キスをした





浦島は昨日脇差連中と花火をしたときの袋が、そういえば中庭に置きっぱなしだったのではないかと気が付いて、夜になってからそれを確かめにいった。そうしたら実際、ひとつだけ片付けそこねられた袋があった。こういうのはだいたい骨喰がやってくれているので、意外だと思ったけれど、袋を手に取ってから、その理由がわかった。花火が少し、残っていたのだ。みんなして派手なのを優先して使っていたので、それで疲れて、満足をして、線香花火の存在を忘れてしまっていたのだ。夏のあいだ、この中庭ではしばしば花火大会が催される。それは色んな集まりで、全員ではできないので、仲の良いものや交流を深めたいものたちが集まって、少人数ずつで行う。だから骨喰は、次に花火をやる連中に線香花火をゆずってしまおうと考えたらしかった。

しかし浦島はその線香花火が、もしかしたら雨に濡れてしまうかとも思ったし、誰かと一緒に、なんでもない話をしながら、そう、他愛ない話がしたいとも思った。騒がしいのはとても好きだけれど、騒ぎすぎると少しばかり疲れる。だから、ひとりでいいと思った。誘うのは、ひとりで、いい。

「あ、浦島くん、どうしたの」

そこにタイミングがよく、乱が現れた。浴衣姿で、髪の毛をうつくしく結い上げている。

「花火、置き忘れてたんだ。それより、どうしたの。どっか行くの」
「ううん、もう行ってきたの。厚とね、せっかく主さんに浴衣もらったんだから、町に出ようって。今帰ったとこ」
「……ふうん、ねぇ、それってデート?」
「そうかもしれないね」

そう言われて、浦島は胸の奥のあたりが締め付けられるような心地がした。きょうの乱はどうしようもなく、可愛い。男だとわかっていても、かわいくて、うつくしくて、そのずみずみまで手入れがゆきとどいている。

「じゃあさ、これから俺と浮気しない?」
「浮気?」
「うん、花火しよう。線香花火だけ残ってたんだ。湿気るから、使っちゃおうって、そういう話」
「ふふ、変な誘い文句。でもいいよ。ボクが可愛いから、誘ってくれるんでしょう?でもね、ボクが男の子だってことだけは忘れないでね」
「うん、わかってる。ずっと、わかってるよ。それをふまえて、今日はすっごく魅力的なんだ。だから静かに、一緒にどうでもいいことがしたいって、そう思ったんだ」

そう言って、乱は縁側から、下駄も履かずに、中庭に降りてきた。土に汚れるその素足が、汚いはずなのに、どうしてか、扇情的だと、浦島は思った。それから、自分も靴を持ってくるのが面倒で、裸足だったことを思い出した。だからこれでいいとも思った。

「線香花火をしなかったなんて、その花火は楽しいままずっと終わってないんだね」
「うん、だから、俺、疲れちゃって」
「いつもにぎやかなのに」
「ずっとにぎやかでいられるひとなんて、きっといないんだ」
「そう。じゃあ今日は静かにしてようか。どうでもいい話をしよう。それがきっといいね」
「うん」

そう言って、浦島はしゃがみこみ、ポケットにそのまま入っていたライターで、いっぽんの線香花火に火をつけた。その線香花火の、淡い輝きに、乱がもう一本の線香花火をそっとくっつけて、火をうつした。この、火をうつすのが、浦島はいっとう好きだった。なにか、火と一緒に、こころの欠片を、わたしている気になるのだ。だから、乱がそうしたことが、とても嬉しかった。

乱のすがたは、淡い光に照らさせて、いつもより暗影がはっきりしていた。浦島は、「どうしてみんな、線香花火を最後にするんだろう」だとか話しながら、その横顔を、何度も盗み見た。そうしたら乱は、「はじめにしんみりしちゃったら、そこから盛り上げるのが大変だし、それに、線香花火が最後っていうのは、手持ち花火ができてからずっと、きっと決まってるんだよ」と言った。ぽとり、と、浦島のひとつめが、火を落とす。

それからふたりは、十本ほどあった線香花火を、ぽとんぽとんと落としながら、それとおなじくらいのスピードで、静かに、ぽとんぽとんと、会話をした。そのどれもが短く、どうしようもなく意味のない会話だった。線香花火は十本しかなかったので、すぐに終わりそうだった。そのあいだ、浦島は何度も乱のすがたを見た。乱がはらはらと落ちてくる髪の毛を耳にかける仕草をしたときに、浦島はそのゆびのかたちがうつくしいと思ったし、小さなひかりに照らされる乱の睫毛が、とても長いと思った。

そうして、最後の花火になって、浦島はうっそりとその睫毛の長さを、眺めた。そうしたら、乱とバチッと目が合って、まだじゅうぶんにあった線香花火の火を、思わず落としてしまった。それは乱も同じだった。だから言い訳が必要だった。なんだって、よかった。

「……乱の睫毛、長いなって、みてた」
「……ボクもね、浦島くんの……浦島の、睫毛長いなぁって、みてたよ」
「そっか。……花火、落ちたから、もうみえないね」
「うん、この距離じゃ、絶対にみれない」

言い訳を重ねて、手のひらを重ねて、じゃあ、睫毛をもう少しだけ、そう、もう少し近い距離でみたかったって、言い訳をした。ただの言い訳だ。


END

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