24.burn with vengeful thoughts




「そういえば、今日から伏見さん柔剣稽古参加するらしいぜ」

昼休みの食堂で布施がどこからか仕入れてきた情報にまず反応したのはやはり日高だった。

「え、俺伏見さんが練習参加してんのはじめの1週間くらいしか見たことないんだけど」

はじめの、というのは伏見が特務隊勤務になってからのことである。それ以降は情報班の班長ということもあり別途任務についているだの仕事がちょうど重なっただのなにかにつけて欠席を重ね、実力もあったので淡島や宗像公認のいわば公欠扱いになっていた。

「伏見さん参加すると負傷者も増えてたしねぇ…。でも最近は色々あったし、こういっちゃなんだけど力不足みたいなとこあったからじゃない」
「エノ、それは…」
「わかってるよ。仕方ないさ。でも前まで伏見さんの欠席が認められてたのは実力ありきだろ。どうせ室長あたりが面白がって参加させたがったんだろうけど、こっちにしたらやりづらいことこの上ないよ」
「んふふ、まぁわからなくもないけど、なんだか楽しそうですねぇ、午後の稽古」
「また負傷者増えなきゃいいけどな」

布施がそう言うと、主に日高がため息をついた。以前の稽古で一番痛い目を見たのは日高だった。情報課からの転任だったため「元撃剣機動課を舐められるわけにはいかねーな」と勇んで伏見に挑んだのだが、これが鮮やかなまでに返り討ちにされた。しかも普通ならば一本、というより一撃いれたならばひと呼吸いれるか相手を変えるのだがそこのところ伏見は容赦がない。間髪入れずにこれでもかと打ちのめされ、結局日高は立ち上がれなくなるまで完膚なきまでに叩きのめされた。それからは乱闘でも伏見の周りだけはぽっかりと空間が空き、元隊長くらいしか手合わせ願わなくなった。見かねた淡島が「伏見は一撃だけいれたら一度剣をひくこと」と厳命したのだが、どうにもその一撃の位置もえげつない。もとより喧嘩の中で体術を磨いてきたのだろう伏見が狙うのは首や鳩尾、頭でも顎や耳と容赦がなかった。さらに細いくせに体重ののせかたというものを心得ているせいか一撃が重いのだ。布施も五島も榎本も一度は伏見と手合わせしたことがあるのだが、まるでかなわなかった。なぜあんな人材が撃剣機動課ならまだしも情報課にいたのか未だにわからない。伏見のデスクワークのスピードは尋常ではないし、ハッキングや情報収集、追跡能力も他の追随を許さないほどであるからして、適性試験の時に手を抜き、所属希望に訓練がほぼ免除される情報課を書いたにちがいなかった。

「伏見さんの道着姿かぁ…」
「日高、それ以上しゃべったら怒るよ」
「まだなんも言ってねーよ!」
「どうせ気持ち悪い妄想垂れ流すに決まってるんだから」
「ただちょっと楽しみだなぁって言おうとしただけだろ!」
「ほんとに?」
「ほんとだよ!」

榎本と日高がぎゃあぎゃあ言い合っている横で、五島と布施は至極真面目な顔になった。

「なぁ、実際今の伏見さんってどれくらいの実力だと思う?」
「んんーそうですねぇ。力自体は弱いと思うよ、以前よりはずっと。それこそ日高が自棄をおこして襲ったなら抵抗できないんじゃないかな?」
「おい、冗談でもそういうリアルな例えやめろ」

リアルに想像してしまったのか、布施が眉をひそめる。

「んふふ、すみません。まぁどうでしょうね。能力さえ使わなければもしかしたら僕たちでも勝てるかもしれないよ。まぁ、もしかしたら、だけど。それよりもなんだか嫌な予感がするんだよねぇ」
「嫌な予感?」
「今日の午後ってことは全隊の合同訓練でしょ。しかも淡島副長は急な任務で欠席が決まってる。全体の指揮は秋山さん。あの人は実力があるけれどどうにも淡島副長に比べると凄みがないんだよねぇ。こと戦闘となると怖い顔をするんだけど」
「あー…副長いないとやっぱ空気はだれるよな」
「そう。前に伏見さんに痛い目みせられた人たちがこれ幸いと復讐にかからないでもないからねぇ」
「仮にもセプター4のナンバー3だろ。そんな度胸あるかよ」
「んふふ、どうですかねぇ。伏見さん、室長と淡島さんよりずっと孤立してますからねぇ。それに過去のこともある。よく思っていない人なんていくらでもいるでしょう」
「…お前はどうなんだよ」
「さぁ、どうでしょう。君こそ」
「…俺はあの人嫌いだけど、別にこの機会に叩きのめしてやろうなんてことは思わねーよ。手ぇ抜く気もねーけどな」

まぁ、僕も同じようなものかな、と五島はどうにも掴めない顔をした。となりでは未だに榎本と日高がぎゃあぎゃあ言い合っている。時計を見るとそろそろ昼休みの終わる時間だった。


布施の言っていたとおり、午後の合同訓練の場には面倒くさそうな顔をした伏見がいた。さすがに道着は買い換えたのか、サイズの合ったものを着用している。しかしどうにも胸元がだらしない。インナーは着ているだろうが、際どいところまで胸元が空いていた。それを見た日高がそわそわしだして、隣で榎本がため息をついている。五島も布施も面倒だからと取り合わない。しかし五島はともかく、布施は少しばかり日高の気持ちがわからないでもなかった。華奢な身体に着崩した道着は凛としていながらもどこかだらしない印象で、宗像的な言い方をするならば、ぐっとくるものがある。伏見が少しでも前かがみになれば谷間が見えそうで、普段から隠す気のない淡島とはまた違ったドキドキ感があった。

「では、これより全隊での合同訓練をはじめます。今日は淡島副長が急な任務で席を外されているために私が全体の指揮をとらせていただきます」

淡島が指揮しているときはほとんど私語がないのだが、秋山ではそうもいかないらしい。指示にしたって元第一小隊の隊長という肩書きを持ちながら敬語であるし、普段の印象も物静かで優しい温厚な人物だ。秋山自身も仕方ないと思っているところがあるらしく、私語はよほどひどくない限りは注意しない。横にはいつもどおり弁財がいて、どうやら秋山のサポート役らしい。どちらかというと秋山より弁財の方が注意を促すことが多かった。いつも淡島がそうしているように型どおりの指示を出し、訓練を進めていく。伏見は前に立たず、特務隊の後ろの方でそれにならっていた。久しく稽古に参加していないせいで、どうにもたどたどしい。本人も型どおりのうごきは好まないらしく、どうにも気が抜ける竹刀さばきだった。

「では、乱闘!」

乱闘、と秋山が指示すると、それぞれが近くにいる隊士同士で向き合い、竹刀を交え始めた。乱闘、というのは特に相手を定めず、とにかく縦横に相手を変えながら打ち合う。実戦に一番近いかたちの訓練だが、自分の戦闘だけでなくまわりにも気を配っていないと痛い目を見る。背後から倒れてきた隊士に巻き込まれたり、空振りした竹刀が思わず当たったりと大変危険である。普段は淡島が参加せずに色々と指南をするのだが、秋山と弁財は自らも参加し、剣を交えた隊士にのみ助言を残しているようだった。そこで日高はまず榎本と剣を合わせながら、なんとなく伏見の様子を盗み見てみる。するとやはり以前よりは苦戦しているようで、えげつない箇所を攻めるわけでなく、普通に胴や面をとっていた。とはいえそれなりに捌けているところをみると実力は健在らしい。日高がほっとしたあたりで、榎本の面がもろに頭に入る。

「だっ!」
「よそ見してるからだよ」
「くっそー!」

手加減はしたらしく痛みはそれなりだったがダメージはそれほどでもない。日高は相手を替えながらいつもどおり竹刀を振るった。元剣四相手以外だとそれほど気を抜けないので伏見を見る余裕もなくなる。だから気づけなかったのだ、五島の「嫌な予感」が的中してしまっていることに。

伏見は身の丈に合った竹刀を持ったため、さほど竹刀を振るうのに苦労はしなかった。しかしどうにも間合いや打ち込みの際の違和感が拭えない。体重を乗せたと思っていても相手にさほどダメージがなかったり、時折入ったと思っていても掠る程度だったりする。また体捌きも以前より精彩を欠いていて、完全によけられるはずの竹刀の軌道をよけられなかったり、踏み込みが甘くなることがままあった。何度か舌打ちをしながら調整を重ねていたのだが、うまくいかない。苛立ちに視界が狭まったところ、背中に手酷い一撃をくらった。

「がっ」

肺に空気の塊がつまったかのようになり、伏見はたたらを踏む。乱闘なのだから背後から切りつけられても文句は言えないのだが、なんだかおかしい。伏見が息を整える前に振り返るが、竹刀を振り下ろしただろう隊士は見当たらず、それぞれがそれぞれの相手と打ち合いをしている。痛む背筋をどうにか伸ばして、次に打ち込んできた隊士をうまくかわしたのだが、その瞬間、ばしっと左足のあたりに竹刀が当たった。近くで打ち合っていた隊士の空振りが思いがけなく当たったという体だったが、伏見は違和感を覚えた。もとより視野は広い方なので、集中して打ち合っていると、そこかしこから敵意が感じられた。自分を取り囲んでいる隊士は、なぜか打ち合う相手は変わるが、全体を見たときに面子が変わっていない。伏見が縦横に位置を変えても、だいたい同じ面子がそれを追うように移動した。そうして打ち合いの合間を狙って伏見の死角からなにかしらの一撃を加えてくる。実に悪辣で卑怯なやりくちだ。けれども伏見とてそれほど綺麗な戦闘ばかり経験してきたわけではない。目の前の相手だけ気にしていては実際の戦闘では負傷しかねないし、吠舞羅にいたころはこんなやり口の戦闘はままあった。けれどやはり背中を守る人物は存在していたわけで、しかも万全でない状態で死角から攻撃されたのでは全ては躱しきれない。いつの間にやら腕も脚も痣だらけになり、竹刀を持つ手が震えはじめた。そんな自分に苛立てば苛立つほど隙が生じ、相手の思うつぼになる。これだからたいした実力もないのにプライドばかり高いやつらは嫌いなんだ、と悪態をついても、それは自分自身に跳ね返り、どんどんどつぼにはまった。

なんだかおかしい、とはじめに気づいたのは秋山だった。伏見が移動するうちにいつのまにか秋山の近くにきていたからかもしれない。違和感の正体を探るべく、秋山は一度乱闘を抜け、壁際でじっと伏見のあたりの戦闘に気を配った。するとどうにも面子が固まっている。さらには明らかに伏見を意識した素振りを見せ、伏見の死角から偶然を装い、時にはあからさまに攻撃を加えていた。伏見はプライドが許さないのか、すでに痛手を被った隊士が休む壁際に寄ることはなく、竹刀を構えたまま闇雲にそれらしき隊士を打ちのめしていた。しかしやはり多勢に無勢なのか体力の限界らしく、肩で息をしている。秋山はどうにか助けにならないものかと伏見の付近に行こうとしたのだが、他の隊士が邪魔になってなかなかうまくいかない。秋山がめずらしく本気でどんどんと隊士に打ち込んでいるので、道明寺や弁財、他の特務隊の面々も周囲にいた人物は何かに感づいたらしいが、「秋山が珍しく手加減していないな」と思う程度だった。そうこうしているうちによろめいた伏見の胴を狙って、これでもかというほどの一撃が加えられ、伏見はたまらず竹刀を支えにするのだが、さらにそこを狙った攻撃がされ、秋山は思わず「乱闘やめ!」と叫んだ。それと伏見が膝をつくのはほぼ同時で、秋山はどんなにか駆け寄りたかったのだけれど、指揮をとっているためそうもいかない。

「伏見さん!?」

うずくまり息のできていない伏見に駆け寄ったのは日高だった。途中からなんだかおかしいとは思っていたらしいのだが、道明寺につかまりそれどころではなかったらしい。伏見は抱き起こそうとする日高の腕を払い、どうにか息の塊を吐き出した。そうして荒い呼吸をしながらも竹刀を支えにしてゆるゆると立ち上がる。その顔は苛立ちに濡れ、目はひっそりと据わっていた。気圧された日高が動けずにいると、秋山が号令をかけ、整列を促す。伏見はそれに習おうとしたのだが、がくりと膝が砕けて、その場にくずおれてしまった。日高がちらりと秋山をみると、秋山が小さくうなづいたのがわかったので、ぐったりとした伏見に肩を貸し、目立たないように壁際に移動させた。

秋山が全体を解散させると、それぞれが負傷者に手を貸し、必要であれば医務室に連れて行くところだったのだが、伏見はどうにもまだ動かせそうにない。見ると右頬は剣先がかすったのだろう、赤くミミズ腫れができ、道着の裾から伸びた四肢は痣だらけだった。日高が伏見にめった打ちされた時もここまでひどくはなかった。日高はどうにもならないことに歯噛みし、ぶつけようのない怒りに両手を握り締めた。伏見は最後まで気力で持たせていたのだろう、荒い呼吸のまま意識が朦朧とするのか宙に視線を彷徨わせている。

少しすると道場から人気がなくなり、日高と伏見が残るばかりとなった。伏見はやっと息が整い、しかし身体が痛むのか未だにその場を動けずにいた。悔しさと苛立ちで握った拳が震えている。

「伏見さん、医務室行きましょう」
「…日高、お前先に戻れ」
「え、」
「いいからはやくどっかいけ!!」

日高がためらっていると、伏見の目からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出した。日高はぎょっとして目をそらすこともできない。くそ、と小さく悪態をつき、伏見は膝をかかえる。苛立って苛立ってしょうがなかった。悲しいとか悔しいとか、そんな女々しい理由でもないのにどういった脳内変換が行われているのか、苛立ちが身体から溢れ出すときにそれは涙のかたちをしていた。こんな身体でさえなければあんな雑魚に手間取ったりはしないのに。悔しさやプライドをずたずたにされたこともあり、伏見は外へ出ようとする感情を抑えることができなかった。日高はとんでもないものを見てしまったと今からでも退席しようかとおもうのだが、伏見をほうっておくこともできず、ただおろおろするばかり。どうしようどうしようと考えた挙句、ええいままよと自分の道着を脱ぎ、伏見に頭から被せた。

「…っ」
「えっと、俺、なんも見てないんで」
「は、」
「最後に道明寺さんに一撃くらって、まだふらふらするんで、だから、もう少し、ここにいます。治ったら、医務室行きます」
「……っ馬鹿じゃねーの」

しどろもどろで整合性もへったくれもない言い訳じみた日高の言葉に、伏見はもう一度、馬鹿だ、お前とつぶやき、ひとしきり泣いた。日高は居心地が悪そうにしていたが、立ち去る気はないらしい。伏見は情けないとは思いつつも、どうにもならない感情が体の中で暴れまわり、内蔵を食い散らかしているようで、こぼれる涙を止められそうにはなかった。久々に、ままならないと思った。


END


SB読んでどうしても書きたくなった話。
伏見は怒りとか苛立ちが絶頂にくると泣いちゃうタイプだといいなぁと。


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