のことだったか、いつも以上に刹那を激しく扱った挙句、意識が混濁したまま何度か愛した。余程無理を強いたようで刹那の体(主に腰)を痛めてしまったようだ。擦ったりマッサージしたり、何かしら手を打とうとしたがお約束の「俺に触るな!」の一言を出されては引っ込まずにはいられなかった。

「わかった、腰痛の原因を作ったのは俺だ。悪かったよ」

「謝って済むものならガンダムは要らん」

「謝るしか方法ないだろう。お前が罪滅ぼしのチャンスをくれないんだから」

何を言っても刹那の鋭い視線は変わらず、ニールを捉えて離さない。どこで覚えたのか口だけは達者になって、一丁前に言い返してくるものだからニールは頭を抱えた。

「ったく、意地っ張りだな…」

溜息を吐いたニールは不本意ながら一つの案を提案した。

「地上に降りて美味いもの奢るから」

もので釣っているみたいで腑に落ちないと付け加えた上で、納得してくれるか?とのニールの問いかけに刹那は目を逸らす。

「誰がそんな子供騙しで…」

「フェルトに日本に美味しいアップルパイの店を教えて貰ったのになあ」

「……………」

わざとらしいニールの言動にも関わらず刹那は地上に降りることになった。刹那も女の子だ、甘いものに目がないのはフェルトやクリスティナと一緒だった。

「セツナ、ツラレラ、ツラレタ」

刹那との交渉の間ずっと静かにしていたハロが呟いた。





「日本はこの時期、梅雨だったか」

しとしとと降る雨の中、フェルトに教えられた地図を目当てに店を探す。地図を手に歩くニールの後を水溜りに移る曇った空を眺めながら刹那も歩く。今更ながらアップルパイ一つでニールと一緒に地上に来てしまった自分の軽薄さを悔やんだ。目を覚ましたら節々の痛さからまともに動けず、更に声を出しすぎた所為なのか声が掠れて上手く話せなかった。今は腰の痛みだけに収まってはいるものの、ニールに対する怒りの炎が消えたわけではなかった。

「おい刹那、こっちだよ」

「あ…ああ」

悶々と考え事をしていたら目的の店を通り越していた。傘を畳んで、金色のドアノブを回して白い木目調のドアをくぐると、ふわりと焼き菓子の甘い薫りに包まれた。店の壁際に沿って設置されているテーブルの上には籠に入ったクッキーやサブレが綺麗に陳列されていて、大きなショーケースの中にはタルトやシュークリーム、チーズケーキやショートケーキ数え切れないほどのケーキが並んでいる。

「目当てのものはこっちだぜ」

「え」

ショーケースの端の方にあるにも関わらず存在感を放つのは艶やかな焼き色をしたパイだった。アップルパイにレモンパイ、バナナパイもある。フェルトはこの店のお菓子を全て食べたことがあるのだろうか。だとしたら物凄く羨ましいことだ。刹那はショーケースを端から端まで見て回りたくなった。
「ふ、どれにする?」
ニールの笑い声にハッと我に帰った刹那は顔を一気に赤らめて下を向いた。嬉々としてショーケースを覗き込んでいた刹那の様子を見ていたニールは彼女が満更ではないことが分かった。それが刹那にとっては恥ずかしい。

「おい刹那、アップルパイの他に何か皆に買っていこうぜ」

ニールはミス・スメラギ、クリスやフェルト辺りは喜ぶぜと刹那を小突いた。刹那がチョイスしろ、と言うのだ。お菓子を選ぶなんてことをしたらしばらくはトレミーの中でネタにされておちょくられることが目に浮かんだ。それは回避したい。

「に、ニールが選べば良いだろう…」

「いやあ、女の食べたいものは皆目検討がつかないからなあ」

折角の買い物を無駄にしないためにもお前が選んでくれよと、微笑むニールをどつき倒したい衝動に駆られたが人目がある。ぐっと堪えてニールを睨みつけた。

「………………」

「なっ?」

刹那の視線を気にせずニールは「頼むぜ」と刹那の背中を押す。楽しげにケーキを眺めていたこともある。渋々とアップルパイの他に二つ、注文をした。





店を出る頃には小雨になり、雲の切れ間から陽の光が差し込む妙な天気になっていた。アップルパイにレモンパイ、それとアーモンドケーキを手に、店を出た二人は町を歩いた。

「嫌々着いてきたのに結局楽しんでるじゃねえか」

「着いてきたんじゃない、連れて来られたんだ」

「アップルパイに反応してたのによく言うぜ」

「煩いぞ」

売り言葉に買い言葉、甘いスイーツを手にしているのに口から出てくるのは辛辣な言葉ばかりだ。まあ、トレミー戻ってアップルパイを食べたら静かになるだろうとニールは刹那を見下ろす。相変わらず眉間に皺が寄ったままで臍を曲げている。その様子が可愛く見えてニールは緩む頬を手で隠した。

「?どうした?」

「いや。なんでもない」

「なんだ、言いたいことがあるなら言え」

「言うと怒るから言わねえさ」

むっとしたようにニールを見上げる刹那が口を開こうとした時、小さな歓声が聞こえた。二人揃ってその声のする方を見遣ってその場に立ち止まる。

「教会か」

「結婚式だな」

教会の出口に新郎と新婦が立って幸せそうに笑っている。新郎と新婦が出てきたのを見た彼らの親族や友人たちが声をあげたのだ。薄いピンク色のドレスを着た新婦がこちらに背を向けて、オレンジや黄色の花で作られた鮮やかな色のブーケをぽいっと放り投げると、友人の女性たちが我先にとブーケを取りに手を伸ばす。刹那たちの居るところからはブーケが誰のものになったかは見えない。曇り空の下、薄いピンクのドレスは霞んで見えてしまうのが勿体無いなとニールは思った。隣で結婚式の様子をまじまじと見つめる刹那を見て

「やっぱ白だよなあ」

彼は刹那の肩を突き、行くぞ、と合図して歩き出しながらぽつりと呟いた。