だけどずっと同じ瞬間に同じ場所で呼吸をしていたい






「虹村先輩、卒業おめでとうございます」

桜も咲かない、まだ冬の匂いがするそんな時期に、虹村たち三年生は卒業をする。そんな時に、卒業生と在校生がごっちゃになった昇降口で、赤司に声をかけられた。虹村は制服についているありとあらゆる部分のボタンをはぎ取られた姿で、「おう、ありがとうよ」と、そう言った。学ランでもないのに、難儀なことだ。なんだったらネクタイも誰かにあげてしまった。そんな姿で、「悪いな、バスケ部の主将になんもやるもん残ってねーよ」と、苦笑いをした。

「いえ、別段気にしないでください」
「まぁ、そういう柄じゃねーもんな」
「ええ、そうですね。それより、オレから渡したいものがあります」
「餞別か?」
「いえ、そんな大層なものじゃありません」

そう言って、赤司は制服のポケットから、便箋を取り出した。赤司らしく、真っ白な封筒だった。虹村がなんとはなしにそれを受け取って、宛名を見たら、「二十歳になった虹村様へ」と書いてあった。それに虹村は首を捻る。

「二十歳の俺?」
「ええ、そうです。今は開けないでください。虹村先輩が、二十歳になったら、開けてください。それまでに紛失してしまっていたら、それで構いません。それだけの価値しかないものです」
「なんつー……不思議なもん渡すなぁ……」
「面倒な性格をしているものですから」
「まぁいいや。それまで持ってたら読んでみるわ」
「ありがとうございます」

赤司はそれだけを言うと、虹村に頭を軽く下げて、昇降口の中へと姿を消した。虹村はその白い封筒をしげしげと見つめてから、丸まってもいいから折れないように、と、卒業証書の入った筒の中に、それを忍び込ませた。



それが、虹村が十八で、赤司が十六だった時の話だ。それから二年が経った。虹村は大学へ進学していたので、夏休みに実家に帰った。それから、酒が飲めるようになったから、と、地元の友人たちと居酒屋で、中学ではどうだった、高校ではどうだった、と、そういった話をした。その帰り道に、ふと思い出したのだ。赤司から貰った手紙のことを。卒業証書の筒に入れてそのまんまだったので、まだ実家に残っているはずだ。明日あたりに探してみるのもいいかもしれない、と、虹村は思った。

果たしてその手紙は、ちゃんと筒の中に入っていた。すっかり丸くなっている。虹村は苦労をしながらその封筒をあけて、中の手紙を読んだ。


それから一ヵ月後の、一人暮らしのアパートに戻る前日に、虹村は赤司を呼び出した。赤司は部活終わりで、少しだけデオドラントの匂いがした。懐かしい匂いだ。呼び出したのはファストフード店だったので、ジャージ姿の赤司も別段目立つことはない。

「ご無沙汰してます」
「おう。奢ってやるから好きなもん頼め」
「そうですか。では遠慮なく」
「……なんか意外だな。そんなすんなり」
「辞退したところで結果が変わらないんだったら、普通に受けておいた方がいいかと思いまして」
「可愛くねーヤツ」

そう言いながらも二人はそれぞれに好きなものを注文して、会計は虹村がした。席についてから、近況を報告し合い、ついでに昔はこんなこともあったなぁと、そんな話をした。

「そう、昔と言えばさ、お前、俺に手紙寄越してただろ、卒業式に」
「……ああ、そういえば、そんなものも渡しましたね」
「……で、一応読んだんだよ。……それで、なんつーか、まぁ、……手紙だったんだから、俺も手紙で返すのが妥当だろうと思ってな。それ渡したくて今日呼び出したわけ」
「そうでしたか。それは、ご丁寧にどうも」

虹村はジーンズのポケットから、二つ折りにした茶色の封筒を赤司に渡した。その宛名には、「十六歳の赤司へ」と、書いてある。赤司はそれを受け取って、それから少し笑った。

「これじゃあ、オレは一生、この手紙読めないじゃないですか」
「まぁそうなるな」
「一体、どんな返事が書いてあるのか、気になるのに」
「気にはなるのか」
「ええ、勿論、気になりますよ」
「そうかよ。そりゃ、残念だったな」
「……なんだか、手紙だけにしては、封筒が……」
「だから、読まずに破ればいい」
「どういう理屈ですか」
「そういう理屈だよ」
「今破いた方がいいですか?」
「勘弁してくれ」

虹村はそう言って、頭をがしがしを掻いた。

そのあとはなんだか気まずかったので、すぐに二人はファストフード店を出て、それぞれの帰路についた。電車に乗ってから、虹村ははたと気が付いた。

「あ、封筒に住所書くの忘れた」

まぁ、今となっては、どうでもいいことだ。


END

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