血汐で揺れる内臓がおまえを殺したがっている






蜘蛛を殺してしまった。

殺してしまったというからには、つまるところ殺す気がなかったということだ。御手杵は脚の潰れた蜘蛛の死骸をぼんやりとみつめて、「逃がしてやりたかったんだよ」と、言い訳がましいことを言った。

部屋に蜘蛛が現れたのは夜の真ん中だった。蜘蛛は音もなく御手杵の部屋へ入りこんでおり、御手杵はなんとなく、その蜘蛛を逃がしてやろうと思った。そうしてそこらにあったカレンダーを持ち出し、蜘蛛を掬おうとしたのだ。しかし結果は畳の目とカレンダーの間に蜘蛛が挟まってしまい、ついにぎゅうっと潰れてしまった。蜘蛛は何度が脚を揺らしたが、しかし、まもなくそれもなくなった。

御手杵はその蜘蛛の死骸を、頬杖をついて、眺めていた。その時になって、「おい、入るぞ」と、同田貫が部屋へ入ってきた。そうして蜘蛛の死骸をじっと眺める御手杵を見て、「そんなんさっさと捨てちまえよ」と言った。御手杵はそうだなぁと言って、カレンダーで今度こそ上手に蜘蛛の死骸を掬い上げ、それを屑入にそっと入れた。

「なぁ、同田貫は部屋に虫が入ってきたらどうすんだ」
「気分だな。叩き潰すこともあれば、逃がしてやろうと思うこともある」
「まぁ、そうだよなぁ」

同田貫はどうしてそんなことを聞くんだ、と、少し苛立たしい様子で胡坐を組み、その膝に肘をついた。御手杵はその理由がわかっているのだけれど、思いがけず殺生をしてしまったので、少し頭がぼんやりとしていた。そうして、そのぼんやりとした頭のうちで、同田貫とキスがしたいと思った。

だから身体を寄せて、頬を寄せて、同田貫にぼんやりとしたキスをした。同田貫はそれが不服だったらしく、御手杵の胸倉を掴むと、じっとりとキスを返してきた。

二人はこれからセックスをする。セックスをしたら、御手杵はきっとあの蜘蛛のことなんて、忘れてしまうのだ。同田貫の脚が揺れる。同田貫の息が詰まる。同田貫の肌の体温と、内臓の体温によって、思考を奪われるとわかっていた。だから、今は、それだけでいい。


END

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