留守居役グラハム・エーカーは二日間居続けをした。昼夜問わず、体を求められ一日と経たずに刹那は足腰が立たなくなっていた。だというのに構わずグラハムは行為を続け、幾度となく刹那の中で果てた。

乱暴にされたわけではなかった。かと言って歯の浮くような台詞を溢れさせながら抱かれたわけでもなかった。吉原に足繁く通う客の中には遊女に執心し褥を共にする度、遊女の見目麗しさや気品の良さを誉めそやす者もいる。勿論それは遊女の手練手管によるものだ。客の心を掴んで己の虜にする。遊女の手の上で上手く転がされていることを知ってか知らずか、ひと時の睦言を交わす。

グラハムが刹那を指名するのは初めてだった。交わした言葉は非常に少ない。座敷で歓談の最中、強引に事をし始めた。以降は喘ぎ声の合間合間、会話にしてはだいぶ拙いやりとりをしただけ。

「また来る」

グラハムはそう言って、ぐったりとほとんど身動きが取れない刹那を残し座敷を出て行った。この男は何故、初見の遊女にここまで滾り体を重ね続けたのか。朦朧とする刹那の頭の片隅にそんな疑問が浮かんだ。

「は、あ…」

どぷり、と中から溢れる感触に腰が震える。激しく執拗に穿たれ続けた膣は粘度の高い液体の動きにも反応を示す。この二日間、体調を気に掛けて訪れたティエリアとクリスティナを除けば座敷を出入りする禿と話したのみで妓楼の誰とも会っていない。

心身ともにグラハムに馴らされたせいで体がおかしくなっている。体の中はおろか、座敷にもいない男の肉棒が未だ腹の中に居座っている感覚が湧き上がった。脱力していた四肢が僅かに強張り、息が弾む気配をにじませる。腰を高く上げさせた刹那の後ろに回ったグラハムが、その細い腰を掴んで強弱と緩急を巧みに織り交ぜて動いている。

「ちがう…」

自分は居続けから解放されたのだ。そう考えて、不意に湧き上がった淫猥な想像を掻き消そうと頭を振る。和紙で精液を拭うだけでも腰が戦慄く。

「違う、違……あっ!」

息を飲んだ。視界にちかちかと眩しい光が明滅して、達する度に股の奥から白いものが溢れ出た。体が暴走している。息苦しい。誰か助けてくれ。声にならない悲鳴が口から漏れる。が、達した余韻で震える四肢は言うことをきかない。

結局、先日のようにティエリアとクリスティナに介抱されてようやく湯殿で身の汚れを洗い流すことができた。身の回りの世話をしてもらわねばならないほどに体力を消耗し、足腰が立たずまともに歩けない刹那には休息が与えられた。遊女が休むなどあり得ないことなのだが、更に楼主のサーシェス自らが言い渡したことで最上屋はしばらくの間その話題で持ち切りだった。

理由は留守居役が二日に渡る居続けをしたお陰で最上屋に支払われた金が高額だったからである。勿論、楼主としては「働け」以外に掛ける言葉などなかっただろうが客に指名されても座敷まで介抱なしに歩いていけやしない。休みを言い渡したのは、補って余りある金額が転がり込だというわけだ。全ては金がものをいう。

「客に感謝するんだな」

サーシェスは刹那を嘲った。明日からはまた体を酷使することになる。どうせ一日限りの休みだ。座敷の方から誰かの喘ぎ声が微かに聞こえてくる。男の笑い声が木霊する。薄暗い部屋の中で、刹那は布団に潜り込んだ。



―なんだか初々しい人が来たわね。

クリスティナは今晩の客を見てそう思った。名前はリヒテンダール・ツエーリ。商家の奉公人で、番頭と丁稚との中間役の手代をしているのだという。座敷に入ってもなかなか視線を合わせようとしない。そわそわと居心地が悪そうに座敷の中を見回している。豪奢な仕切り屏風などを眺めたあと、厚い布団を見て気まずそうに目を逸らした。

褥を見て昂る客は数え切れないほどいたが、こんな風におどおどとする客は初めて見た。クリスティナはあれこれと話題を持ちかけてみるものの、どれもこれもこの初々しい客の興味を引くものではないらしい。どうしてわたしを指名したのかしら、と途方に暮れながら杯に手を伸ばす。酒を飲めば少しは気が晴れて話やすくもなるだろう。

「今晩はどなたかとご一緒に来られたのですか?」

「奉公してる家の番頭に連れられて…」

言い澱んでそのまま黙り込んだ。座敷は妙な沈黙が流れ、隣の座敷の喧噪が耳に障る。

―だめだなあ…。一杯飲んでくれたら少しは話がしやすいのになあ…。

遊女と客に深い溝がある。何故かはわからない。距離を縮めようとすればするほど空回りしているのではない。この客は、何か理由があって遊女のもてなしをすげなく受け流している。薄い反応しか示せないことに負い目や申し訳なさに近いものを感じているらしい。でなければもっと粗雑に、乱暴に遊女を扱うはずだ。

「実は、」

猪口を手にしたまま客はクリスティナを見つめた。

「こういうところ来るの、初めてなんすよね…どうしたらいいかわからなくって…」

えへへと照れ臭そうに笑う。虚勢を張ったりする客を多く見て来たため、リヒテンダール・ツエーリという男の見栄を張らない態度にクリスティナの肩から力が抜けた。

それと同時に胸の中にふわりと温かいものが込み上げる。長いこと忘れていた感覚だ。堪らず、クリスティナは徳利を放り出してリヒテンダールに身を寄せる。遊女が自分にしなだれかかっている。突然のことに目を白黒させて慌てふためくリヒテンダールを、クリスティナは見つめた。

「あ、あの…っ」

着物の帯を解いて徐々にはだけていく煌びやかな着物。露になる柔肌、豊満な胸を押し付けてくるクリスティナの痴態にリヒテンダールは唾を飲む。

「気持ちよくなろうね」

柔らかな肉の感触、温かい熱、可愛らしい顔立ちの遊女。圧し掛かる重みが心地良い。リヒテンダールは、手を伸ばし白い肌に優しく触れた。



いつものように三人で甘味を食べるが、クリスティナの様子がおかしい。どこか上の空で汁粉を手にしたまま呆けている。刹那とフェルトは顔を見合わせて首を傾げる。

「クリス、どうかした?」

「今日は口数が少ないな」

声をかけても相変わらず考え事をしているようでクリスティナはため息を零す。

「好みじゃないのにねえ…」

甘味処の菓子はどれも美味い。種類もそこそこあり、何を食べようかと毎度迷っているというのに「好みではない」と言う。一体どうしたというのだろうか。

「…わたしと刹那でお汁粉食べようか?」

「団子と交換しても構わない」

「えっ?」

汁粉の入った椀を手にして呆けていたことに気がついて、クリスティナは刹那とフェルトの顔を見遣る。そして何故か顔を少しばかり赤らめて遊女らしからぬ粗暴さで汁粉を掻き込んだ。

「ね、刹那…。クリスに何かあったの?」

「わからない…昨日まではいつものようにしていたんだが…」

ひそりひそりと耳打ちで話し合う二人を他所に、クリスティナは昨晩のことを思い返していた。

茶髪の陽気そうな顔立ちの青年は恐る恐る自分の肌に触れた。僅かな接触で顔を真っ赤にしてどうしたものかと慌てふためく。手練手管など不要だった。優しく触れるだけでリヒテンダールは昂らせて、窮屈そうに身を屈めた。幼子を慈しむように触れるだけで、甘味を味わうように舌を這わせるだけで、掌と口にトプトプと吐き出した。なさるがままになって自分の愛撫に打ち震えるリヒテンダールを見て、クリスティナはどうしようもなく胸がときめいた。

思い人に触れるように、仲睦まじい恋仲の男女が愛を確かめ合うように体を重ねた昨晩の情事を。

「クリス、顔が…耳まで真っ赤だよ」

「熱があるのか?」

今日もまた客を取るが、褥に入る度に彼の顔を思い出すだろう。胸の奥が苦しくて仕方ない。着物の裾に顔を埋めてクリスティナは悶絶していた。