セピアメモリ







「気持ち悪いんだよ、こっち来んな!」



嗚呼また虐められてしまった。


雨上がりの公園。

砂場に突き飛ばされてしまったようだ。彼は泥水と化したそこに、ぐしゃりと音を立てて落ちた。

じわりとズボンが濡れる。


何がいけないのだろう。

恐らく読んでいた漫画のせいかもしれない。次は小説にしておくべきだ。


うっかり泥が跳ねた手が漫画を抱える。肩から斜めにかけた、大きな鞄へしまった。

男と男の恋物語。普通と違うそれは綺麗で儚くて、普通にも負けないはずだ。



「…仲間に入れてやんないからな!!」

泥の水溜まりを見下ろした。視界に入った腕は、黒い長袖で殆ど隠れている。けれど白さが際立っていた。

…嗚呼可哀想に。髪は汚い泥水と同じ色。
普通じゃないからやはり気持ちが悪い。




「なあだいじょーぶ?」

おや、誰かが話しかけたみたいだ。

真っ黒な髪に真っ黒な瞳。くりくりときらきらと煌めいている。


「なかまはずれとかさあ、しちゃダメなんだぞ!」

彼は振り返った。
誰も居ない空間に向かって声を発する。



「おまえもごめんなさいしろ!」


不思議な子だ。
見えない何かに話している。

男の子はきょとんとした後、にこと笑った。



「なあ」


暫くすると男の子は頬を膨らませた。腕を掴む。嗚呼やめてあげて欲しい。

やめてあげて。



やめて下さい。



「ともだちをドンって押したらダメだろ!いじめちゃダメだ!」

「…ともだちじゃありません」


突き飛ばされたその子は涙目で走って帰った。
泥の水溜まりを見下ろす。映ったのは茶色いボクだ。

だって普通じゃないと仲間に入れてくれないって言うから、ボクは一生懸命服に帽子を付けたのに。

普通じゃないものを隠したら、きっと大丈夫だと思った。いい考えだって思いました。


なのにダメだって言った。

約束を守らない子は嫌いです。
みんな嫌いです。



ジー…

ビデオカメラが回り続ける。


つらくてかなしいことはありません。それはボクの景色じゃありません。ビデオカメラが見付けた誰かさんの話です。

だからボクじゃないはずです。
キミが掴んだ腕は、…腕は、



「なあ、おれカメラじゃなくておまえとおはなししたいぞ」

何でずっとカメラやってんの?

男の子はこてんと首を傾げた。きゅ、しっかりと手が繋がれてしまった。



「…ぼく、」



ああいやだ、みんな嫌いです。


いっしょにいたくありません。
いたくありません。

いたくなんか痛くなんかありません。





「…おともだちが、ほしいです」




みんなとちがうのはそんなにいけないことですか。
ぼくはわるいこですか。

普通になったら遊んでくれますか?
痛いことしませんか?痛いことしないから、ゆるしてほしいです。たたいたりけったりドンってしたりもしないから、みんなとちがうのはゆるしてほしいです。だって隠してもちらちら見えるんです。汚いコレが見えて、暗いところでも光る星が飛ぶんです。

ゆるしてほしいです。ゆるしてください。


すきなものぜんぶ我慢しますから、



ひとりぼっちはいやです。

とってもとってもさびしいです。


さびしくてとても痛いです。





「ぐすっ…いいこに、するから…お、おともだちに、ひっく、なって、ほしい、です…」



一生懸命帽子を引っ張って、頑張って髪を隠しました。えぐえぐと嗚咽しか出なくて情けなくて恥ずかしくて、しゃがみこんで小さくなった。

温かくて小さな掌が、背中の辺りをいったりきたり、した。ぎこちない動きが優しく頭を撫でて、ボクはもっと小さくなった。消えちゃえ、消えちゃえ。ボクなんか消えちゃえ。




「いーいーよー」


能天気な声が聞こえて顔を上げると、男の子はにこにこしたまま首を傾げた。


「な。もうともだちだろー?」


ぱちぱち、瞬きをしたら、ぼたりと一滴地面に落ちた。ずず、鼻水も出てるみたいです。

しょーがねーなあ、男の子は明るい声のままごしごしとボクの顔を袖で拭った。



「…ぼ、ぼく、」
「どうした?」
「ぼく、きみと違います」


男の子は不思議そうな顔をした後、あっけらかんとして言った。


「んなの気にすんなよー。違うくらいがレアなんだぞ。あ!おまえさ!モモンガ戦隊のガチャガチャしたことある!?おれね、きょうレアが出たんだー。見たい?」

ごそごそとポケットを漁る間もずっと口は動いていて、ボクはもう一度静かに瞬きした。




「あ、そうだアメ食べる?…どーした?」

「…、ぐす…っ」
「だいじょーぶか?お腹痛かったらトイレだ!トイレ!」


「…だい、じょうぶです」




なあなあ、と心配そうに覗いてくる男の子に頷いた。

不思議です。



「もう痛くありません」







セピアメモリ



少年Cの独白より抜粋。



2013.7.29


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