ギャップってずるい 名前変換 「何してんの」 背中も膝も曲げて蛍が覗きこんでくる。あまりの身長差のせいで無理だとわかっていつつも「見下ろすな」とわがままを言い続けていたら、気にしてくれているらしい。 「パン作ってるの。最近ちょくちょく作ってるからだいぶ慣れてきたよ」 「それ、僕がいるときにしなくちゃいけないこと?」 「どうせなら焼きたて、食べたくない?」 質問に質問で返すと、言い返そうと口を開いてはいたけど反論はされなかった。食べたい、は言葉じゃなくて雰囲気で伝わってきた。素直じゃないなぁ、相変わらず。 「練習に持って行ってもいいけど、いつ休憩入るかも分かんないし」 「来なくていい」 「って、蛍言うし。試合は呼ぶくせに」 イーストと砂糖とぬるま湯を合わせておいといて、小麦粉と塩を混ぜてバター量って卵といて…… 「ちょこまか忙しそうだね」 「最初だけね。生地できちゃえば後は待ってる時間のほうが長いよ」 イーストとかのボールに残りの材料を混ぜて、こねながら少しづつ水を足していく。蛍は時々質問しながら、私の手元を覗いている。屈んでいるのにつかれたようで、ふと隣を見ると椅子に足を投げ出して座っていた。私はパンを叩きつける作業に入る。 私の手と机とを上下するパン生地を、蛍は目だけで追っていた。猫みたいだ。タイミングとか微妙にずらしてみるとフェイントに引っかかるのが面白くて、何度もやっていたら蛍はすぐにそれに慣れてしまった。 「僕で遊んでない?いつまでやるのそれ」 「もう終わりにしようと思ったとこ。ラップかけて、一時間くらい待つ」 手を洗ってから、蛍の隣の椅子に座ってなんでもない話をしたりパズルゲームの対戦してたりしたら、一時間なんてすぐだった。ちなみに、最高難易度と標準難易度で対戦して7対3くらいで蛍の勝ち。 「一次発酵が終わったから形成するよー」 スケッパーとはさみでいつもより細かく切って、丸めてつぶして重ねて丸める。手間はかかるけど、いつもの丸いパンより可愛らしい形になる。はじめの2個くらいは蛍も見てたけど、飽きたようにスマホをいじり始めた。 「ねぇ、まだ終わらないの?」 「時間かかるんだよ。でも可愛いでしょ?」 「丸じゃダメなの?」 「えー」 飽きてきたのとはちょっと違うけど、たまには凝ったのも作ってみたい。 「こうでいいじゃん」 丸いパン生地を手で回しながら、はさみで切り込みを入れていく。たしかにそれが一番簡単な花型ではある、けど。 「それじゃつまんないじゃん」 「パンって、あんまりこねてると酸っぱくなるらしいね?」 「あ、えっと、それでいいです」 結局はじめから作っていた私のちょっと凝ったやつと、蛍の作った切り込み花が半々くらいになった。このでっかい男子からこの花ができたと思うと可愛い。 「二次発酵は短めにしようか」 「そんなんでいいの?」 「膨らめばいいの。時間は目安だから」 不思議そうにするのも、だいぶ見分けられるようになってきた。 「さっきのリベンジ、する?」 「どうせ勝てない。蛍強すぎ」 「最弱難易度、いってみる?」 「バカにしないでそんな事しなくても勝てる!」 あ、乗せられたと思った時には起動済みのゲーム機。本当にこいつは人を負かすのが好きだ。 そして40分後。 「勝率半々になった」 「難易度下げたけどね」 「最弱ではない!」 そんなことを言いながら、予熱済みのオーブンに天板を入れてもらう。私の身長では少し高い位置にあるのに、すんなりと入れるのを見てちょっとだけむっとした。 もうちょっとだから座って待ってようか、とソファーに座ろうとした時、後ろから引っ張られた。 「ちょ、蛍!?」 「軽いねー。さすがちびっ子」 蛍の膝の上で、シートベルトのように腰に両手を回されている。暴れてみても力が強くてびくともしない。回した腕で顔を殴ってしまいそうになってやめた。 「おろしてよ」 「嫌?」 「落ち着かない」 普段は触れることだって少ないくせに、たまにこうやって抱えてくる。抱き上げてみたり今みたいに座らせてみたり。だんだん慣れてくるんじゃない?って友達は言うけど、いつもじゃないからいつきても戸惑う。 「いつもはしないくせに」 「してほしい?」 少しだけ優しい声が近くから聞こえて途端に真っ赤になった。肩のあたりに力が入って腕がきゅっと内側へすぼむ。 「その反応好きだなぁ」 「素直な蛍には未だに戸惑うよ」 「ひどいなちびっ子」 「その呼び方は嫌い」 「夏葵」 「照れるからそんなに耳元で呼ばないでよ」 焼き上がりを告げる音が鳴る。少し緩んだ腕を飛び出してオーブンにダッシュ。そんなに距離ないけど。なんだか頭の中まで煮えちゃいそうだ。こんなのになれるなんて嘘だ。 手を伸ばしてオーブンの扉を開けると、混ぜ込んだチョコレートが焼けた甘い匂いがした。食べた後に抱きついたら、甘い匂いがするのかな。そんな余裕があるかどうかの勝負でしょ?って脳内の蛍に言われて背を向けた状態のままなのにもう一度赤くなった。 いつもより長めになって驚きました。とりあえずハイキュー沼が深そうで怖いです。 その他TOPへ/小説TOPへ |