迎えに行くよが言えない僕を笑うかい




わたしの左脚は「事故」で動かなくなってしまった。膝から下の感覚がひどく鈍くて、痺れていて、足首が変な方向に固まってしまっている。そして、長いこと松葉づえで立っていたり、歩いていたりしたら、赤黒く浮腫んで、痛みを催す。わたしはその浮腫んだ脚を、いつも撫でながら、こんなふうなのが今のわたしなんだ、と、静かに納得して、静かに後悔をするのが習慣になっていた。

こんな風にひどく浮腫むものだから、まともな靴がはけない。草履もひっかけては落とし、ひっかけては落としを繰り返すし、滑るから、と、足袋もはかずに、本丸内はぺたぺたと素足で移動していた。

それでも浮腫みがひどくて、どうしようもなく痛む時がある。かといってすぐに病院へ行けるわけでもないし、病院があるわけでもないし、わたしは痛みが去るまで、足を高くして、横になる。そういう時に豊前が近侍だと、「痛む前に教えろよなぁ」と言いながら、わたしの醜い脚を、丁寧に揉んでくれる。本で読んだ程度の知識なので、それで劇的によくなるわけではないのだけれど、わたしは、豊前がなんでもない話をしながら脚を揉んでくれる、そんな時間が、いとおしかった。


その日は豊前が、「なぁ、あんたちょっと脚むくんでるな。揉んでやろうか」と、わたしをうつ伏せに寝かせて、まだ痛むほどではない左脚を、丁寧に揉んでくれた。だんだんと左脚の血の流れがよくなって、冷えていたそこがぽかぽかと温かくなってゆく。それがなんだか微睡みを誘ってきて、わたしは豊前に、「夢をみたの」と、ぽつり、ぽつり、昨晩の夢の話なんて、つまらないことを語り始めてしまった。

「昨日の夜、夢をみたの。現世で、わたしと豊前が、古いアパートにふたりで暮らしてる夢。わたしの脚はやっぱり動かなくて、豊前がこういうふうにいつも撫でてくれるの。ゴミの日の話とか、夕飯の献立とか、どうでもいい話をして、起伏のない日常を送ってた。わたしはあんまりしっかりしてないから、豊前がいつもどおりしっかりしてくれてて、わたしの面倒を見てくれてた。でも、わたしはそれになんにも返せてなかったの。すごく幸せで、すごく怖い夢だった」
「……ふうん……俺は現世ってもんがよくわかってないけど、まぁ、今も一緒に住んでんだから、おんなじようなもんじゃね?」
「そうだったら……うん、なんでもないよ」

わたしは少しうとうとしていたのだけれど、その時間が少し長いような気がして、豊前に「ねぇ、なんだかいつもより入念じゃない?」と、尋ねた。豊前はなんでもないような顔をして、「そうか?うーん、まぁそういう気分?的な」と言って、柔らかくわたしの脚を撫でる。

そうして、わたしの脚のむくみがもうほとんどなくなってから、豊前が、「なぁ、これは俺の気分なんだが、あんた、ちょっとこの靴はいてくれないか?」と、言ってきた。わたしは身体を起こして、「靴?」と首を傾げた。

見ると、豊前は少し踵の高い靴を持っていた。表を黒のエナメルで、靴の裏だけ鮮やかな赤の、綺麗なパンプスだった。けれど、踵が五センチはある。どう見ても普段履きにはならないだろう靴だ。

「あんた、ハイヒール好きだったって、前に言ってたよな。左足も、むくみをちゃんととれば、入るんじゃないかって。まぁ、一応念のために左だけサイズ、大きいの買ってきたんだけどよ」
「……こんなの……多分入るだけだし……素足だよ?」
「靴下もある」

そう言って豊前が見せたのは、爪先が足袋のかたちをしている、浅くて薄手のカバーソックスだった。色は白で、脱げにくいように踵からレースの帯が出ていた。それは多分、靴からちょっと見える場所で蝶々結びにするのだろう。豊前が町でこんなものを買っていたのかと思うと、ちょっと笑えた。

「何笑ってんだよ」
「……なんでもないよ。綺麗な靴だなって、思ってたの」

豊前は少し唇を尖らせながらも、わたしのあまり綺麗じゃない足をとって、丁寧にカバーソックスをかぶせて、綺麗にレースを結んでくれた。そうして、お姫様にそうしているように、片足ずつきちんと踵を持って、詰まらないように、ゆっくりと、そっと、靴をはかせてくれた。わたしの足は吸い込まれるようにその靴に馴染んで、両足とも、ぴったりとその靴におさまってしまう。わたしは久々に、こんなに綺麗な自分の足を見たような気がして、視界まできらきらするようだった。それなのに現実はどすんとわたしの頭上に落ちてきて、すぐにそのきらきらを消してしまう。

「でも、こんなの歩けないよ……」
「観賞用」
「みんなに見せるの?」
「そうしてもいいし、そうしなくてもいい」
「みんなに見せるの、いちいちこの部屋に呼ばないといけないね。松葉づえでも歩けないし、豊前におぶってもらっても、左足の、落としちゃうかも」
「シンデレラみたいに?」
「……その靴拾ったら、豊前はわたしを探しにきてくれるの?」

わたしがしょげしょげと、そんな意地悪なことを言ったら、豊前はちょっと考える顔になった。そうして、顎に指をあてて、「俺はあんたの靴だって、知ってるから、王子様にはなれねぇなあ」と、そう言った。

「……そうだねぇ、それはちょっと、ずるいねぇ」
「……うん、俺は魔法使いか、そこらでいいよ」

そうして、わたしたちはちょっと悲しく笑いあった。けれど、このきらきらな足は、魔法は、ずっと、解けないのだろう。


END


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -