「力を抜きなさい」

「はぁ……  う、」

布団に横たわると同時に帯を解かれ、着物の裾から細い足が覗いた。人前に肌を晒すのは刹那にとっては初めてのことで、頭の奥の方が熱を持ったように熱くなり、平衡感覚がなくなったようにクラクラしてきている。

「水揚げは三日後だ」

と、刹那は楼主のサーシェスから唐突に伝えられた。貧相な体つきだが脱げばまあまあ様にはなるだろ、と刹那に向かって煙管の煙を吐き出した。あまりの煙たさに刹那は咳き込むがサーシェスに構う様子はない。正座をして膝の上で着物を握り締めている刹那に、彼は意地悪く言う。

「堅くなる必要はないぜ。四十くれえの優しいおじ様が可愛がってくれるからよ」

女衒に売られ禿として育った女や未婚の処女が売られてきた場合、水揚げと呼ばれる儀式をする慣わしがある。妓楼では、遊女の水揚げに気心の知れた客の中でも四十代の男に依頼しているのだ。

「客を取ってから水揚げしてくれたおじ様が愛おしく感じるだろうよ。間違ってもてめぇが痛い目見るこたあない。安心しろ」

とうとう自分も女郎になるのか。姉女郎のスメラギやクリスティナのように、客を取るようになるのか。サーシェスに突きつけられた事実を前にしても刹那はいまいち実感がわかなかったが、自分の体を弄っているこの四十代の男を前にして理解できた。自分が禿ではなくなると、ようやく理解したのだ。

「力を抜きなさい」

「はぁ……  う、」

下帯を払い退けた男の無骨な指が下腹部をなぞる。ぞわ、と全身を駆け巡る変な感覚に刹那は身を捩じらせて逃げようとした。そのせいで着物が本格的に乱れ始め、小さな膨らみも細い肩も丸見えのくせに帯だけがしっかりと腰に巻きついたままの奇妙な格好になっている。部屋の中は薄暗いが近くにある行灯のせいで互いの体だけははっきりと見えている。

「そんなに息を詰めるとよくないから、ほら」

体中を優しく撫で回されてもれそうになる声を必死になって抑えるため、刹那はぐっと息を潜めていた。場数を踏んだ男にはそれはすぐに分かった。刹那の口に無理矢理、指を差し込んでそのまま愛撫を再開する。

「ふう、 っ…」

「口を閉じていると力んでしまうよ」

痛い思いはしたくないだろう、と囁かれて刹那は恐る恐る力を抜いていく。良い子だね、と呟くと男は突然刹那の膝を割った。あまりに唐突すぎて抵抗する間もなかった刹那の幼い秘部は、行灯の仄かな灯りの中でじっと凝視されている。

嫌だ、見るな。心の中でそう叫んだ刹那は腕で自分の顔を覆ってしまった。膝だって閉じてしまいたかったが、男にしっかりと掴まれているため叶わない。ぷるぷると震えるだけだ。外気に晒されているそこは恥辱から燃えるように熱くなっている。

「あっ」

「力まないで」

男の声に刹那は徐々に体から力を抜こうとするが、皮膚を走るむず痒い感覚にびくりと体をひくつかせた。男が、陰部を愛撫している。

「 ひ ぅう…」

外側の方からゆっくりと筋をなぞるように指が動く。空いている方の手で太ももや腰もなでられて刹那は思わず声をもらした。体全体が刺激に過敏に反応して自分でも抑えられなくなっているのだ。逃れようのない微かな快感をやり過ごそうと刹那は着物を握り締めてただただ耐えるだけだ。

「は、あ… あっ!」

ぬる、とした感触のあとに刹那は腹部の違和感を覚えた。開かれた足の間を、なにか小さなものが、指が、入り込もうとしているのだ。身を起こして下腹部を見遣った時、ちょうど男の指がずるりと侵入してくる瞬間だった。陰毛のない刹那の恥丘のその向こう側、自分でさえ触れたことのない場所を男が触れている。

呆然とその光景を他人事のように見ていた刹那だったが、襞を抉った快感に我に返った。解すようにゆっくりと太い人差しを出し入れしている。抜けていく時の喪失感と入ってくる時の充足感に翻弄されて刹那は腰を浮かせる。傍から見れば気持ち良さから強請っているようにしか見えない。

「そうかい、気持ち良いかい」

「ひゃ、  あ、うっ」

すっぽりと二本の指が刹那の中に収まった。みっちりと中を満たされて刹那の意識とは無関係に膣が収縮している。初めての快感の下で暴走を始める自分の体が、恐ろしく感じた。それを知ってか知らずか、男は愛液でべっとりと濡れそぼった太い指をゆっくりと挿しいれて刹那を責め立てた。

「い、いや っ」

もう怖い、と涙目になりながら敷布を掴んで逃げようとしたが男はいとも容易く刹那の腰を引き寄せて、更にぐいと大きな質量を彼女の膣内に押し込んだ。膣の中でぐるっと指を捻った拍子に、刹那の腰から全身にかけて一気に雷のようなしびれが広がった。たまりにたまった水が桶から溢れ出すように、それは突然やってくるのだ。溢れ出したそれは止まることなく体中を駆け巡って刹那を刺激した。

「は、っ ひぃ、―っ」

息苦しかった。息をする間もないほどに体が快感を享受している。体を強張らせてイっていた刹那はふと、突然布団の上に力なく倒れ込んだ。過ぎた快感に体が追いつかず意識が朦朧としているのだ。目を開けてはいるが焦点があっていないようで天井を見ているのか男を見ているのかもわからない。

「おや…」

男は刹那の様子を見て何を思ったのか、着物の乱れを直しそっと掛け布団で刹那の体を覆ってやった。されるがままの刹那はようやく落ち着いてきたのかどうにか男の方を見遣った。が、相変わらずぼんやりとしているだけだった。

「どうも娘と被って仕方ないねえ…」

男はぽつりと呟いた。

「なんだか胸が痛いね。いつもならなんとも思わないんだけど、君みたいな幼い子を抱こうと思うと自分の娘を犯しているみたいでね、居心地が悪くて」

男の話を聞いているうちに思考がはっきりしてきた刹那は体を起こそうとしたが男に制止された。どうかそのまま、寝たまま聞いてくれ顔をこちらに向けてくれるな、と男は言った。

「すまないけど、私にこれ以上のことは出来ないよ」

そう言って男は部屋の襖を音もなく開けて出て行った。娘と似たような顔つきの上に歳も近かったのだろうか。刹那はそう思うだけで布団の中で動けないままでいた。刹那の水揚げを未遂に終わらせた男は二度と妓楼を訪れることはなかった。





数日後、刹那は新造として見世みせに出ることになった。刹那の水揚げが未遂で終わっていると知るものは誰もいない。楼主のサーシェスに言おうものならあの男になにかあるのではないかと一抹の不安を感じた。故に言い出せずにとうとうこの日を迎えたのである。

「刹那、綺麗よ」

「うん、綺麗だしとっても可愛い」

スメラギとクリスティナが甲斐甲斐しく世話をやいてきて、刹那はどこか気恥ずかく着物の着付けなど以外は断ろうと思っていた。が、「最初くらいは手伝わせてよ!」とクリスティナの猛烈な勢いに結局されるがままになってしまった。

「着物、似合ってるわね」

綺麗な文様に、目の色に合わせた鮮やかな赤い着物。煌びやかな着物を着たことなど一度もなかった刹那は鏡を見遣る。化粧をして花簪を挿し、赤い着物に身を包んだ自分が写っている。後ろで締めていた帯は前結びになった。鏡に映る自分がまるで知らない人のように見えて、思わず覗き込む。角度を変えて覗き込む度に花簪が揺れて飾りがしゃらしゃらと涼しい音をたてた。刹那は変な高揚感からずっと鏡を見ている。

「刹那ったら子供みたい」

「ち、違う!埃が付いてないか見ただけだ!」

クリスティナのいつものからかうような口調に刹那はバッと後ろを振り返る。そこには反応が面白いからとちょっかいを出してくるお茶目なクリスティナの笑顔があった。またからかわれた―と頬を膨らませた刹那は鏡に向き直って着物の襟を正す。

刹那は鏡に煌びやかに写る女は自分で、もう禿ではないのだと再認識した。初めての客はどんな人なのだろうか、いやそもそも自分を取る客がいるのだろうか。漠然と感じていた不安が突然波のように押し寄せてきた。自分は、やっていけるのか。

「刹那」

柔らかな声で名前を呼ばれて振り返る。スメラギとクリスティナの二人は襖を開けて部屋を出ようとしていた。二人の顔はどこか哀愁が漂っているよう。

「さ、行きましょうか」

スメラギに促されて刹那は部屋を出た。


・水揚げに四十代の男に依頼→この時代の四十代は既に初老。なので勃起してもアレがしなやかで、若者のように突き立てる心配がないので水揚げを依頼したそう。
・張り見世→妓楼の店先にある格子で仕切られた部屋のことでその格子の中に遊女たちが並び、客が外側から遊女たちを品定めする場所のこと。