きみのこころの壁に穴をあける仕事





※大学生パロ
※捏造

お互いの連絡先を知っているというのは、親密性があるようで、案外そうでもない。連絡先を知っているだけで友達と考える人間が少ないように、それは実際にそうだ。けれど連絡を取らないのと、取れないのと、取る理由がないのと、取りたくないのと、とにかく様々は親密性の深度によって変わる。それにはそれぞれの親密度があって、人との関わり方があって、さまざまな人間関係がある。赤司の携帯電話には、一つだけ、連絡をとる必要がないのに、連絡をとる理由もないのに、連絡をとりもしないアドレスが存在していた。その連絡先は、いつも連絡先を整理する段になって、赤司の目にちゃんととまるのに、それで連絡することもほぼほぼないのに、それでも赤司が大学生になるまで、赤司の携帯電話に残り続けていた。アドレス帳の見出しは、「降旗光樹」。向こうの見出しがまだ存在しているのか、していないのか、その見出しがどういった名前であるのか、赤司はもう知らないのだけれど。

大学に進学をして、バスケも続けていて、それでいて沢山の人の連絡先を知るようになったはいいけれど、そのほとんどがただの部活の連絡であったり、懇親会の出欠ばかりで、うまく馴染んでいるとは言い難い。赤司は夜中にぼんやりと、その連絡先を眺めて、少しばかり溜息をついた。新しい連絡先には何を言う気にもなれず、かといって古くから存在する連絡先には、連絡する必要がなかった。そんな時に、赤司はひとつの連絡先を目にとめた。「降旗光樹」。この連絡先はいつの間にか赤司のアドレス帳に登録されていて、いつの間にか、夜中にじっと見つめるようになったアドレスだ。どこに繋がっているのか、よくわからないけれど、よく知っているアドレスだ。赤司はなんとなくそれを眺めて、はじめて、理由もないのに、連絡をしてみようと、そう思った。夜の静寂が、そうさせたのだ。

「この連絡先はまだ使われているだろうか」

赤司が送ったのは、そんな短いメッセージだった。アドレスはなんてことない、英語の羅列と、誕生日らしき四つの数字、そしてドメインで構成されている。いかにも中学に入って携帯電話を買ってもらい、その時に作っただろうアドレスだ。赤司も同じくちで、そのままのアドレスを使っているけれど、赤司は自分の誕生日なんてものはアドレスに含めていなかった。なんならはじめに設定されていたアドレスそのままをずっと使っている。迷惑メールを山ほど受け取っているだろう青峰はともかく、それ以上に黄瀬はころころと、意味もないだろうに、その時その時の気分でアドレスを変える。だからこの連絡先も、普通の大学生ならば、変えている可能性が高かった。けれど、連絡を送ってからすぐに、『えっと……まだ使ってますけど……』と、メッセージが返ってきた。

「そう、それならいいんだ。ちょっと、連絡をしたくなっただけなんだ。理由は特にない」
『そうなんですか……ええと、何も面白い話なんかできないですよ』
「どうして面白い話をしなければいけないんだい。それからどうして敬語なんだ。同じ大学一年生じゃないか』
『そうだけど……いや、赤司君だし……吃驚して……』
「そう。吃驚ついでに、少し話でもしないかい。特に理由はないけれど、君と話がしたいと、なんとなくそう思ったんだ」

赤司はそんなメッセージを送ってから、はたと我に返って、どうして自分はこんなものを送っているのだろうと、そう思った。そして相手もどうしてこんなメッセージが送られてきたのだろうと、そう思っているはずだと、思った。それなのに、降旗からはすぐに、『いいよ……面白い話とか、できないけど』と、メッセージが返ってきた。だから赤司は言ってしまった手前、電話をかけなければいけなかった。妙に緊張をして、らしくないと、頭を振った。それから夏の気配がする窓をからりと開けて、空気を入れ替えながら、降旗に電話をかけた。短いコール音のあとに、『はい、降旗です』と、やけに怯えた声が返ってくる。そういえば、最近はメッセージばかりで、電話なんてしたのは久しぶりだな、と、そう思った。

「……久しぶり、と、言うのも……なんだか変な心地がするね」
『はい……じゃ、なくて、うん。なんか……失礼だけどさ、はじめましてって感じ……』
「そうだね。オレもそんな気がしてならない。どうして君の連絡先を知っているのかすら、思い出せないんだから」
『たしか二年の時の……インターハイの時……だった……かな……。でもなんで交換してあったのかはオレも……あ、そうだ、赤司君が、次のキャプテンは誰だって聞いてきて、それで日向先輩も、黒子も、火神も、なんでかオレのこと指さして……結局キャプテンになったから……それで……』
「そう、そうだった。懐かしいね。不思議だ……。お互い四番で、握手までしているのに、それで一度もこうして連絡をとることがなかったなんて」
『うん……。不思議だ……マッチアップしてるのに……毎回めちゃくちゃ怖かったけど……めちゃくちゃ怖かったしめちゃくちゃ怖かったんだけど……』
「どうして三回も言う必要があるんだい」

赤司はそう言いながら、自然と笑っている自分に気が付いて、それに、さらに苦笑をした。誰ともこうして自分から歩み寄ったことはなかった。歩み寄ろうとはしなかった。とても新鮮だった。それなのに会話はどうにでも繋がっていて、不思議だった。最後の春の空気を吸い込んで、そうして、「オレは君を好きになってもいいのかな」と、どこまでも続きそうだった会話の隙間に、するりとそれを差し込んだ。そうしたら降旗は『え、な、なん、で』と動揺をしてから、少し黙って、『じゃ、じゃあ、会って、話、しよう……俺、東京なんだけど、赤司君……は?』と、聞き返してきた。

「赤司でいいよ。そう。オレはやっぱり、京都にいるんだ。でも、そうだね。もうすぐ夏休みだから……夏休みには、東京へ行くよ。その時に、会って、話そうか」
『うん、そうしよう。そ、それまで……なんとなく、暇な時に、さ、こうやって電話しようか。赤司』
「そうしよう。さて、随分長電話をしてしまった。そろそろ寝る時間だろう」
『うん、そうだね。じゃあ、また』
「うん……また……」

赤司はそう言って通話を切った。そうして、「また」という台詞を吐いた自分を、不思議に思った。外の空気は随分冷えているのに、頭は少しぼんやりとしている。不思議な心地がした。どこか、なにか、あたたかい。そうして、赤司は、きっと、このためにこのアドレスを、大切に残しておいたのだろうと、そう思った。降旗を、誰かを、憎からず思うために。


END



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