『昨日の客、馬並みでしんどいのなんのって…。出したそばからすぐ元気になって参ったよ。一体何度出されたことかわかったもんじゃないよ』

いつだったか他の遊女がこぼした愚痴が、刹那の脳内に響いていた。馬並みとは、こういうことなのか。ふと目を横にやると、窓と障子の間から空が見える。光っていた星々は消え、空が白み始めている。もうこんな時間か、と思った瞬間に下腹部に大きな波が打ち付けられた。体は一人でに反応して背中が反り返る。

「んう…っ!」

「私を差し置いて何を考えている?」

大きな肉の塊を腹の中に差し込まれ掻き回される感覚に刹那は息を飲む。強引でありながらも不思議と痛みはなく、突き上げられる度に奥の方へと入り込んでくる。だが痛みはなくともそれが長時間続けばただの責め苦にしかならない。

「刹那と申します」

指を揃え畳につきぺこりと頭を下げた刹那の前には金髪の青年が座している。

「私はグラハム・エーカーだ」

思い返せば、この男は事に至るまでが強引だった。座敷に招き入れたのち少しばかり言葉を交わしてすぐに、白地に緑青色の濃淡の美しい蔦の刺繍が施された刹那の着物を剥ぎ取った。そしていきり立つ男根を数度刹那の腹部に押し付け、解す間もなく入り込もうとした。

「あ、あ…っ!」

「そう誘惑するな…」

ひくつく陰部を浅く出たり入ったりしながらグラハムはゆるゆると侵入してきた。指で解す代わりにこちらでな、と整った顔で刹那に覆いかぶさった。グラハムは言った通り、丹念に肉で肉を解していく。もう少しで収まりきろうかという頃には、刹那のそこはずぶ濡れになっていた。滑りがよく膣の細胞一つ一つまでに己の体液を擦り込もうとする動きを見せる。

「んんっ あっ、いや…」

しつこい動きに体中に鳥肌が立ち、汗が噴き出した。みっともなく足を開いて男を受け入れるそこは、グラハムの肉棒を咥え込んでいるのが丸見えだ。入れたまま体位を変え足は絡まり腰を揺さぶる。ねちっこく動くそれに体が反応する。下腹部から湧き上がる波があっという間に全身を駆け巡っていく。

「やっ…だめ、だめ…っ!」

「う、…何という締め付けだ…!」

達して強張る体を容赦なく突きあげる動きに刹那は意識を飛ばしそうになる。許容量を超えた快感に体は馬鹿正直に全てを受け入れる。四肢の隅々までが快感に浸って息苦しい。そんな行為がずっと際限なく続けられている。白んだ空をグラハムの背後に見ながら、刹那は涙を零した。



舟廻問屋の暖簾をくぐったハレルヤは訝しんだ。土間の真正面にある板の間で仕事をしているニールに覇気がない。必要最低限の笑みも取り繕えないほどに。

「顔色が優れねえな」

「おう、ハレルヤ」

挨拶もそぞろに仕事をしているが、仕事が捗っているわけでもない。手にした筆を硯に戻して机に手をつきぼんやりとしている。再び遊郭に繰り出そうと訪ねたハレルヤだったが、曇った表情のニールと張りのない声色から今日は取り止めにせざるを得ないと思った。

「なんだ。体調でも悪いのか」

「そういうわけじゃないさ…」

「商いが芳しくないのか」

「そっちはお陰様で順調だ」

体調はまま良好そうで、商いの様子も悪くないらしい。何がニールをそこまで気落ちさせるのか、と思いつつハレルヤは奇妙なものを見つける。

「あん?なんだこのデカい板みてえのは。何で布がかけてある?」

板の間の目立つところに身の丈ほどの木の板が置いてある。絹の布がそれを覆っている。

「ああ、それか。鏡だよ。洒落た姿見でさ。ちと値は張るが早々に買い手がついたよ」

ならば何故そんな暗い顔をしているのか。放心気味のニールの横顔を見つつ思案していると、もしや、と一つの考えに辿りつく。ハレルヤには思い当たる節が十分すぎるほどにある。

「女遊びがバレたか」

「…いや」

「じゃあなんだ。いつまでもシケた面してるなら理由くらい言いやがれ」

理由を言わないならば取り繕え。苛立ちを隠さず詰め寄るとニールは観念したように小さな溜息をつき、ハレルヤにだけ聞こえるように声を潜めた。

「遊女ってのは、生きにくいんだな」

「…吉原からは一歩も出れねえからな。そりゃまあ不便だろうよ」

「そういう意味じゃなくてだな…」

勿論それも含むのだが、と一旦前置きをしてニールは小声で話し出した。ハレルヤと登楼ってから数日後、実は吉原の最上屋へ足を伸ばしていたこと。初めて指名した刹那という遊女と再度床を共にしたこと。その時に見たことを簡潔に述べた。

「ほう。女遊びを覚えて調子に乗って会いに行ったら好いた女の境遇にびっくらこいて凹んでると」

「言い方がキツイぜ…」

刹那の体に出来た無数の痣や傷。毎夜男に囲われて体をいいように扱われる証拠だ。自分もその男たちの一人である自覚はあったのだが、どうしても心が痛んだ。涙を流す刹那の顔が浮かび、胸が苦しくなった。ニールは掠れる声を絞り出しハレルヤに腹の内の一角を曝け出す。

「彼女を、刹那をどうにかしたい、と思っちまってよ…」

どうにかしたい、という言葉が示す意味はたった一つだ。

「救う方法ねえ。甘ったれたボンボンが考えそうなことだ」

ニールは檻に閉じ込められた小鳥を外界に放したいという。ついた足環を外し自由に飛ぶことを知らない小鳥を青空の下に連れ出したいという。お人好しだよなあ、とハレルヤは肩を竦めニールに身を寄せて殊更に声を低くした。

「遊女の人生ってのはな最終的にゃ、病で死ぬか年季が明けるのを待つか、懇意にしている客に身請けされるか、のどれかだ」

「身請け?」

「おうよ。買うんだよ、女を一人。丸っとな」

一晩限りの逢瀬に金を払うのではない。遊女の人生を買い上げるのだ。

「誰にお熱なのかは聞かないでいてやるが、莫大な金が要るぞ」

どれほどあればあの境涯から救い出すに足りるだろうか。自分の貯えだけでは足りない。それなら家の金を少しばかりちょろまかすという手もある。ニールは道理に反していると思いつつもそんな案を思いついた。

「家の金を使おうなんて馬鹿なことを考えるなよ。それで取り潰しになった馬鹿な商家もあるし勘当された阿呆息子の噂を聞いたことがないわけじゃないだろ」

「…そうだな」

鎌首をもたげようとした考えを指摘され、人の道から外れた案は取り消した。不安と心配故に突飛なことを考えてしまったと反省するが、身請けという選択肢があることをニールは知った。金の工面をどうするかが彼の当面の課題となった。



「居続けって本当…!?」

「ああ。昨日、初めて刹那を指名した留守居役の男が二日に渡って居続けをすると申し出ている」

「二日も!?」

朝になっても姿を見せない刹那を心配したクリスティナはティエリアからもたらされた情報に絶句した。居続けをできるだけの財力に驚きつつも刹那の体は大丈夫なのかと気が気でない。

「楼主は留守居役の客を歓迎している。刹那が居続けさせたことを上出来だと喜んでいたが…。あの留守居役の男、嫌な予感がする」

「それ、どういう意味?」

「…明け方まで刹那の座敷から音がしていた」

何を意味するのか分からないわけではない。青褪めるクリスティナと冷や汗をかくティエリアはすぐさま座敷へ直行した。

「し、失礼いたしまーす…」

声をかけ襖を開けて中の様子を窺うクリスティナは、座敷に人の気配がしないのでそのまま上がり込む。最上屋全体がまだ静かなことも相俟って物音一つしない。有名な絵師が描いた雅な風景画の仕切り屏風の向こうに敷かれた布団の中でぐったりとうつ伏せになっている刹那がいる。悲鳴を上げそうになりつつ二人は駆け寄った。

「せ、刹那…!大丈夫…!?」

「う、ん…」

呼びかけにどうにか反応した刹那を見てクリスティナは胸を撫で下ろす。体の様子を見て、刹那が暴力を振るわれていたのではないと分かる。布団の上でのろのろと動く様子はまるで芋虫のようで、起き上がる体力もほとんどないらしい。昨晩座敷に入ってからつい先ほどまで体を重ねていた事実に更に青褪めた。

「お、お客さんはどこ…?」

「湯殿へ行くと…ついさっき出て行った…」

「それなら半刻は戻らないだろう。禿に遣いを頼め。布団を替えるとでも言って帰ってくるのを先延ばしにした方がいい」

刹那のあまりの疲労困憊ぶりにティエリアは客の戻りを遅らせる算段を取る。その隣でクリスティナは困惑していた。申し訳程度に羽織った肌襦袢の合間から覗く肌には赤い痕がいくつもついている。更に下へ目を遣るまでもない。

「そこの禿。湯を張った桶と手拭いをいくつか持ってくるように。なるべく騒がずに」

「か、かしこまりました」

通りかかった禿を捕まえたティエリアは迅速に指示を出して座敷の襖を閉めた。介抱されてようやく座ることが出来た刹那は、下腹部にぬめりを感じて着物の端を捲り、すぐさま傍らにあった和紙を手に取った。嫌だ。早く中から掻き出してしまいたい。その一心で拭き取った。

「刹那…」

まだ二日もあるのか。考えるだけで絶望的だというのに、いざ体を開けばあっさりと快感に溺れてしまうのだろう。忌々しい体になったことを疎ましく思いながら刹那は体を拭った。拭っても拭っても溢れ出て、和紙に夥しい量の体液がこびりついていた。