真っ青な嘘を剥がしたら





青峰と黄瀬が付き合いだしてから、丁度三ヶ月が過ぎた。青峰は記念日なんてとうに忘れてしまっていたが、黄瀬がメッセージを送ってきたので、それで気が付いた。そして明日は丁度二人とも部活がなかったので、一緒にデートをしないかって、そういう話になった。

青峰ははじめ、黄瀬と付き合うだなんて、そんなことは思っていなかった。黄瀬からどうしようもないといった風に告白をされて、その時真っ赤になって、かわいそうに泣いている黄瀬が、ちょっと好きだったって、そういう不思議な感情から、オーケーを出した。だから青峰からアクションをすることはまずなくて、いつも黄瀬からメッセージが届き、それに青峰が返信をする。そうしたら黄瀬が返信をしてくるものだから、いつまでも会話が終わらない。寝るときまでずっとそうして、他愛のない会話をずっと続けて、それで今に至る。

デートの日になって、青峰は適当なジャケットにジーンズをはいて、待ち合わせ場所に五分ほど遅刻して到着した。黄瀬はずっと待っていたのかどうか知らないけれど、青峰の姿が見えた瞬間に大きく手を振って、「青峰っち!」と声をかけてきた。青峰はそれに適当な返事をして、ふたりして黄瀬が選んだデートコースを回ることにした。

黄瀬は別段、特別なデートコースは選んでいなかった。ちょっとウィンドウショッピングをして、安いけれどおいしいらしいイタリアンの店で昼食をとって、カラオケをして、それで終わり。黄瀬は冗談を言ったり、笑顔で話しかけたりするのに、青峰は終始生返事のように聞こえるだろう返事ばかりしていた。ああ、とか、そうだな、とか、そういう素っ気ない態度ばかりとっていた。それで黄瀬のテンションが、だんだんと下がって、笑顔も減ってきたことに、青峰は気が付かないふりをした。

そうして、帰り道になって、黄瀬が、そろそろと「今日、楽しくなかったっスか」と、青峰に聞いてきた。青峰は「別に」と、応えた。そうしたら黄瀬は泣きそうな顔になって、「俺ばっかりっスね」と、うつむいた。青峰は携帯電話をいじりながら、その様子にちょっとだけ罪悪感を感じたけれど、それよりもなんだかむっとした。どうしてそんな感情を抱いたのかは、わからない。

「いっつも、素っ気なくて、生返事ばっかりで、メールの返事も……なんか、なんか、俺ばっかり舞い上がって、付き合えたからって喜んで……一喜一憂して、馬鹿みたい」
「……そうかよ」
「青峰っちは、多分俺のこと、好きじゃないんっス。告白されたから付き合って、その気にさせて、遊んでるだけなんっスよね。なんか、もう……いい」

黄瀬はそれだけ言うと、青峰に背を向けて、自分の家の方に向かうだろう電車の駅へと走りだした。青峰はその腕を簡単に捕まえられるのだけれど、そうしなかった。陳腐なプライドが、それをさせなかった。そうしてひとりになってから、小さく、「クソッ」と、感情を吐き出した。

その日の夜は、黄瀬からなんのメッセージもなかった。青峰もなんにも送らなかった。そうしたら、夜がひどく長く感じたので、イライラを打ち消すように、ロードワークに出た。走りながら、どうして自分はこんなに苛立っているのだろう、とか、なんで黄瀬はあんな態度をとるのだろうとか、そういう余計なことを沢山考えた。考えれば考えるほど、みっともない気持ちになった。夜が静かすぎて、それに押しつぶされそうだった。夜というものは、こんなにも寂しいものだったろうか。その感覚が、もう思い出せなくて、だから新鮮に感じられた。こわいと、らしくなく思った。

それから三日たっても、一週間たっても、黄瀬からメッセージはこなかった。青峰はこの関係はもう終わったのかもしれないと思った。実際、いつ終わってもいいと、はじめの頃は思っていた。どうかしている。今の自分は、どうかしている。

いつか黄瀬が言った、「将来、いつになってもバスケしてたいっスね。おじいちゃんになっても、どっかのコートで、おじいちゃんになった青峰っちと、1on1やってたいっス」と、黄瀬の部屋のソファに並んで座りながら、そんなことを言っていた。その未来を千切ったのは、ほかでもない、自分なのだと、青峰はぼんやり考えた。そうして、自分はいつまでもバスケをやっているだろうし、黄瀬もいつまでもバスケをやっているだろうと、そんなことを想った。馬鹿みたいだ。どうかしている。青峰はそんなことをぐるぐる考えて、黄瀬の泣きそうな顔を思い出して、今も泣いていればいいと、そう思った。自分のことを想って、泣いていてほしいと思った。そうしたら変な不安に駆られて、胸が苦しくなった。これがどういう感情なのか、うまく理解することができない。それでも、黄瀬がほかのどこかで笑顔になって、青峰の相手をしなくていいからってすっきりなんかしていたら許せないと思った。それでやっとこの状況を作り出したのは自分なのだと、溜息をついた。

好きだなんて言えないし、愛してるなんてもっと言えないし、ずっと一緒にいたいだなんて、そんなことはきっとまだ言えないし、将来言えるようになるかっていうと、そんな自信もない。そのくせ、黄瀬の中に自分がいないと、寂しい。自分の傍に黄瀬がいないのはなんだか嫌だ。おじいちゃんになってもバスケをしていたい。黄瀬と、ずっと。それだけで充分だ。

青峰は「あー……」と言いながら、携帯電話を手にとった。そうして、書き出しを何度も考えて、書いて、消去して、それを何度も繰り返した。どういうことを黄瀬に投げかければいいのだろう。うまく考え付かない。そんな自分が情けなかった。変なプライドばっかりがそれをさらに邪魔する。青峰は溜息をついて、携帯電話の液晶を見ながら、黄瀬に聞こえるはずもないのに、「好きだ」と、呟いた。むなしくなって、寂しくて、黄瀬が愛おしいと思った。はやくこのプライドをどこかにやってしまわないといけない。

メッセージだから、きっとダメなのだ。いつまでも変な場所に残るものだから、こんなにうまくいかないのだ。だから青峰は誰かさんの番号に電話をかけて、長いコール音を聞いて、それから、それが途切れてから、「……元気かよ」と、そんな、他愛もないことを言ってみた。これが今の精いっぱいだ。精いっぱいの、好きっていう、ねじくれた、言葉。


END

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