どうしても振られたい夜の短編集





及川には変な癖がある。それは中学校くらいから発生した癖だ。どういう癖かというと、女の子に振られた時、きまって岩泉の家で、岩泉の部屋で、泣きながら岩泉とゲームをするっていう、そういう癖。ゲームはなんでもよかった。昔の、小学校の頃に友情を破壊しながらやり込んだゲームでもよかったし、新しい対戦ゲームでも、サッカーゲームでも、野球ゲームでも、なんでもよかった。そのたんびに、及川はけちょんけちょんにされる。泣いているのだから当たり前だ。岩泉は手を抜くことなんかせずに、及川をけちょんけちょんにする。女の子に振られて、岩泉にけちょんけちょんにされて、散々なのに、そうすると及川は随分落ち着くのだ。

「なぁ、今度は二週間で別れたんだって?」
「うん」
「早いな」
「そうでもないよ。最短は一日だから」
「クソだな」
「うん」

薄暗い部屋の中で、今時存在するのかっていう分厚いテレビの光に照らされながら会話をした。

及川は別段、その子のことを好きでもなかった。そしてその子も別段、及川のことを好きではなかった。じゃあなんで及川が泣くのかって、それはむなしくなるからだ。岩泉のことを好きな子と付き合って、それを岩泉に見せるのに、岩泉がぴくりとも反応しないのが、とても、むなしい。みじめだ。自分から言い寄って、その気にさせて、その子の中から岩泉を消し去っても、その子ははじめしか、及川を好きにならない。ただ寂しさと、青春のなにかしらだけで、及川を消費して、どこかへ行ってしまう。けれど、その後で岩泉に近づこうなんて、そう思うほど悪い性格の子は、いなかった。みんないい子だ。いい子でも、好きじゃなかった人と付き合える。女の子なんて、そんなものだ。

「今回の子とはね、手も繋いだし、キスもしたし、セックスもしたよ」
「なんで俺はテメーのクソ事情聞かされてんだ」
「俺毎回クソ事情全部岩ちゃんに教えるじゃん」
「そうだったな。クソだな。俺なんか童貞だぞクソが」
「俺じゃない奴はだいたい童貞だから大丈夫だよ」
「んだテメェ、貴族か?貴族なのか?」
「貴族だったらこんなみっともなく泣いたりなんかしないよ」
「じゃあただのクソだな」

今日のゲームはレースゲームだった。岩泉のキャラがさっさとゴールをして、及川はまたけちょんけちょんにされた。これからも何回だってけちょんけちょんにされる。いつまでだってけちょんけちょんにされたい。恋ってそういうものだ。

「なんでテメーは毎回こうやって泣きわめく癖にすぐ他の女子に愛想振りまいて尻おっかけんだ。おかげで俺には彼女ができねーんだぞ」
「……あれ、」
「気づかねーほど俺は鈍感じゃねーよ」
「じゃあなんで止めないのさ。なんで黙って俺が岩ちゃんの女の子とってくの見てるのさ。なんで……」
「それでオメーが満足するならそれでいいんだよ」
「……満足なんかしないよ。ずっとカラカラだよ。辛いよ」

だからこうして泣いているんじゃないか、と、及川はコントローラをぽとんとクッションに落とした。そうして膝を抱えて、小さな子供みたいにえぐえぐ泣き出した。及川は呆れたようにその頭をわしゃわしゃと撫でて、ゲームの電源を落とした。

「やだよ、ゲームしようよ」
「そうやって誤魔化されんの腹立つんだよ」
「なんにも誤魔化してないよ」
「何年お前と親友やってると思ってんだボゲ」
「何年も親友やってるからだよ」
「じゃあ親友やめるか」
「やだよ。俺男友達少ないもん」
「クソだな」
「うん、俺もそう思う。俺クソだから、駄目なんだって」
「んだよ、情けねぇな」
「岩ちゃんに言われたくない」
「そうかよ」

岩泉は今度は自分の頭をガシガシと掻いてから、「俺はテメーと恋人になったって親友やめねーし、バレーもやめねーし、オメーがべそべそ泣いてたらゲーム付き合ってやるよ」と、そう言った。だから及川はもっとべそべそになって、「岩ちゃん、大好き」と言った。岩泉は「そうかよ」とだけ返した。

「ずるい、岩ちゃんは俺に好きだとか大好きだとか好きすぎて死にそうとか言ってくれない」
「べつにいいだろ」
「よくないよ」
「じゃあ好きだ。俺はテメーが好きだ。最低のクソ野郎でもな」
「……俺、これからは岩ちゃんと手ぇ繋いで、岩ちゃんとキスして、岩ちゃんとセックスするの?」
「しらねーよ」
「そうだね、知らないよね」

及川はまた子供みたいに、拗ねたように、べそべそと泣いた。岩泉のことがどうしようもなく好きだと思いながら、べそべそと泣いた。最低のクソ野郎だ。


END


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