コバルトブルーの刑に処す






今日の天気予報は、晴れだ。

日高は今日、トヨタのプロボックスで、海に出かけようかと思っていた。けれど一人で行くのはなんだか怖かったので、徹夜明けでぐったりしてはいたが、伏見を誘うことにした。理由はなんてことない、他の人間が全員非番でなかったという、そういうものだ。

日高ははじめ、伏見がおとなしくついてきてくれるなんてことは思わなかった。けれど伏見は、日高の「伏見さん、ちょっと海でも見に行きませんか」という誘い文句に、「道中寝ててもいいなら」と、そう返した。日高は面食らって、自分から誘っておいてからに、「え、来るんですか」なんてことを言った。

日高は車を運転する前に、ウィンストンの5oをすうっと、ふかした。伏見はそんな日高を見て、「あんた、煙草なんか吸うんだ」と言った。日高は、「昔はこれ、CASTERの赤だったんです。でも今は銘柄が変わって、箱もデザインが変わって……前の方が好きだったかもしれません」と、変な答えをした。伏見は妙な顔にはなったが、さっさと助手席に乗り込んで、シートベルトを締めた。そうして、ほんとうに疲れていたらしく、薄く瞼を閉じる。日高も携帯灰皿に煙草を擦りつけてから、運転席に乗り込んだ。

「伏見さん、曲流していいですか」
「……別に」
「ありがとうございます」

日高はそれなりにボリュームを絞った、今時珍しい、MDに入っている曲を流しながら、片道一時間かそこらの海を目指して、ハンドルを握った。

そうして四曲か五曲くらいが流れてから、伏見がうとうとと、「なんか、昔の曲ばっかりだな」と呟いた。日高はハンドルをゆっくりと切りながら、「そうですね」と、ぽつり、呟いた。

静かに揺れる車の音と、伏見の寝息と、懐かしいメロディーが、波のように、日高の心に流れ込んでくる。泣きそうだった。けれど泣いてしまったら前が見えないので、鼻水をすするだけに留めておいた。伏見がおきないように、小さく、小さく、何回か鼻をすすった。


海までの道のりはあっけないほど、唐突に終わった。日高は隣接する駐車場に車を停めて、伏見の肩を軽くたたいた。

「伏見さん、着きましたよ」
「……ん、ああ、そう」
「海、見ます?」
「見ないんならなんのために来たんだ」
「……そうですね」

二人は駐車場の手すりによりかかりながら、海を見た。白い砂浜だってあるのに、下に降りようとはしなかった。今はもう秋も終わる頃だ。上着を着てこなかったことを後悔するくらい寒かった。だから浜辺まで降りる気にはならなかった。日高は日が差して青く澄み渡る海を眺めて、その潮風を肺いっぱいに吸い込んだ。そうして吐き出してみると、それはもう海の空気ではなくて、それが不思議だった。息が白い。雲ひとつない空に、日高と伏見の白い息だけが、ふんわりと消えてゆく。

どれだけそうしていただろうか。手がかじかんできたあたりに、日高はぼんやりと、「どうしてついてきてくれたんですか」と、伏見に尋ねた。

「あんたが死にそうな顔してたから」

日高はどきりとした。もしかしたら、心のどこかにそういった気持ちがあったかもしれない。自分では気が付かなかったけれど、もしかしたら、そうだったかもしれない。それに気が付いたら、やっぱり泣きたくなった。けれどひとりじゃないから、泣けない。伏見の前で泣くことはできない。それはいつかの夜に置いてこなければならなかった涙だからだ。

「……冷えますね。そろそろ戻りますか」
「ああ」

空も海も青かった。それだけで思い出になる。これからもずっと積み重ねてゆく思い出だ。きっと、ずっと。

帰りも、同じ曲を流しながら、車を運転した。伏見はこんどはゆったりと起きていて、曲が変わるたびにイントロクイズに挑戦するように、曲名と歌手を呟いた。わからない曲は日高に尋ねた。日高はそれに答えながら、そういえば、昔は最新の曲だったのに、今じゃもう古い懐かしいメロディーになったのか、と、じじ臭いことを想った。それだけ日高の青春は遠退いて、そのぶんだけ日高は年を重ねていた。思い出も沢山できた。傷もたくさんできた。それを全部ひっくるめて、そうして周りの人間も全部ひっくるめて、自分なんだなぁと、やけに達観したことを想った。

そうして、ふたりはセプター4の詰め所に到着した。ここが終わりの場所だ。椿門から中にレンタカーで乗り入れることは憚られたので、伏見だけを椿門でおろして、日高はプロボックスをレンタカー店に返しに行くことにした。助手席から降りた伏見は、すんと鼻を鳴らして、手のひらを空に向けた。そうして、「……雨の匂いがする。事故んなよ」と、日高に言った。ただそれだけだった。それだけなのに。


END

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