欠けた月に貼るふせん





夕方の街角でストレインの事件が起こったので、日勤ではあったけれど、伏見と秋山、日高、道明寺で処理をした。事件は小規模ですぐに鎮圧されたのだけれど、現場検証が一応必要だったので、秋山と伏見が担当をした。どうしてこの二人になったのかと言うと、現場検証をしたら、報告書を上げなければならない。そんなことに日高と道明寺を巻き込んだら大変面倒なことになる。だから伏見は舌打ちをして、秋山と二人で残った。

「別にひとりでもよかったんだけど」
「まぁ、その、上司をひとりだけ残して帰るというのもなんだか座りが悪いですし」
「そういう前時代的な考え、俺は嫌いです」
「それにひとりでやるよりふたりでやった方が効率的じゃないですか」
「報告書が二枚に増えるんだけど」
「結局一人一枚ですので」
「まぁ局長の仕事増やすぶんには一向にかまいやしねーけど」

ふたりはそんなことを話しながら、徒歩で椿門へと向かっていた。来た時に使った車はストレインの護送に日高と道明寺が使ってしまっていたし、公共交通機関を使うのに、制服では憚られた。かといって迎えを呼ぶような距離でもなかったので、秋山が「パトロールにもなりますし、少し遠いですが、歩きますか?」と、伏見に提案をしたのだ。秋山ははじめ、伏見はそんなのは面倒だ、と、そろそろ入っているだろう夜勤の連中を呼び寄せて車で帰るだろうと思っていた。けれど、伏見は舌打ちをしつつも、「そうだな」と、それを承諾した。

日はそろそろ落ちようとしていて、夜の帳が背中を追いかけてくる。秋山は伏見を憎からず思っていた。だから、ほんの少しの下心があった。それを伏見に承諾されたようで、少しばかり嬉しかった。これくらいの下心は許されるのだ、と、勝手にそう思った。

伏見はいっこうにかまわないだろうが、ふたりで歩いていて無言というのを、秋山はもったいないと思った。だから「報告書、今日のうちに出したほうがいいですかね」だとか「そういえばこないだの日高の報告書、俺が修正しておいたので、あとで見てもらえますか」だとか、そういう仕事の話を伏見に振った。伏見はそれに生返事しか返さなかったけれど、秋山はそれでいいと思った。気が付けば、もう夜が街を取り巻いていた。椿門まではあと十五分ほどだ。それなりの距離を歩いたのだけれど、それでも残りがそれだけと考えると、秋山は少しばかり寂しくて、歩く速度をゆるめてしまいそうだった。そんなことをしたら伏見に置いていかれてしまうので、絶対にしないのだけれど。

「あ、星が出てる」

ぼんやりとそんなことを考えて空を見上げたら星が出ていたので、ついついそんな下らないことを言ってしまった。秋山はしまった、と、思ったけれど、伏見は「金星だろうな」と、返事をしてきた。だからちょっと応えに詰まって、不自然な間を置いて、「そうなんですか」と、ありきたりな返事をした。仕事のこと以外の話を振って、伏見がなんとなくそれに応えてくれたのが、なんだか妙に感じた。

「伏見さん、星、好きなんですか」
「べつに」
「そうでしたか」

それぎり会話は途絶えてしまったのだけれど、秋山の心臓はどうしてかばくばくと高鳴ってしょうがなかった。伏見に聞こえてしまったらいけないと、静かに夜の空気を吸って、吐き出した。それから、金星と伏見が言った星を、ぼんやりと眺めてみる。やけに眩しかった。ぴかぴかときらめいている。そのぴかぴかしたものが瞳に入り込んで、いろいろなものがぴかぴかと輝いているようだった。

「……あんまり上ばかり見てると転ぶぞ」
「え、あ、すみません」
「別に怒ってねーよ」
「すみません」


伏見は舌打ちをして、会話はそれぎりだったのだけれど、秋山の視界はずっとぴかぴかしていた。街灯よりずっと、それが光っているようで、不思議だった。


それから二人は、日勤用の執務室でカタカタと報告書を作り、ついでに残ってしまっていた仕事も片づけた。そうしたら日付が変わる頃になっていた。執務室は節電のために薄暗くなっており、ふたりのつけたPCだけが、ぼんやりと薄くひかっている。そのひかりが薄青いので、秋山はいつか行った水族館のようだと、そう思った。

「おい、ぼんやりしてんなよ。日高の報告書、目ぇ通すからさっさと寄越せ」
「え、あ、はい!」

そう言って秋山は、デスクに重ねていた書類から付箋の貼ってあるそれを引っ張り、何も考えずに伏見に手渡した。そうしたら、「なんだこれ」と、伏見が眉をひそめたので、あっと、声を上げてしまう。内容には問題が無かったのだけれど、その書類には道明寺から貰って使いどころがわからなかった付箋を張り付けたまんまだったのだ。その書類にはでかでかと星型の付箋が貼ってあった。こないだ自分の付箋を切らしてしまった時にたまたま持っていたし、伏見に渡す時に外してしまえばそれでいいと思っていたのだ。秋山はやってしまった、と、思いながら、「すみません……」と、小さくなった。その付箋には別段必要事項が書いてなかったがために、伏見はそれを剥がして、行き場を失っている秋山の指にぺたりと張り付けた。

「あんた、星好きなのか?」
「えっあっはい……」
「ふうん……まぁ、どうでもいいけど。じゃあ、あんたはこれで上がっていいから。俺もこれに目だけ通したら、寮に戻る」
「……あ、ありがとうございます……」

秋山はまたきらきらしてきた視界をどうにか動かして、デスクに散らばっていた荷物を、がさがさと掻き集め、整理して、やっと、帰り支度を整えた。そうして、伏見に「お疲れ様です。お先します。ええと、また明日に……」と、少し長い挨拶をしてしまった。そうしたら伏見が、無言で時計に顎を向けた。それで、秋山は「あっ」と、また声を上げそうになった。そうして苦笑いしながら、「もうこんな時間でしたか……では、また、今日にでも」と、そう言った。伏見は「お疲れ」と、そう返してくれた。

日付はもう変わってしまっていて、だから今日もまた伏見に会える。それくらいの下心は赦してほしかった。それから、明日、書店で星の本を買うことも。


END

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