『んぅ‥』
 
消え入りそうな声が部屋に舞う。
 
 
『‥‥‥‥』
 
 
すーっと眠りについてしまいそうな桃を椅子から抱き上げて、 ベッドへと運んで。
 
 
‥しばらく寝かせてやってから、起こそうか。 
そう、日番谷が考えた時。
腰回りに、桃が絡み付いてきた。
 
 
『まだ、行かないでね‥?』
 
 
見上げてくる桃の瞳は、猫というより仔犬のようで。
 
 
『心配すんな。ここにいるから‥寝てていいぞ?ちゃんと後で起こしてやる』
 
『違うの‥まだ、寝ちゃ駄目だから‥』
 
 
桃は時計に目を向けて、巻きつけた腕に力をこめた。
 
 
『‥‥も』
 
 
〜♪♪〜〜♪
 
 
壁に掛かる時計から流れたメロディに日番谷の言葉は遮られ、同時に桃はそれが合図だというように告げた。
 
 
『‥シロちゃん、ハッピーバレンタイン』
 
 
 
 
『‥‥え』
 
 
『チョコレート、今はまだ‥台所だけど‥』
 
 
やっぱりね、誰よりも先に‥最初に言いたかったの。
 
桃は身体をゆっくりと起こすと、日番谷の胸に両手を置いた。
 
 
『いつも、あたしを助けてくれて‥ありがとう』
 
 
『シロちゃんはあたしの立派な、執事見習いさんだよ』
 
 
そこには、ただただ純粋な感謝の言葉と。
そこに隠れた、本人でさえ気づかないほどの仄かな想い。
 
 
『‥俺はまだ、家庭教師みたいなものですよ‥』
 
『あ〜、シロちゃん敬語‥』
 
 
そんな言葉が部屋に響き。
桃は限界かも、と日番谷に身体を預けて眠りについた。
 
 
 
 
ふわり、ふわり、と舞っている。
 
花の香りも、想いの在処も。
 
 
 
 
お嬢様と執事見習い。
行き着く先を、二人はまだ知らないけれど。
 
 
 
台所に残されているチョコレートだけが。
 
 
想いの在処を
 
 
知っているけど、ねえ愛しいヒト。
 
 
{気づきましょうか、自分の恋に。}
 
‐fin‐



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