バージンロード、きみの手により





昨晩の雨は酷かった。雨が酷いと本丸にやってくる海もひどく深くなる。今朝の海は二階の廊下に波うって、高くしてある部屋の中も少しばかり、濡らした。そのため山姥切は濡れてしまった着替えを両手にたくさん持って、ジャージの裾をまくり、膝下までのその海を、ざばざばと、切り開いていった。

この本丸に海がやってくるのをはじめてみたのは、山姥切だ。いつか住んでいた一階はもう海水であふれかえり、いつの間にかこの本丸は三階建てになっていた。このままゆくと四階建てになる日も、そう遠くはないだろう。潮風が肌をべたつかせる。かぶっている布の裾は濡れそぼり、山姥切をうんざりさせた。

その時に、するすると、身体の後ろが軽くなった。脚を止めて振り返ると、そこには濡れた布をまとめて持つ、大倶利伽羅がいた。山姥切が声も出ず驚いていると、大倶利伽羅は「どこまでだ」と、尋ねてきた。

「……洗濯所までだ」
「そうか」

山姥切はどうして大倶利伽羅がそんなことをしてきたのかわからないけれど、とにか布がこれ以上水に浸からないように持ち上げてくれているのだと、わかった。それに少し緊張しながら、今度はするすると、大倶利伽羅に飛沫がかからないように、廊下を進んだ。

ふたりのあいだに会話らしい会話はなかった。ただ山姥切が波に逆らって横走る速度で、大倶利伽羅がそのあとをついてくる。どうしていいか、わからなかった。今日は海が深いな、だとか、明日には引いているといいんだが、なんて、そんな話題が口から出そうになったけれど、ここでは黙ってあるかなければならない気がして、ならなかった。大倶利伽羅はぽたぽたと雫をこぼす山姥切の布を、さらりとすくって、ひとまとめにして、優しく持ってくれている。その手の握られているぶんだけ、緊張が増すようだった。

そうしてやっと洗面所にたどり着いたら、大倶利伽羅はすっと山姥切の布を手放し、何事もなかったかのように、少しの段差を降りて、ざばざばと、広間の方へ消えていった。山姥切は何か礼をしたかったが、自分が差し出せるものは感謝の言葉しかなく、それが、どうしてか、寂しかった。

それから、自分も広間にいかなければならなかったので、濡れていた布を、ぎゅっと絞り、雫を全部払ってしまう。その時に、その布の生ぬるさに、どきりとした。

いつか自分が、この布をかぶらなくて済むようになって、そうするのが日常になって、いつか、いつかこの本丸が海に沈んだとき、果たして大倶利伽羅は、山姥切の、なににぬくもりをうつしてくれるのだろう。だから、こればかりで、充分だ。言葉の出ない、その時間だけで、充分だ。今も、これからも、きっと、多分。


END

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