28.in a bar




週末の居酒屋はごみごみとしていた。この居酒屋は個室なのだけれど、それでもざわざわとした喧騒が扉の向こうから聞こえてくる。

「じゃーとりあえずカンパーイ」
「ういっす!」

道明寺が乾杯の音頭をとり、それに日高、榎本、布施、五島がグラスを合わせた。榎本はきっちり道明寺のグラスより自分のグラスを下げ、日高は知ったことかと同じ高さで乾杯をする。こういうところにまで性格というものが出てくるから面白い。

「なんか久々っすね!剣四組で飲みにくるの!」
「そうだねぇ。最近バタバタしていたから。今日は奢るからまぁ楽しんでいきなよ」
「あざっす!」
「ちょっと日高!…その、すみません、道明寺さん」
「いいよいいよ。今に始まったことじゃないだろ。俺もそんな目上の人に気ぃ使える方じゃないからさ」

いつも通り遠慮ということを知らない日高をたしなめつつ、榎本が頭を下げた。今日は道明寺が四人を「久々に元第四小隊組で飲みにいかない?」と誘ったのだった。週末ということもあり、四人は快くその誘いに乗った。こういった飲みはままあったのだが、近頃は出動も多く、伏見の一件もあったのでどうにも仕事に押されてしまっていた。

「んふふ、やっぱりこの面子だと落ち着きますねぇ」
「なんていうか、秋山とか弁財は頭が固いんだよね。秋山なんて真面目すぎてちょっと愚痴っただけで目くじら立ててくるし」
「はぁ、俺あんまりあの人たちと個人的に飲みに行ったことないですね、そういえば。いっつも剣四組か、たまに加茂さんに誘われるくらいで」
「え、布施加茂さんと飲みに行くの?」
「ん、ああ。なんかわりと話合うんだよな、あの人。見た目ほどお堅い人じゃないし、結構熱いとこあってわりと俺も好きだし」
「んふふ、僕も布施や加茂さんとは飲みにいきますよ」
「デコ出し組じゃねーか!」

ぶは、と吹き出す日高を榎本が小突くが、どうにも撤回する気はないらしい。道明寺も笑い出すものだから、まぁいいか、と榎本はため息をついた。

「道明寺さんはやっぱり元小隊長組とかで飲みに行かれたりするんですか?」
「ああ、うん。加茂とはよく行くし、秋山と弁財も誘うことが多いかな。でもあの面子で行くと上司の悪口絶対言えないんだよね。加茂はわりと聞いてくれるんだけどさ、弁財とか…特に秋山が怖い顔すんの。でもまぁ苦労してんのはおんなじだからわりと楽しいっちゃ楽しいけど」
「上司…というと室長とか淡島さんとかですか?たしかに同期飲みとかでもあのお二方からそういう愚痴聞いたことないですね」
「いや、室長はともかく淡島さんには基本的に厳しすぎる以外の文句はないんだけどさ…伏見さんだよ、伏見さん」

途端に全員が全員、「ああ…」という顔になる。

「ていうかあの人最近ほんと楽しいことになってるよね」
「楽しいっていうより、なんか大変そうっすよね。今日とかも…」

日高は言葉を続けようとして、あ、と押し黙った。道明寺は「なに、今日なんかあったの?」と小首を傾げる。日高は「あ、いえ、珍しく訓練参加してたなーって」と言葉を濁した。

「ああ、あれね。室長からのお達しらしいよ。さすがに伏見さん抜きでずっと戦闘こなしてると大変だから、そろそろ前線に復帰して欲しいんだと」
「はぁ、でも伏見さんって情報班じゃないですか。前からあんま前線とかに立ってはないですよね」

布施は首を傾げてみせる。道明寺は「あれ、そんなにメジャーじゃないのか」と少し驚いた顔になった。

「あの人が集団戦闘であんま前に出てこないのは、伏見さんの戦闘形態があんま集団戦闘に向いてるわけじゃないからなんだよね。基本的に個人での任務が多くて、捜索とか情報収集とかでもやっぱ戦闘になるときはあるんだよ。あとはセプター4が表立って動けない案件とか?そういうの今までほとんど伏見さんに回されてたんだけど、今その伏見さんがあんなことになってるから大抵秋山と弁財が組んでこなしてたり、俺と加茂が組んでこなしたりしてんの。今まで訓練とか免除されてたのも単なるサボりとかじゃなくてどっちかってーと室長がそっちの任務につけたかったかららしい」

五島だけはまぁそんなことだろうと思っていたのか、納得した顔になっていたのだけれど、他三人は初耳らしく目を丸くする。

「そういえば俺、あんま伏見さんが小隊単位で戦闘してるとこ見たことねーかも。エノは?」
「さぁ…ベータケースだとあの人情報班で行動してるから…」
「でもちらっと見た感じ能力の制御がすげーできてんだよな。遠隔操作とか、防壁つくれたりとか、すげー器用なの。サーベルだけじゃなくてナイフとかにも力乗せられるし」
「んふふ、それにあの人、視野が広いですよねぇ。個人戦だけなら淡島副長よりずっと実力あるんじゃない。統率力とか規範とかそういう意味だともう足元にも及ばないけどね。まぁ、個人戦でも今はどっこいかな」
「それでもどっこいかよ。てかあの人19だろ。天才ってのはほんとにいんだな。やんなるぜ、まったく」
「んんーでも慣れたらわからないかな。もとから器用な人だし、能力は純粋な力に左右されないから」

そういえばもう飲み物なくなってきましたね、と榎本が気を回す。一杯目だけはみんなビールを頼むのだけれど、つぎからはもうバラバラでいいという暗黙の了解があった。この店はいちいち店員を呼びつけなくてもタッチパネルで注文ができる仕様になっていた。それを起動させて、道明寺はジントニック、日高はまたビール、五島は日本酒の熱燗、布施はウィスキーのダブル、榎本はソフトドリンクを頼む。

「そういえば日高、今日訓練のあと戻り遅くなかったか?」

布施が思い出したように尋ねると、日高は「あー」だの「うー」だの歯切れの悪い返事をする。

「そういえば、伏見さんが負傷したんだっけ。戻ってきたらわりと普通だったっぽかったけど、そんなに重症だったの?」
「いや、軽傷、だったけど…なんか怪我したとこが怪我したとこで…」
「んふふ、そういえば最後の方に背中から一撃食らってたね」
「背中?日高お前…」

布施が疑惑の目を投げかけると、どうにも心当たりがあるらしい日高が視線を泳がせる。その時にちょうど頼んでいたドリンクが届いて、道明寺が「とりあえず日高は飲もうか」と日高にそれを一気させる。そうしてからタッチパネルでさらにウィスキーのロックを頼み、道明寺はにこにこと上機嫌な顔になった。榎本はまたはじまったよ…という顔になるが、吐くところまではいかない程度の加減を知っている人なのでまぁいいか、と自分の烏龍茶に口をつけた。

「で、どうなの?日高」
「いや…背中、だったんで…俺は手当できないなーって思ってたんですけど…伏見さんがなんか普通に脱ぎだして…」
「んふふ、あの人ほんと恥じらいとかないよねぇ」
「そうなんだよ!俺もうどうしていいかわかんなくて!とりあえずベッドのとこについてるカーテン閉めたんだけど!そしたらふたりっきりみないになって!いやもとからふたりっきりだったんだけど!そしたら伏見さんが…上裸…で、背中は手当できないから日高やってって…」
「それなんてエロゲ?」
「俺もそう思ったよ!それでなるだけ見ないようにしたくて、ベッドに横になってくださいって言ったんだけど!そうしたら上裸の伏見さんがベッドに横になっててこっち見上げてるみたいなほんと俺どうしようって構図になっちゃってさ!とりあえず薬塗ったんだけど痛いとこにあたるたびに伏見さんがちょっと声出すの!なんなの!おれ辛かった!」
「日高!ちょっと!今日は道明寺さんいるんだから自重して!たのむから!」

榎本が止めに入ったときにまた扉が開いて、店員がウィスキーのロックをコトンとテーブルに置いていく。道明寺はそれをさりげなく日高に持たせて、「いいからいいから」とむしろ榎本を日高からひっぺがした。

「それで、薬塗り終わったからガーゼ貼って、包帯まこうとしたんだけど、横になったままだとまけないから起き上がってもらって、巻いたんだけど、そんときに…胸がふよって…ふよってしたあああああああああああ柔らかかったああああああああ俺もう死んでもいい伏見さんまじ伏見さん!!」
「んふふ、日高、セクハラだよ、それ」
「まさか元剣四組から犯罪者が出るとはな」
「おい!さすがにちゃんと謝ったかんな!伏見さんにクソ童貞とか言われたけど!俺童貞だけど!辛い!」
「日高、それそんな大きな声で言うような内容じゃないよ!?」

布施と道明寺は爆笑しているし、五島は読めない顔をしているし、日高はもうできあがってしまっているしで榎本はもうどうしたものかと困り顔になる。

「でも伏見さんってほんと見た目はレベル高いよね。モデル体型だし。わりに胸はあるし」
「んんー道明寺さん、ああいうのがタイプなんですか?」
「いや?そういうことじゃないよ。もうちょっと可愛げがある方が好き。あと胸はデカくないと無理」
「そういうゲスいこといい笑顔で言わないでくださいよ…」
「そう?むしろ布施とかああいうのタイプでしょ」
「まぁ…そうですけど…でも中身が…伏見さんなんで…」
「まぁそうだよねぇ。それに伏見さん倍率高いよ。ほんとびっくりするくらい」

道明寺のその台詞に、日高だけでなく、全員がえ、という顔になる。

「どういうことですか?」
「え?まさか気づいてないの?秋山とか明らかに伏見さん意識してんじゃん。室長にしたってやたら構いたがってるし、他の隊員でも隠れファン多いよ。まぁアンチもたくさんいるけど…。こないだ伏見さん隠し撮りしたデータ高値で売れたし」
「ちょっなにやってんですか道明寺さん!俺にも売ってください!ていうか秋山さんと伏見さんて!ていうかていうか室長!?室長!?」

秋山が伏見を気にかけているのはいつものことだから、と皆思っていたのだけれど、そういう目で見たことはなかった。秋山という男は仕事に対して実直な人だったし、恋愛だとかそういうものとは一線を引いている印象があった。むしろ淡島あたりに懸想していそうだったのだが、そう言われてみれば、と思わなくもない。宗像については想像もできないが、執務室に呼び出されたあとの伏見の様子から察するに構われているのは間違いがない。

「日高…ドンマイだな。金と権力と顔からしたら絶対に室長には勝てないし、性格で言ったらもう秋山さんに勝てるわけねーよ。お前馬鹿だし、変態だし、気持ち悪いし、馬鹿だし」
「なんで馬鹿って二回言うんだよ!いいんだよ俺は!見てるだけで!たまに罵ってもらえるだけで!」

「秋山さんといい感じになってるのは前々から知ってたことだしな!」と言いつつも日高はテーブルに突っ伏して泣き始めた。見るとウィスキーが入っていたグラスが空になっている。道明寺はさりげない顔をして今度は芋焼酎のロックをタッチしていた。

「ていうか伏見さん…なんであんな無理すんだよ…今日だって訓練で囲まれて…卑怯な手使われて大怪我してんのにこのことは誰にも言うなとか言うし…仕事中も具合悪そうだったし…」
「え、日高お前さっき軽傷って言ったよな?」
「それは伏見さんにそう言えって言われたの!!ほんとはもう全身痣だらけで、立てないくらいだったっつーの!背中が一番ひどくて、もう見てるだけで痛くなるくらいでさ!俺なんで気付けなかったんだろうって…なのに秋山さんは気づいてたっぽいし…俺もうダメだ…」
「んふふ、日高、それしゃべっちゃダメな内容じゃない?…ていうか、当たっちゃったねぇ、僕の嫌な予感」

五島に指摘されて、日高は「あ」という顔になるが、届けられた芋焼酎を道明寺に流し込まれると「伏見さんすみません!俺脱ぎます!」とわけのわからないことを言い出す。榎本はもう付き合っていられない、とため息を吐いた。

「やっぱわりと酷い怪我だったんだな。薄々そうじゃないかとは思ってたけど」
「リョナ好きが喜びそうなシチュエーションだねぇ」
「道明寺さん、ゲスい顔になってますよ」
「え?そう?俺は別に好きじゃないよ、そういうの」
「いやそういうことでもないですけど…」

日高は上裸になって「伏見さんは俺が守る!」と叫んでいるし、五島はそれを楽しんでいるし、布施と道明寺は下世話な話をしだすしで榎本は頭痛のする思いがした。これは二次会を免れられないかもしれない。なんだか長い夜になりそうだなぁとため息をついて、とりあえず日高のために烏龍茶を一つ、注文した。


END


はじめて道明寺書きました。
腹黒でしたたかなイメージあります。
日高が残念なのはいつも通りです。


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