だれもハッピーエンドにはなれない






「弁財さん、今日は日高がいないんですけど、借りてたスプラッタ映画の返却日が明日なので夜通しでちょっと付き合ってもらえませんか。ひとりだと怖くって」

弁財はそんなのは嘘だろうとは思いつつも、秋山に一言だけ告げてから、五島の部屋に行った。日高と五島の部屋は、テレビばかりがそれなりに大きい。こんな大画面でスプラッタなんて見たらまぁまぁ気持ち悪くなるだろうと思いつつも、弁財は五島の嘘にうまく乗ってやることにしたのだからしょうがない。五島とはそれなりの付き合いがあるのだけれど、何を考えているのか、いまでもよくわからない。怖い怖いと言いつつ部屋の電気は落とすし、レンタルショップの袋には一週間後の返却日が書いてある。けれど、五島の私服姿は、それなりに見慣れてきた。

「何本見るつもりなんだ」
「全部ですよ」
「……五本ほどあるんだが……」
「弁財さん、明日非番じゃないですか」
「……まぁ、そうだが」

五島はそう言うと、DVDプレイヤーの電源を入れて、やたらとおどろおどろしい映画を、なんてことないように流し始めた。初っ端から血液がぶちまけられるレベルのくだらないB級映画だ。

ブルーライトに照らされると、画面は真っ赤なのに、それでも部屋を満たすひかりが青いのはどうしてだろう、と、弁財はどうでもいいことを考えた。そうでもしないと、画面がやたらと鮮明に思えてしかたがなかったからだ。安っぽい血糊やそんなに飛び出さないだろう内臓どもなのに、なんだかそれは弁財の恐怖をあおってくるようで仕方がなかったのだ。そのくせ、怖いと言っていた五島は、「あ、これ大腸ですかねー」だとか、「脳みそってピンクじゃなくって、表面は灰色らしいですよ」だとか、そういうことを子供のような表情で指さすのだから救えない。どうせ弁財を怖がらせて、からかっているのだ。少なくとも弁財にはそう思えて仕方がなかった。だから生返事をしながら、仕事のことだとか、日高と道明寺のクソみたいな報告書の記録だとか、今日の伏見の舌打ち回数はどれくらいの新記録を出していただろうとか、そういうどうでもいいことをずっと考え続けた。かといってスプラッタ映画にストーリーなんてあってないようなものなので、弁財はびゃーびゃーと映像化された内臓やら血潮に瞼を震わせた。その瞼を見て、五島が小さく笑う。

「あ、一本終わりましたね」
「……俺はもう腹いっぱいなんだが」
「別腹用にホラーも借りてますよ」
「人間ドラマが観たい……」
「そうですか。じゃあ、そんなのを観ましょう」
「……そんなの借りていないだろう」
「こないだの金曜ロードショーの録画ありますよ」
「DVDを消化したいんじゃなかったのか……」
「はは、そんなの嘘だってわかっててついてきたくせに」
「……」

弁財が押し黙ると、五島は追従する言葉はなんにも言わずに、金曜ロードショーの、前に上映されたアニメ映画を流しはじめた。弁財はそんな青い画面を見ながら、膝を抱えて、ゆったりと視線を緩めた。さっきまでの騒音がどこかへ行って、のどかな音楽が流れてくる。それは眠気を誘ったけれど、寝てしまうのはもったいないと、そう思った。

「僕はこういうのはよくわからないんですよねぇ」
「……人体から飛び出る内臓がどれかはわかるのにか」
「真面目に聞いてたんですか?」
「そんなわけないだろう」
「まぁ、そうでしょうね。なんでしょう、こういう、山があるような谷があるような、ハッピーエンドだって結末がわかってる映画には共感できないんですよ。だって、オチがわかってるじゃないですか」
「色々あるだろ……」
「全部めでたしめでたしなのに?」
「……」
「僕は見るものがないのでずっと弁財さんのこと視てますよ」
「……スプラッタの方がまだマシだった」
「もう録画つけちゃったので、ハッピーエンドまで付き合ってくださいよ」
「俺たちはどうがんばったってハッピーエンドにたどり着けないのにか」
「……やだなあ、もう、僕はちゃんと弁財さんのこと好きですよ」

五島はそう言うと、弁財の身体をまたいで腕をつき、その睫毛に指先で振れた。弁財は反射的にまばたきをして、それが五島の指をくすぐってしまう。五島はくすくす笑いながら、「弁財さんのまつげって、長いのに、細いですよね」なんて言ってくる。弁財が目を伏せると、その仕草がわかっていたかのように、弁財にキスをした。普通の物語なら、このあたりでエンディングを迎えるのだけれど、大人の事情ではそんなのはゆるされない。けれど五島は、「案外、人間ドラマっていうか、日本のアニメ映画って、面白いですよね」と、弁財を観ながら、そんなことを言う。弁財は、自分の耳が赤くなるのを、きっとブルーライトが照らして青くしてくれるだろうと信じながら、「そうだな」なんて、そんんなつまらない返事をした。五島は覆いかぶしていた身体をもとの位置に戻して、観ない観ないと言っていたアニメ映画に視線を移した。

「……こういうのを観ていると、なんだか眠たくなってくる」
「寝てもいいですよ」
「お前のベッドはお前臭いから嫌だ」
「日高のベッドでもいいじゃないですか。なんなら帰っても」
「……」
「はは、すみません、意地悪でしたね。赦してください。大好きだから、こんな意地悪しちゃうんです」
「……そうか」
「そうですよ」

弁財は、泣きそうになりながら、ブルーライトの海の中で、じゃあもっと息ができなくなるくらい意地悪なことをしてくれと、そう思った。そう思う自分が馬鹿で、五島も馬鹿なんだと、そんな、純情なようで、不純なことを想った。いつからこんなに、自分は汚い大人になってしまったのだろう。五島はいつから、こんな汚い大人だったんだろう。


END


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