11.menstrual pain




※生理ネタ




伏見はなんだか三日ほど前から階段を降りるときや屈んだときに胸がやたら重たいような、ちぎれそうに痛いような、そんな違和感を感じていた。それからお腹の下の方が重苦しくて、たまに鈍く痛むのに頭を悩ませていた。自分の体調がおかしいのはわかったのだが、具体的な病名は思い浮かばず、ただなんとなくだるい身体を引きずって仕事をしていた。症状自体はたまに意識したときにそうなっている程度だったので、疲れているのだろうと別段気に止めることもなかったのだが、四日目の夜に、突然ぬるりと自分の股のあたりからなにかが零れ落ちるような感覚に襲われ、恐る恐るショーツを確認してみるとべったりと血が付着していて、伏見は目の前が真っ暗になる心地がした。

自分は何か悪い病気にかかってしまったのだろうか、こんな情けない姿のまま死ぬのは嫌だと走馬灯が駆け巡ったが、よくよく考えてみるとこれは女性特有の月のなにかなのではないかと思いつく。子宮なんてものが存在するのかと吐き気のする思いだったが、伏見はすぐに近くのコンビニに駆け込み、屈辱を噛み締めながら必要なものを買い込んだ。実際何を買っていいのかわからなかったが、淡島に相談するわけにもいかず、とにかく目についたものを一緒くたに買い込み、ぐだぐだと悩むも下半身の気持ち悪さに負けてさっさとレジを済ませた。とにかく気持ちが悪かった。それは生理的な嫌悪というよりも物理的に吐き気がするという意味で、伏見は家に帰るなりトイレに駆け込み、夕食に食べたものを全部吐き出し、さらに見よう見まねで生理用ナプキンをどうにかこうにかショーツに貼り付けた。汚れてしまった分はなんだか情けない気持ちになりながら自分で洗い、洗濯機に放り込んだ。吐いたせいか頭まで痛くなり、下腹は鉛が詰まっているのではないかというほど重苦しかった。いちいちどろどろと股からなにか流れ出ているような感覚が付きまとい気が狂いそうになる。自分に子宮がついていて、さらにそれが活動しているという事実がどうにもこうにも気持ちがわるく、女のように膣までついているのがさらに気持ち悪く、血生臭さに吐き気がした。胃の中身なんて空っぽなのにまだ喉の奥でなにかがぐるぐるとうごめいているようで、伏見は真っ青な顔をしてベッドに倒れ込んだ。明日休んでしまおうかと考えて、どうしてこんなくそったれた理由を副長に、あまつさえ室長に言えようかと伏見は泣きたくなった。

朝になるとさらに症状は悪化していて、ガンガンと頭は痛むし、胃の中になにも入っていないせいでキリキリと胃は痛むし、そのくせ吐き気はひどいし、血生臭さはましているし、下腹の中を爪でガリガリと引っかかれているんじゃないかというような激痛があった。それでも風邪と言うと室長に「体調管理もできないのですか」とため息をはかれ、しかも昨日仕事を繰り上げているため仮病疑惑が持ち上がりそうでどうにも休めそうにない。伏見はふらふらになりながら身支度をし、やっとの思いで出勤した。淡島は毎回こんな大変な思いをしているのだろうかと考えると身震いするようで、心底女体というものが嫌いになった。

真っ青な顔で出勤した伏見に、職場の面々はぎょっとしたようだったが、声をかけると伏見が「ふざけんなぶっ殺すぞ」とイライラマックスな切り返しをするのでやたらピリピリとした雰囲気が滞留するばかり。伏見はとにかくさっさと昨日のぶんの仕事を切り上げて仮眠室で横になろうといつもの倍の速度で仕事をこなしてゆく。けれど昼に差し掛かるにつれて症状はどんどん重くなり、もうパソコンの画面を見ているのか、瞼を閉じているのかもわからないような状態になる。それでもなんとか仕事を終わらせ、あとは室長から書類に判をもらうだけになった。伏見はやっとの思いで室長室までたどり着き、宗像に書類を提出した。

宗像が書類に目を通しているあいだ伏見はその前でつっ立っていたのだが、少しするとざっと血の気が引いて脂汗が滲むのがわかった。これはまずいと思ったのだが、視界がどんどん白んできて、その場から動けなくなる。

「…おや、めずらしいですね、伏見君。誤字がありますよ」
「…え…」
「ここです。報告が方告になっています」

頭が痛い。ぐらぐらする。脂汗が気持ち悪い。確認しようと一歩踏み出したとき、突然天地が逆転した。

「伏見君!?」

あれ、と思い立ち上がろうとするも自分の腕をどう動かせばいいかもわからない。耳鳴りがひどく、宗像がなにか言っているようなのだが虫が飛んでいるようなノイズに紛れて何を言っているのかわからなかった。尋常でない状態の伏見に宗像は驚いた様子で駆け寄り、抱え起こす。宗像は真っ青を通り越して紙のように真っ白な顔色と普通ではない量の汗に肝を潰した。とにかく医務室へ、とぐったりした伏見を抱き上げ、その軽さに目を見張る。だぼついた制服のせいで目立たないが、伏見は随分肉が少なかった。必要最低限どころか必要な分もないかもしれない。宗像はらしくなく焦っている自分を自覚して、ひとつ息をついた。

医務室に運ばれた伏見はやはり貧血だった。ベッドに横たえられ、衣服を緩められると幾分気分が良くなった。といっても尋常でなく頭痛はしたし、生理痛もやたらひどかった。うろうろとさまよっていた瞳が、なんとかまともな像を結ぶと、目の前にはこの上なく警戒しなければいけない人物がいて、伏見は屈辱を噛み締めた。

「全く、驚かせないでくださいよ」
「…驚かせたくて驚かせたわけじゃないです」
「口が減らないですね」

女になってしまってから随分お世話になっている医務室は相変わらず清潔な匂いがした。伏見は息をつこうとするのだが鈍痛のせいで深呼吸できず、どうしても浅い呼吸ばかりになってしまう。そんな伏見の様子に、宗像は眉をひそめた。

「…貧血にしては随分症状が重そうですね」
「…ただの貧血ですよ」
「倒れた時にどこかうちましたか?」
「大丈夫です」
「大丈夫に見えないから聞いているのですよ」

宗像は一向に口を開こうとしない伏見にため息をつき、「ちょっと失礼しますよ」と伏見の額にペタリと手のひらを当てたり、目の下の皮膚を引っ張ったり、脈拍を測ったりしはじめた。慌てた伏見は「ふざけんなセクハラだろ!」と抵抗を試みるが、「おとなしくしなさい」と押さえつけられると、なんだか四肢が硬直してしまい、伏見はされるが儘になる。

「セクハラ眼鏡」
「伏見君が症状を言おうとしないせいです。言えばすぐにでもやめて差し上げますよ」
「…くそっ」

伏見は悪態をつき、ぎろりと宗像を睨むのだが、宗像はどこ吹く風という顔をする。その宗像の手が伏見の腹のあたりをぐっと押したとき、伏見は「ひっ」と情けない悲鳴をあげてしまう。

「おや、腹痛ですか?」

どこが痛むのかと宗像は情け容赦なくぐりぐりといろんなところを押してきて、伏見は思わず「う、ああああああ」とどこにそんな声量を隠し持っていたのかというほどの大音量で悲鳴を上げた。

「そ、そんなに強く押してないですよ!」
「っ痛…」

なんだか痛みがいや増したようで、伏見は仰向けの状態から身体は動かし、腹を抱えるように丸くなる。荒い息をつきながら涙目で睨まれ、宗像はうっかりあらぬことを口走りそうになるが、眼鏡のブリッジを押し上げてそれをぐっと飲み込んだ。

「…伏見君、あなたもしかして…」
「うるせぇよ!ふざけんな変態!そのきたねぇ口開きやがったら今度こそセクハラで訴えるからな!」
「…君はその口の悪さをどうにかすべきですよ…全く」

宗像はとにかく医務室に備え付けてある薬品類を漁ってみるのだが痛み止めの類は見つからず、仕方なく淡島を呼びつけた。すると淡島は当然のように生理痛の薬を所持しており、伏見はもう情けなくて恥ずかしくて泣きたくなった。結局一番知られたくなかった宗像にはバレてしまうし、淡島には同情の目を差し向けられるし、二日間生理休暇という不名誉な休暇は与えられるしで散々だった。もう女なんてたくさんだ。伏見は何度思ったかわからない言葉をつぶやき、うっすらと瞼を閉じた。


END






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -