ショートしている脳みそをカットするキー2






そんなこんなひどいような爛れていたような蕩けていたような謎の週末を過ごした翌週、山姥切は何事もなかったかのように、キャンパスを歩いていた。ビル大学であるためやたらと広いエントランスを抜け、エスカレータをのぼり、普通に講義を受けた。そうして学食であまりおいしくないうどんをすすりながら、やはり処女でなくなると世界が違うな、と、そんなことを想った。そうしたら、どうしてか胎のおくがきゅんとしたが、そんなのは誤差のうちだと割り切った。

そうして四講まで受けて、レポートを提出しようと学生ホールに立ち寄ると、そこには大倶利伽羅の姿があったが、山姥切は無視を決め込んだ。そういえばこのレポートの締め切りは今日で、なんなら同じ講義に大倶利伽羅もいたような、いなかったような、と、そんなことは考えたけれど、話しかける意味がないし、理由もなかった。けれど大倶利伽羅はレポート提出ボックスのあたりでドン、と壁に手をついた。山姥切はこれが世に言う壁ドンか、なんて呑気なことを考えながら、普通にレポートボックスにレポートをすとんと入れた。

「おい、何事もないかのようにレポートを提出するんじゃない、レポートを」
「いや、レポートを提出しにきたから、レポートは提出しなければいけない」
「それもそうなんだろうが、俺をどうして無視した」
「いや、話すこともないと思って」
「そうか。ところであんた、俺と付き合わないか」
「随分脈絡が無かったな」
「脈絡を気にしていたらあんたと会話なんてできないだろう」
「そうなのか」
「セフレ全員と別れてきたから、俺と付き合え」
「ちなみに何人いたんだ」
「七人」
「あんたクソだな。じゃあ、俺はこれからバイトだから」
「……」

山姥切はそう言って大倶利伽羅の腕をすっと避けて、下りのエスカレータにのった。そうしてから、大倶利伽羅はどうしてセフレと別れる必要があったんだ、と、思ったが、そんなのはバイト先へ歩いていく途中に霧散してしまった。

山姥切は本屋でバイトをしている。週に三回くらいのシフトで、神保町の本屋であるために、チェーンではなく老夫婦が経営する、こじんまりとした個人経営のお店だった。山姥切は本というものを愛していたので、色々な本に囲まれながら店番をするこのバイトがとても好きだった。ついでに山姥切のアパートは神保町にある。普通学生が借りられないような場所なのだけれど、知り合いの知り合いが不動産経営をしていたために、安いボロアパートを格安で貸してもらっているのだった。なので大学の異動したキャンパスも近く、バイト先も近く、とても充実した生活だった。

その充実した生活に、どうしてか大倶利伽羅が入り込みはじめたのは例の夜が過ぎて間もなくからだ。大倶利伽羅はあの手この手で山姥切に声をかけ、山姥切はそれをなんでもない顔をして追い払っていた。かといって山姥切は「一晩寝ただけで彼氏面するな」というひどい思想からそうするのではなく、ただただ必要性がないから、と、それをかわしているのだった。

大倶利伽羅に「今晩暇か?」と聞かれれば「暇といえば暇だな」と返し、「じゃあ呑みにいかないか。今度はサシで」と誘われれば「そんな暇があるなら俺はレポートで秀をとるために勉強がしたい」と返した。

「これだから成績優秀者は……」
「なんでそんなことを知っているんだ」
「掲示板に全部貼りだされているんだから嫌でもわかるだろう」
「そういえば、あんた、再試験のところによく名前載ってるな」
「そんなどうでもいいことを覚えておくな!」
「レポート大丈夫か?勉強した方がいいんじゃないか?」
「……わからないところだらけだ。どうせならあんたが教えてくれ」
「そうか、わかった。テラスあたりが丁度いいか」
「それはOKなんだな」
「人に教えるのも自分の勉強になるからな」
「俺にはあんたの価値基準がわからない……」
「勉強もわからなくて価値基準もわからないなんて、難儀だな」
「……もうどうでもいい……」

そうして二人はテラスに移動をして、随分いい景色を背に、しずしずと勉学に励んだ。大倶利伽羅があれがわからないと言えば山姥切は「そこは判例から引用すればいい」と教え、「どうしてここはこうなるんだ」と言えば、「それは俺にもわからないから調べよう」と、一緒になって勉強をした。そうしていたらテラスにはほどんど人がいなくなる時間になっており、時計を確認した山姥切が「そろそろ帰らないと」と言った。

「……あんた、家どこだ」
「神保町」
「通り道だ。送っていく。自転車か?」
「いや、徒歩20分だ」
「自転車でも使えばいいだろう」
「交通事故が怖い」
「個人的にあんたが歩いてこの時間帰るほうがよっぽど怖い気がするんだが」
「確率的に交通事故の方が怖いだろう」
「……まあいい、どっちみち通り道だ。送っていく」
「あんた家どこなんだ」
「世田谷区」
「キャンパス移動の時に引っ越さなかったのか?」
「面倒だった」
「じゃあ電車だろう。神保町駅から帰るのか?面倒くさくないか?」
「俺はバイク通学だから後ろに載せてやる」
「交通事故……」
「なんでもいいからどうでもいいから後ろに乗っていけ」

大倶利伽羅が引き下がらないので、山姥切が折れるしかなかった。山姥切は大倶利伽羅と地下駐車場に向かう道すがら、「この大学、こんな場所もあったんだな」と、他愛ないことを言った。大倶利伽羅は「俺には通いなれた道だけどな」と、返してきた。

「バイクの後ろに乗るのははじめてだ。あんた、免許取得から一年は経過しているんだろうな」
「なんでそんなことは知っているんだ。どの講義でやった」
「自動車学校で習った」
「それもそうだな!いいからヘルメットかぶれ。バイクの後ろにベルトがあるからそれに捕まれ。それが怖いなら俺のベルトにつかまれ」
「うまいこと言うな。そしてあんた、存外マメに女を漁るんだな」
「いいからヘルメットをかぶれ!」

大倶利伽羅がよこしたヘルメットはバイク用の頭がすっぽりと覆われるやつだった。山姥切はいったい何人の女がこれをかぶったんだろうなあと、そんなことを想いながらもそのヘルメットをかぶり、大倶利伽羅の腰につかまった。大倶利伽羅はそのあと山姥切にいくつかの注意点を教えて、バイクのキーを回した。そうしたらドッドッド、と、心臓の音をひどく大きくしたようなエンジン音がして、すぐにそれなりのスピードでバイクが動き出す。山姥切は怖くなってぎゅっと大倶利伽羅につかまり、身を固くした。大倶利伽羅はそんな山姥切に運転しづらいと一言言っただけで、あとは先に山姥切が教えた通りの住所に、山姥切を送り届けた。

「……ずいぶんぼろいアパートだな」

大倶利伽羅がアパートを見上げてそう言うのも無理はない。山姥切の住んでいるアパートは築四十年かそこらで、1Kしかなく、なんならユニットバスだ。

「……神保町に学生が住むんだ、これくらいは覚悟しないといけない」
「まぁいい、戸締りだけ気をつけろよ」
「わかった。送ってくれてありがとう」
「……べつに、いい。じゃあな」

大倶利伽羅はそう言うと、テールランプを光らせて、大通りに消えていった。山姥切はなんとなくそれを見送ってから、カンカン、と、三階にある自分の部屋へとのぼって行く。そろそろ梅雨も近いというのに、少し肌寒い気がした。


それから、大倶利伽羅はどうやって調べたのか、山姥切のバイト先まで特定して、定期的にそこで本を買うようになった。

「あんたストーカーか?」
「違う」

レジ越しに何度目かわからないやりとりをしながら、山姥切は大倶利伽羅の買う本をちらりと見た。こないだから大倶利伽羅は恋愛ものばかり買っているように思う。なので普通に「あんた恋愛もの好きなんだな。意外だ」と言ったら、大倶利伽羅は複雑そうな表情で、「まぁ、うん、もうなんかそれでいい」と返してきたので、山姥切は首を傾げながら「千二百八十円です」と言った。

「あんた、バイト何時に終わるんだ」
「八時」
「そんな時間帯にこのあたりを一人でうろちょろするな。バイト終わりに迎えにくる」
「世田谷区から?」
「近くの喫茶店でレポートを書いているに決まっているだろう」
「そうか。ところで俺はバイト終わりに好きな本を喫茶店で読むのが習慣なんだが」
「ならそれにも付き合うから」
「そうか。あんた心が強いストーカーなんだな」
「……」

そうして山姥切がバイトを終えると、大倶利伽羅はちゃんと店の前にいて、山姥切を待っていた。山姥切は彼氏がいたらこんな風なのかもしれないと思いながら、「バイト終わった」と、大倶利伽羅に声をかけた。大倶利伽羅は「お疲れ様」と、山姥切の頭を撫でた。山姥切は特に思うところもなかったので、「喫茶店はこっちだ」と、大倶利伽羅の腕を引く。大倶利伽羅が盛大なため息をついた。

山姥切のお気に入りの喫茶店というのは、壁一面が本棚になっており、一階が喫煙席、二階が禁煙席で分断された、夜にはバーにもなる不思議空間の場所だった。大倶利伽羅は「こんな喫茶店もあるんだな」と、当然のように一階席に座ろうとしたのだけれど、山姥切は「そういえばあんた、喫煙者だったな。俺は吸わないから二階席で本を読む」と言って、二階へ上がった。そうしたらどういった風の吹き回しか、大倶利伽羅はライターと煙草の箱をポケットに仕舞い、山姥切についてきた。

「別に我慢するところではないだろう」
「……そういう気分だった」
「そうか」

その二階席で、大倶利伽羅はオリジナルのブレンドコーヒーを頼み、山姥切はホットココアを頼んだ。飲み物が届くまで、山姥切は壁一面の本棚の中から、背表紙もぼろぼろになった一冊を取り出して、席へ持って帰った。

「何を読むんだ」
「これだ」
「タイトル」
「新訳落窪姫」
「古典か。好きなのか?」
「古文のまま読むのがいいんだろうが、違う人の解釈を楽しみながら読むのが好きだな」
「最近の本は読まないのか」
「いや、読む。直木賞系の小説が好きだな」
「ふうん」

そんな会話をするうちに、注文した飲み物が届けられた。山姥切はホットココアを一口飲んで、疲れを含んだ熱いため息を吐きだした。最近はレポートが重なったり、試験が近づいてきていたので、存外疲れがたまっていたらしい。大倶利伽羅はブラックコーヒーに口をつけながら、そういえば、という風な顔をして、シャープなリュックから、紙束を出した。

「こないだのレポート、優がとれた」
「おお、よかったな」
「あんたが教えてくれたからだ」
「そうか、それはよかった」
「また教えてくれ」
「わかった」
「……あんた、ストーカーとかいないのか?大丈夫か?」
「現在進行形であんたがストーカーだな」
「ストーカーと仲良くお茶をするな、ストーカーと」
「あんたがそれを言うのか」
「ああ……もう……なんでもいい……」

そこから山姥切はココアを飲み終わるまでの時間、もくもくと本を読み、大倶利伽羅も同じくらいの速度でさっき買った恋愛小説を読んだ。そのぱらぱらと紙をめくる音がひどく心地いい。ひとりぶんの紙より、ふたりぶんのほうがずっと居心地がよくて、満たされるものなのだと、山姥切ははじめて知った。

そうして短い時間を過ごしたあと、大倶利伽羅は徒歩で山姥切を家まで送ってくれた。その帰り道、大倶利伽羅はぼそりと「なあ、もうあんた以外の女とセックスする気にならなくなった」と、真面目な顔をして言ってきた。

「深刻なEDの相談か?泌尿器科に行ってくれ」
「そうではなく、あんたとちゃんと付き合いたいと、そういう話だ」
「俺はそれについて何回か断ったつもりだったが……」
「そういうあんたが、勉強やらなにやら、送らせてくれたり、喫茶店に呼んでくれたりで、なかなか諦めさせてくれない」
「……もしかして俺は結構ひどいことをしているのか?」
「生殺しというやつだな」
「それは申し訳なかった。しかし、あんた、もしかしてセックスでしか人間関係構築できない人間か?」
「どういう……」
「セックスが一番のコミュニケーション手段だったんじゃないかと聞いている」

山姥切がそういうと、大倶利伽羅ははたと目を開いて、静かに、「……そうだったかもしれない」と、ぼそぼそ呟いた。そうして綺麗にセットされている髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きまわして、「ああ、もう」と、言いようのない感情をそれにのせているようだった。それがちょっと憐れであったので、山姥切は「俺も……そうだな、そろそろ折れてもいいかもしれないと思えてきたんだ。処女でない俺に興味があるなら、セックスしてもいい」と言った。

「……なに……?」
「別段、俺はセックスに重きを置いているわけじゃない。付き合うというのはよくわからないからダメにしたって、あんたとセックスすることはできる」
「なんだ、それは」
「言葉通りの意味だ。勉強に付き合ったり、一緒に喫茶店に行ったり、送り迎えをするのはあんたの性分じゃないんだろう?今まで俺に付き合わせてしまって悪かったな。これからはまぁ、それなりに一緒にセックスしよう」

山姥切がそう言うと、大倶利伽羅はぎゅっと拳を握り締めて、立ち止まってしまった。それから震える声で、「俺は、あんたと、そういうふうに、なりたかったわけじゃ、ない」と、言った。山姥切は思っていた反応とそれがあまりにも違っていたので、「え、」と呟いて、脚をとめた。

「だって、付き合うとか、どうとか、結局あんたは俺とそういうことがしたかったんじゃ、ないのか……?」
「やめてくれ……違う、……絶対に、違うんだ……」

そう言う大倶利伽羅の表情は、うつむいているせいでよく読み取れなかったけれど、声には怒りのような、情けなさのような、やりきれない感情が、ずっとぎゅっとこもっているのがわかった。だから山姥切はたじろいで、次の言葉を言うことが、できなくなってしまう。

「そんなことを言わせたかったんじゃない。……すまない、俺が馬鹿だった。全部俺のせいだ。すまなかった。……もう、付きまとったり、しない」

大倶利伽羅はそう言うと、山姥切に背を向けて、大通りの方へ歩いていってしまった。山姥切にはそんな大倶利伽羅を引き留めるすべはなくって、ただ茫然と、その姿が路地に消えるまで、見つめていた。どうしてそんなに見つめていたのかわからないくらい、見つめていた。


それから、山姥切の日常から大倶利伽羅という存在はすっぽりと抜け落ちてしまった。学食もひとりで食べるし、テスト勉強もひとりでしたし、学校からの帰り道もひとりだった。誰かと一緒に過ごせばよかったのかもしれないが、それが誰だったのか、もう思い出せないくらい長く、大倶利伽羅と一緒の時間を過ごしてしまっていた。だから、ひとりだから寂しいのであって、大倶利伽羅がいないから寂しいのではないと、自分を納得させるしか、なかった。そうでもしないと、何か刃のようなもので身体を貫かれて、息ができなくなってしまいそうだった。


そして梅雨明けの試験期間中、ぼんやりと、ひとり、図書館で勉強をしていたら、ふと、「不誠実」という単語が目に留まった。そこから目が離れてくれない。山姥切はそこからどうしようもない思考の渦にとらえられて、動けなくなってしまった。

もしかして、自分はひどく雑に大倶利伽羅を扱っていたのではないか。大倶利伽羅はあんなに紳士に、丁寧に自分を扱ってくれていたのに、その姿勢に対して自分はストーカーだの、なんだのと、何様のつもりだったのか。そのうえ身勝手な理由で一晩を過ごしていて、あんなにやさしくしてくれたのに、どうして、礼のひとつも、言えなかったのか。それから、大倶利伽羅が見せてくれた優のレポートについてだって、二人で勉強した成果で、それはきちんとしたコミュニケーションで、それなのに、自分は。

そんな後悔の念と、自責の念ばかりがあふれてあふれて、止まらなくなって、山姥切は図書館を駆け足で出て、人気の少なくなったエントランスホールをダッシュしたい気持ちになったし、実際にダッシュしようとして、足がもつれて、転んだ。そうして床にぺたんと座っていると、自分はいったい何をしているんだろうという気持ちがこみあげてきて、なかなか立ち上がることが、できなくなってしまった。

「……大丈夫か」

なつかしささえ感じる声に、はたと顔を上げると、そこには大倶利伽羅がいた。そうして、別にそんなに痛くもないのに「大丈夫?」と聞かれると泣きたくなる病が発症して、山姥切は「う、」と涙ぐんでしまう。そうしたら大倶利伽羅が「……こんなところで泣くな」と言って、山姥切に手を貸し、支えて、エントランスの隅の方へ連れて行ってくれた。それから「飲みかけですまないが、ポカリ飲むか?」と、ちょっとだけ中身の減ったポカリを差し出してきたので、そこがもう限界だった。山姥切はぐずぐずと泣き出して、なさけなくずずっと鼻をすする。大倶利伽羅は困惑したように、「おい、どこか打ったなら救護室に連れていくが……」と言ってきたが、そんなことで泣いているわけではないので、山姥切はふるふると首を振った。けれど言葉は涙につかえてなんにも出てきやしないので、それもつらくて、もどかしくて、涙の流れるのが酷くなる。大倶利伽羅はそんな山姥切の肩を抱こうとする仕草を途中でやめて、とりあえず山姥切にそっとポカリを持たせた。ポカリには涙腺を刺激するなにかが含まれているのか、それでさらに泣けてきて、山姥切は涙につかえてどうにもならないのに、「……っ……ごめ……なさ……」と、なんならリュックからポケットティッシュを取り出していた大倶利伽羅に、やっと、そう告げた。

「別に、手を貸してポカリをやっただけだろう」
「……っちが……」
「わかった。なにもわからないが、わかったから、落ち着け。落ち着くまで待ってやるから」
「……っ」

山姥切は人気がないとは言え、まばらには人が通るエントランスで、今までにないくらい泣いた。泣きすぎてなんで泣いているのかわからなかったし、実際自分がなんでこんなに泣いているのかもわからなくなるくらいには泣いた。それでも大倶利伽羅はそれに付き合ってくれて、隣にいてくれて、その大倶利伽羅にかけるべき言葉だけは、ちゃんとわかっていた。

「……ごめんなさい……」
「別段、謝られるようなことじゃない。こういう時に謝られるのは嫌だ。感謝だけでいい」
「あ、ありがとう……ございます……でも、すまなかった……泣いたからとか、転んだから痛いとかじゃなく、すまなかった……」
「……主語が見えない。なにが」
「あんたのこと、たくさん傷つけた気がする」

大倶利伽羅はそれだけでなんとなくがわかったらしく、少し間を置いてから、「そうだったかもしれない」と、呟いた。それで山姥切はいたたまれなくなって、また大倶利伽羅のティッシュを貰って、べそべそと泣き出した。けれど今度はもう、言葉に詰まるような泣き方じゃ、なかった。

「反省をしていた」
「……そうか」
「俺はおよそあんたを傷つけることしかしていなかったと思う」
「……そうでもない」
「あ、あんたはいつも、そうやって、俺に甘いから……」
「あんただから甘くなるんだ。仕方ないだろう。……それに、俺も色々と反省したんだ、これでも」
「……なにを……」
「……日頃の行い」
「今更か」

山姥切はそう言って頭の後ろをかく大倶利伽羅のことを、少しだけ笑った。人間は泣きながら笑うことができるんだなぁと、新しい発見をした気分だった。膝に乗せたポカリまで温かくなりそうな温度だ。

「……俺は、俺がどんなにクソ野郎でも、あんたに似つかわしくなくても、結局、あんたを諦められないんだと、この数週間で、思い知った」
「……?」
「その……俺は……あんたが……すき、なんだ」
「え、」
「生まれてはじめてこの言葉を誰かに言ったかもしれない」

山姥切は涙なんかどこかに消えてしまった顔を真っ赤にして、自分の心臓の音をいやでも聞くことになった。それは大倶利伽羅のバイクの音みたいで、それがまたなんだか恥ずかしくて、言葉が胸につかえて、つかえて、どうしようもなく、やっとのことで、「お、俺も、すき……」と言った。

「……た、多分……」
「多分ってなんだ、多分って」
「い、いや……だ、だって俺、今まで特定の人類を好きになったことがないから……こ、こんなあったかいのが、ちゃんとすきなのかどうか、わからない……」
「……あんた、ちゃんと人類好きだったんだな」
「じ、人類は好きだ……流石に……。ちなみに猫はもっと好きだ……」
「じゃあ、猫と俺だったらどっちがすきなんだ。猫は俺も好きだ」
「お、大倶利伽羅のほうがすきだ……」
「猫に勝ったな」
「ああ、猫には勝ってる」
「充分だ」
「そうか?」
「そうだ」

大倶利伽羅は腕時計を見て、「そろそろ帰らないとエントランスが閉まる」と言った。山姥切はショートした脳みそで、「あ、もう、そんな時間か……」と、真っ暗になった玄関口を見た。

「こんな人の通るところでこれ以上こっぱずかしい話をするつもりはないからな。来い。送ってってやる」
「え、いいのか……?」
「俺もあんたのことが猫よりずっとすきだからな」
「そ、そうか……猫基準か……」
「人間基準で誰よりもあんたがすきだって、そう言って欲しいならいくらでも言ってやるが、どうする」
「こんな人が通るところでそんなこっぱずかしい話はしたくない!」
「だからさっさと来いと言っているんだ」

山姥切はしてやられたという風に頭をぐしゃぐしゃと掻いた。そして歩き始めてから、「……なにをすればいいんだ?」と、首を傾げた。山姥切は人類とも猫とも付き合ったことがなかったので、実際好きといわれたらどうしたらいいのかが、まるでわからなかったのだ。

「……手でも繋ぐか?……エレベータに乗れば、誰もいない」
「そ、そうか、手を繋ぐのか……」

山姥切はそう言ってから、自分の心臓の音が大倶利伽羅に聞こえないように、そっと、大倶利伽羅の小指に触れた。その体温がたまらなく愛おしくて、融けあうようで、びっくりして手をひっこめようとしたのだけれど、その手はすぐに大倶利伽羅に捕まってしまった。そうして、熱いほどの体温で握られると、自分の手もどんどんおなじくらい熱くなっていって、ひどく胸が苦しくなった。山姥切の手は固く握られたまま大倶利伽羅に捕まっていたので、大倶利伽羅がその指をいっぽんいっぽん、丁寧にはずし、その隙間にゆびをはさんでくる。それがはじめてセックスした夜のどのシーンより、ずっと艶めかしくて、山姥切は胎の奥が濡れる心地がした。それがずっと離れがたかったのだけれど、手を握ったままではバイクに乗れない。

「ヘルメット」
「ん、」
「俺が浮かれ気分で運転ミスらないように、ちゃんと見張っておけよ」
「俺、バイクの運転、わからない」
「急にカタコトになったな……。いや、いいからちゃんと捕まっておけということだ」
「わかった……」

山姥切がしっかりと大倶利伽羅につかまると、自分の心音が、バイクのエンジン音より大きいのではないかと、それが大倶利伽羅に伝わっているんじゃないかと、ハラハラした。けれど、どうしてかわからないけれど、エンジン音が、いつもより大きな気もした。


山姥切は以前のように家の前まで送られて、ヘルメットを手渡したのだけれど、どうしても、大倶利伽羅と離れがたいと思った。だから、「お、お茶でも飲んでいくか……?」と、大倶利伽羅に、そう言った。大倶利伽羅はヘルメットを脱いだはいいが、「路上駐車は罰金ものだな」と言った。

「こ、このアパート、駐車場あるから……」
「そうなのか」
「ああ、あっち……」
「……本当だな。そして空いてもいるんだが、俺はやはり喉もかわいていないので帰った方がいいと思う」
「思うってなんだ、思うって。か、帰りたいなら帰りたいで、いいじゃないか……」
「いや、あんたの部屋に上がり込んだら、あんたひどいめにあうぞ」
「強盗でもするのか?」
「いや、もういい……帰らせてくれ……」
「じょ、冗談だ……!流石にそこまで馬鹿じゃない!……そ、そうして欲しいなと思ったから……その……」
「……ええと……」
「お、俺は……あんたに抱かれたいって、そう思った……セックスしたいんじゃなくて、あんたに……抱かれたいって、そう思ったんだ……」

大倶利伽羅は、すとんとヘルメットを膝に置いて、「……抱いてもいいのか?」と、色の読めない目で、山姥切を見つめてきた。山姥切は「何度も言うのは、恥ずかしい」と、うつむく。

「ちょっと待ってろ」

大倶利伽羅はそう言うと、少し離れた場所にある駐車場へバイクを停めて、真顔で戻ってきた。ヘルメットで蒸れたのか、長い襟足をしきりにいじっている。そうして山姥切が「三階だから」といって、大倶利伽羅の服を引っ張ると、「ああ、もう……」と言って、山姥切をぎゅっと抱きしめた。

「え、お、大倶利伽羅……!?」
「だめだ、もう無理だ。俺のすきな子めっちゃかわいい」
「俺のすきな人物はそんなこと言わない!」
「俺以外の誰が好きなんだ!?」
「あんただよ!いいからはやく部屋にあがれ!近所迷惑だ!ちょっと散らかっているけれどあんまり気にするな!」
「……そこはこう……部屋が散らかっていることを恥じらってほしい」
「あんた結構めんどくさいな……」

そんなことをいいつつ、山姥切の心臓は大爆走していた。月曜日にゴミは出していたか、脱いだものはそのままになっていないか、勢いであがれと言ったはいいが、人を招ける状態に自分の部屋があるのか、それよりなにより大倶利伽羅が自分の部屋に存在しようとしている現状がどうしようもなく恥ずかしかった。なので山姥切は、「ちょっと部屋を片付けるか何かする時間をくれないか」と大倶利伽羅に進言したのだけれど、「いいからさっさとしろ」と、大倶利伽羅はいつもの調子にスンッと戻っている。なので山姥切は降参をして、おとなしく部屋の鍵をあけて、パチリと電気をつけた。

「……ボロいな……」
「ボロのは認めようもない事実だな」
「……あれは没レポートの山か?」
「……そうだな。いいからあがってくれ」
「……部屋の奥に干している下着が見え隠れしているからちょっと後ろを向いておこうと思う」
「ご協力感謝する」

山姥切はそう言うと、ばたばたと見られて困るものを衣類ケースにぶち込み、レポートの山、参考文献の山、教科書の山をどうにか本棚に押し込み、十分ほどしてから、「よし、これで散らかっているだけの部屋になったぞ!」と大倶利伽羅に声をかけた。そうしたらやっと大倶利伽羅は靴を脱いで山姥切の部屋にあがった。

「……そんな大きな声出していいのか?この部屋の壁、薄くないか?」
「薄いな」
「隣の住人に迷惑がかかる行為をこれからしようと思うのだけれど」
「……改まってそう言われるとどうしたものかと思うな」
「……やることは前提なんだな」
「……お茶だけ飲んで帰るか?」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだが、もうどうしようもないので、壁ドンの一回二回は我慢しろ。それかあんたが必死で我慢しろ」
「何を我慢するんだ」
「声」

大倶利伽羅はそう言うと、狭い部屋の領域の三分の一は閉めているマットレスに、山姥切を押し倒した。布団がぐちゃぐちゃになっているとか、シーツを替えたのがいつだとか、そういうことはもう頭からふっとんで、山姥切は「えっと……」と、大倶利伽羅の胸を押す。

「……人が我慢しているのを、あんたが誘ったんだろう」
「そう、なんだが、心の準備がだな……」
「処女はあんなに簡単に捨てるくせに」
「あれは……!その、処女だったから……?」
「ああ、もう、あんたはほんとうに喋らせると厄介だ……」

そう言うと大倶利伽羅は漫画みたいに、山姥切にキスをした。けれど漫画のジャンルは少女漫画ではなく、成人向けのそれで、ぎゅっと結んだ山姥切の唇をべろりと舐め、それに驚いて空いた口の隙間から、舌を捻じ込んできた。

「ん……ふ……」

大倶利伽羅とキスをするのは勿論これがはじめてではないし、何度もしているのだけれど、今回ばっかりは勝手が違った。自分の心臓の音がうるさいし、大倶利伽羅の胸に押し付けた手から大倶利伽羅の心臓の音まで聞こえてきて、頭がおかしくなりそうだった。これはもう大倶利伽羅のキスがうまいとか下手とかではなく、大倶利伽羅だからいいんだと、そう思えた。そしてそう思う脳みそまでとろけてしまいそうに気持ちがよかった。くちだけでこんなに気持ちがよくて、そしたらあとはどうなるのだろう。そう考えると、脚の付け根がじゅんと濡れて、胎の奥がきゅんとするのがわかった。そうして、やっと大倶利伽羅が唇を離したら、顔面が溶け落ちていそうで、あわてて顔を覆った。

「……どうした」
「が、顔面がひどいことになっている気がする……」
「あんた化粧とかしてないだろ」
「そ、そういうわけじゃなく……」
「見たい」

大倶利伽羅はそう言うと、顔面を覆っていた山姥切の腕をひっ掴み、ぎゅっとマットレスに押し付けた。そうしたら欲望みたいなものにギラギラひかる大倶利伽羅の顔面が飛び込んできて、「あっ」と、悲鳴が出た。

「俺も顔面がヤバいことになっている自覚がある。あんただけ隠すのは不公平だ」
「た、たしかにヤバいことになっているな……」
「あんたはどうしようもなくかわいい……」

そうして大倶利伽羅は、山姥切の腕にべろりと舌を這わせた。山姥切はそれだけで「っ、ふ、」と、喘いでしまった自分に驚いた。触れられるだけで、そこから肌がかたちをうしない、溶けだしてしまいそうだった。それなのに大倶利伽羅は、前よりずいぶん薄手になった山姥切のサマーセーターの裾をまくり、さっさとブラジャーのホックを外してしまう。山姥切は「ひえっ」と情けない声を上げて、さすがに大倶利伽羅の腕を掴んだ。

「は、はやい、はやい!」
「あんまり大きな声を出すな……。俺だってこんなに余裕がないのは、はじめてなんだ」
「うう……」
「かわいい」

大倶利伽羅はそう言うと、山姥切の胸の下から、腹にかけてを、すうっと、手のひらで撫でた。それだけで山姥切の腰はうわついて、どうしようもなく、心地がよかった。それから、自分ばかりこんなのでいいのだろうか、と、不安にもなった。大倶利伽羅もこんな気持ちにしたいと、そう思ったのだ。

「な、なあ……」
「なんだ」
「お、俺もあんたに何かしてやりたい……俺ばっかりなのは、申し訳がない……」
「……じゃあ、まぁ、ちょっと触ってくれ……ちょっとでいい。フェラとか、そういうのは、もっとずっとあとででいいから……」

大倶利伽羅は山姥切の手をとって、そろそろと、大倶利伽羅の脚の付け根にもっていった。そこはびっくりするほど熱くなっていて、少し脈打っていた。山姥切は最初こそ驚いたものの、すぐに、ああこれが大倶利伽羅の欲望のかたちで、それがいまきちんと自分に向けられているのだと、不思議な気分になった。だから、恥ずかしくはあったものの、するするとそれを撫でる。そうしたら大倶利伽羅の腰がちょっとだけ浮ついて、少しでも、いいのだと、わかった。山姥切はちゃんとそれを撫でてやろうと思ったのだけれど、大倶利伽羅が、じゅっと、胸を吸ったので、その手が止まってしまう。

「あ、あ、……っ……や……」
「……手が疎かになっている」
「だ、だってあんたが……」

山姥切の反論しようとした口を、大倶利伽羅が口で塞いで、またじゅっじゅっと、ひどく深く、山姥切をいじめた。そうして手では山姥切のけっして大きくはない胸を、やさしく揉みしだいてくる。山姥切は頭が真っ白になって、大倶利伽羅のシャツをぎゅっと握った。大倶利伽羅はやっと唇を離すと、もうどうしようもないというていで、山姥切のサマーセーターをするりと脱がし、自分のシャツもひったくるようにして脱いだ。そうして、山姥切のスカートの裾から手を入れ、そこをなでながら、山姥切の首に、じゅっと吸い付く。それがぴりりと痛くて、山姥切は、「あ、」と、声をあげた。

「……キスマーク、ほんとはべたべたにつけてやりたい……普段はそんなこと思わないのに……」

大倶利伽羅はそう言うと、今度は胸の少し上に、また食いついた。山姥切はそのちりりとした痛みが癖になってしまいそうで、ぎゅっと唇を引き結び、吐息だけでそれに感じた。そのあいだに大倶利伽羅の手は山姥切のスカートにかかり、ひらひらした素材のそれを、するりと山姥切の腰から抜き去ってしまう。そうしてあらわになった山姥切の太腿の間に自分の身体を差し入れて、太腿の内側を、さらさらと、いとおしむように、撫でた。山姥切はもう、大倶利伽羅にどうのこうのという頭はどこかへいってしまい、しがみつくように、大倶利伽羅の背に手を回していた。その背中は汗で少し湿っていて、ぺったりと、山姥切の指がはりつく。

「ん、ん……」
「……処女みたいだ……」
「もう……処女じゃ、ないだろう……あんたに、やった……」
「そういうことじゃない、これから俺は、ほんとうのあんたを、ほんとうに抱くんだ」

大倶利伽羅の指が、ショーツの上から、山姥切の割れ目をなぞる。山姥切はいっそう腰を浮つかせ、「んん、」と、目を閉じた。そうしないと、目の前がちかちかしそうだったのだ。大倶利伽羅はそんな山姥切に頬を寄せ、「もうこんなに濡れてる……」と、山姥切の頬が熱くなるようなことを言った。

そうして大倶利伽羅の指は、ためらうことなく、ショーツの隙間からじかに山姥切のそれに触れて、その指の感覚で、自分が思っているよりずっと、そこが濡れているという事実に、山姥切は驚いた。けれど、驚くより先に大倶利伽羅の指がなかに侵入してきて、山姥切はまたぎゅっと目をつぶって、小さく喘ぎ、大倶利伽羅にしがみつく。

「痛いか?」
「い、いたく、ない……き、きもちい……」
「……声、おさえとけよ」

そう言うと、大倶利伽羅はもはや山姥切のショーツを半分脱がし、じっとりと、山姥切のなかを探った。そうして、指を折り曲げられるたび、奥に差し込まれるたび、山姥切は腰がびくついて、ともすれば大きな嬌声をあげそうになった。そのたびに口を引き結び、目をぎゅっと閉じてしまう。けれど目をぎゅっと閉じると、大倶利伽羅の指がいっそう動くのを感じてしまい、怖くなる。かといって、目をあけると、すっと何かに濡れた大倶利伽羅の顔が目に入ってきて、なんなら目が合って、自分のはしたなさがそこから露呈するようで、恥ずかしかった。けれど、大倶利伽羅の指が二本、さしいれられると、背が弓なりにのけぞって、それどころでなくなった。自然と瞼が落ちてきてしまって、深くそれを感じてしまう。

「あ、あ、……んん……っ、あ、……」

大倶利伽羅はもう目がどうこうと言う気はないらしく、さっきよりずっと、山姥切のなかを掻きまわしてゆく。それで一段と山姥切の嬌声が大きくなれば、「声」と、それを指摘してきて、山姥切をどうしようもないことにした。大倶利伽羅はさらに、山姥切の内腿にちっ、っと、キスをして、そこにもマークをつけていく。まるで、どこもかしこも俺のものだ、と、主張しているようだった。それをうれしく思うじぶんは、痴女かもしれない、と、山姥切はそう思った。けれど痴女でもなんでもいいから、大倶利伽羅のものになってしまいたかったし、こんなぐちゃぐちゃなじぶんを受け入れてくれる大倶利伽羅のことを、とてもいとおしく思った。

「ああ、もう、だめだ……我慢ができない……」

その声に、山姥切は、大倶利伽羅もずっと、おんなじ気持ちなのかもしれないと思った。大倶利伽羅は「すまない」と、謝りながら、スラックスとボクサーパンツをずらし、山姥切の脚から、もう得体が知れないシュシュのようになっていたショーツを取り払った。

「痛むが、我慢、してほしい……すまない……」
「しょ、処女じゃなくても痛むのか……?」
「当たり前だ。何回かやらないと、痛いのはどうしようもない」
「べつに、そんなのはいい……あんたが好きなようにしてくれ……」
「……ああ、だめだ、もう、すきだ……」
「俺もすき……」

そうして、ぐっと、大倶利伽羅のそれが脚の付け根からなかに入ってきて、山姥切はその痛みさえ、うれしく思った。痛いのは痛いのだけれど、それよりずっと、多幸感が、優っていた。そして、ずっずっ、と、最初の夜よりずっとはやく大倶利伽羅のそれが入ってくるから、山姥切は、大倶利伽羅もほんとうに余裕がなかったのだと、わかった。

「ん、あっ、は……ああ……」
「……痛むか」
「い、たい、けど、それより、きもちい……」
「……俺もきもちいい」

大倶利伽羅は、山姥切の奥底までそれをおさめると、はあ、と、一息ついた。そうして、山姥切をぎゅっと抱きしめてくる。山姥切もそろそろと大倶利伽羅を抱きしめたのだけれど、びっくりするほど、ふたりの体温はひとつだった。大倶利伽羅に触れている部分からじぶんが溶けだして、自分に大倶利伽羅が触れているところから、大倶利伽羅が流れ込んでくるような、そんな気がした。けれどあんまりぎゅっと深く抱き着いたら、大倶利伽羅があんまり奥に入ってきて、山姥切は「あっ!」っと、声をあげてしまう。それが合図のようになって、大倶利伽羅の腰が、ゆるゆると、動いた。

「あ、あ、だ、だめだ……!あっ、も、奥、だめ……っ!」
「いい、の、間違いだろっ……あんたの、あつくなる……」
「あ、あ、っ……」

このあたりで隣の部屋からドンっと何かくらった気がしたが、そんなのはもうどうでもよくって、山姥切は奥をつかれるたびに、大倶利伽羅が奥にさしこんだっきり山姥切がびくつくのを楽しむたんびに、目の前がちかちかと白んだ。そうして、もうその気持ちいいのが、溢れて、決壊しそうになって、どうしていいか、わからなくなった。

「あっあ、あ、や……っ、奥、やめっ、あっ、も、なんか、なんかくるからっ……!」
「いくんじゃないのか」
「ちが、なんか、ちがっ……っ!あっあー!ひっ……っあ!」

その酷い快感に山姥切は、いっそう腰をびくつかせ、大倶利伽羅がとんっと、子宮の奥底を叩いただけで、高い所から落とされたような、白い波にのまれたようになった。それは思っていたより、知っていたよりずっと頭が真っ白になるもので、山姥切は身体をのけぞらせて、それをやり過ごそうとした。けれどもうどうしようもなくって、こわくて、こわくて、大倶利伽羅のことをぎゅっと抱きしめる。大倶利伽羅も少し詰まって、荒れた息をしながら、山姥切を抱きしめた。そうしたらずっとずっと白いのが続いたけれど、それがだんだんと怖いものじゃなくなって、自分がひどく深くイッたのだと、わかった。それが気持ちよすぎて、山姥切はするすると一筋だけ涙を流した。誰かに、大倶利伽羅に抱かれるというのは、こういうことなのだと、わかった。

大倶利伽羅は息を整えて、「終わったか?」と山姥切に優しく尋ねた。なので山姥切は「ん、」と、それに返事をする。

「あんた、かわいい。これもセックスだけど、そうじゃないと思った。そうじゃないと、あんたはほんとうにかわいい」
「あんたはかっこういい。だめだ、ほんとうにかっこういい……すきだ……」
「俺もすきだ」

そうして大倶利伽羅は、ずっ、と、まだたっているそれを山姥切のなかから出して、山姥切をいっそう強く、優しく抱きしめた。

「……あんた、いかなくていいのか……?」
「……いかなくても、いい。あんたをめちゃくちゃにして、この多幸感をぶち壊すより、ずっといい」
「……俺は我慢してほしくない……」
「べつに我慢とかじゃない」
「……じゃあ、俺は、もっとあんたが欲しい……あんたが満足するまで、あんたがほしい……」
「欲張りか……」
「欲張りだ」
「……いいのか?」
「さっきからそう言っている」
「ああ、もう、ほんとうにダメだ……あんたは俺にすこしも恰好をつけさせてくれない……」

大倶利伽羅はそう言って髪をぐしゃぐしゃにすると、また瞳を欲情に濡らして、山姥切のなかに、ぐっと、それを押し込んだ。山姥切は余韻も色々と残っていて、びくりと腰を浮つかせてしまう。大倶利伽羅はそれを気遣う余裕もないらしく、ぐっと最後までそれをさしこんで、山姥切をまたひどく追い詰めた。

それから、大倶利伽羅は荒い息を吐いて、山姥切のともすれば浮つく腰をひっつかんで、さっきよりずっと乱暴に、けれど暴力的ではなく、山姥切をかきまわす。それがさっきより、どうしてかずっと気持ちがいい。大倶利伽羅の感情だとか、欲望だとか、そういうのがダイレクトに全部なだれ込んでくるようだった。それが、ずっと嬉しいのだと、白む頭でそう思った。

「あっあっ……っ……っだ、だめだ、声、我慢でき……っあ、」
「……っ、手でも、なんででも、おさえておけ……っ……こっちも余裕が、ないんだ……」
「ふっ……んんん、っ……っ……」
「……いいこ」
「……っ」

大倶利伽羅がそう言って、山姥切の頭をしっとりと撫でたら、それでもうダメだった。さっきのより深いのがやってきて、山姥切は必死で口を塞いだ。けれど口を塞いだぶん、その気持ちいいのがずっと身体の中に溜まってしまって、何も考えられなくなる。そうして、びくびくと身体を震わせていたら、大倶利伽羅がぐっと、いっとう奥までついて、息を詰めた。それから二、三回、するするとなかでそれを動かしてから、ずるりと、全部の欲望を吐き出したそれを、山姥切のからだから引き抜いてゆく。

「……なんだろう、言葉にならない」
「……奇遇だな、俺もそんなかんじだ……」

そうして全部が終わって、最後にふたりはしっとりと濡れた肌をあわせた。心臓の音が、いつもよりずっとよく聞こえる。それがなだらかになるまで、ふたりはそうした。離れがたいと思った。けれど、これからずっと一緒なのだという安心感のほうが、強かった。

「しかし、ここまでくるのに、過程がひどかったな」
「あんた、ほとんどストーカーだったしな」
「あんたは鈍感すぎて話にならなかった」
「ふふふ、ひどい」
「ああ、ひどい」

ふたりはそう笑いあって、息をついて、どちらのものともしれない「すき」という言葉を転がして、繋いで、抱き合って、そうやって、やっと物語のスタートラインに立てた気がした。終わりがみえない、幸福な物語のスタートラインだ。


END


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