指の先に至るまで
※もけ→芥子の第一印象。
…美しい、人だと思った。
劇団への応募書類が無造作に広げられた中、彼だけは一際光を放って見えた。
「ボツ」
団長が至極つまらなそうに、また履歴書を放る。えるさんに全身で凭れ、煙草をくわえた。ごく自然に、えるさんがライターを差し出す。
「女は駄目だ。どいつも同じ顔に見える。こりゃあ決め手に欠けるな」
「…そうですね」
僕は形だけの相槌を打つ。
三人だけの小さな部屋には、古ぼけた窓が嵌められている。
所々破れたソファを、一刻も早く縫いたくて仕方がない。
しがない着ぐるみショーの衣装班から引き抜かれた僕は、演劇にあまり詳しくない。衣装が作れたらそれでいいけれど、一応未来の仲間(団員)を選ぶから、といったあれこれでこの場に同席させられている。
『お前さんはまだ本物の衣装を作れたことがないんだな』
団長が何故僕に目を付けたのか、と言うかこの人ヒーローショー好きなのか、といった疑問しか湧かず首を傾げた僕を、その時彼は見透かしたように笑った。
本物の衣装って何ですか、僕という衣装係が居ないと舞台に立てないくせに、たかだか役者が偉そうな口を。じゃあお前は衣装の真髄が分かっているのか。
なかば八つ当たりというか、興味本意もあったかもしれない。元々今の場所に居続ける意味も無いし、とにかく僕は、二つ返事で了承したのだった。
「もけ、そっちの束取ってくれ」
「はい。…あ」
軽く取り損ねて数枚ひらりと散らばる。纏めて渡そうとした時、ピリッと指先が痺れた。気がした。
「……」
劇団に送る写真は、慣れた人はきちんとした場所で撮っていることが、この数時間で分かった。
お金が無い人は証明写真だ。
安っぽい証明写真は、誰しも皆見劣りする。
ただ、ただその人だけは、後光でも差しているのかと疑いたくなるくらい、光を放って見えたのだ。
髪の色のせいかと思い、履歴書を持ち上げまじまじと眺める。
橙の刺繍糸のように、一本一本が細くて触り心地の良さそうな髪。
つるりとした肌はそれこそ絹のようで、睫毛は長く、瞳は樹脂のように光沢と透明感がある。
勝ち気な目付きにぞくりとした。
芸能人に疎い僕でも、彼は一等級の芸術品のように見える。彼、と言うのも、パッと見少女かと思ってしまったので、性別が男に丸されていたのは何かの間違いじゃないかと思ったくらいだ。
きっとあらゆる高級な素材と時間をかけても、彼を作り上げることなんか出来ない気がした。志望は役者。スポットライトが霞んでしまうんじゃないか。写真は上半身だけだけれど、体つきが華奢なことはスリーサイズの表記で分かる。どんな衣装も彼が着たら見劣りしてしまうかもしれない。ああでも、或いはどんな衣装でも着こなしてしまうんだろうか。
…綺麗な人だ。
「じゃあそいつを面接に進めるか」
顔を上げると、団長は何処か満足げに口角を上げていた。
悪戯っ子な少年のように、目を細める。
「実際に見てみたいんだろ」
「…、はい、」
「決まりだな」
他の数枚と一緒にすると、連絡しとけ、と団長はえるさんに渡した。
「あの」
立ち上がりかけた彼に、僕は思い切って声をかけた。
「…僕も、面接に立ち会っていいですか」
「ああ、勿論だ」
顔が火照るのを感じて俯く。当日は気配を全て消していよう。
「…バイトがあるので、」
そのまま頭を下げて、そそくさと部屋を後にする。
ただ週末が楽しみで仕方無くて、僕は一人でうかれていた。
「じゃあ次の奴入れろ」
団長の指示にえるさんが頷き、面接室を出ていった。
…正直、面接がこんなに眠気を誘うものだとは知らなかった。レース編みしていた方が起きていられる気がする。編み物がしたい。
集中力を保っている辺り、団長は流石役者なのだろう。
俯いて瞼を閉じかけた時、心地よい声変わりしたての声が、小鳥の囀りのように響いた。ふ、と意識が浮上する。
「芥子です。高校2年、演劇部に所属しています」
「若いな」
団長が返したところで顔を上げ、息を呑んだ。…からし、芥子。
部屋の真ん中に立つその人は、だぼっとしたカーディガンにスキニーのジーンズを履いていた。脚の長さと細さが際立ち、服の上からでも腰の細さが分かる。
気の強そうな目は臆することなく団長を見返していた。
やたらと陣地を主張する、雀のような可愛らしい印象も受ける。
その後の質疑応答や実技試験も、彼に釘付けのままだったので、まともに聞けなかった。
「審査は以上だ。最後に、2つ聞こう」
団長は履歴書を机に放置したまま、腕組みをして言った。舞台上でも綺麗に通る声だと思う。
「この劇団を志望した理由は?」
敢えて最後に持ってきたのだと思われる、月並みな質問を、芥子君は眉一つ動かさずに答えた。
「サンプルの紹介映像を見ました」
これは殆どが言っていることだ。同じか、というリアクションを団長からも感じる。
大体この後は感想が続く。芥子君は形のいい唇を開いた。
「あの台本の流れは、やっていた役者の解釈が可笑しいと思いました。途中までの演出は面白いのに、最後だけアドリブのような印象を受けたからです」
「…、ほお」
愉しげな声が滲んだのが分かった。脚を組みかえて、団長は不敵な笑みで続きを促した。
「オレはあのオリジナル脚本が好きです。どれが正解か分かりませんが、少なくともオレは三つの解釈が出来ます。あの脚本、演出と共に、よりお客様の心を動かす舞台を作り上げたいと思い、志望しました」
生意気だと帰されはしないかと内心ひやひやして、僕は団長を窺う。不合格なら尚更、もう少し彼を見ていたかった。
僕にとっては、強気なところも彼を引き立てるほんのスパイスに感じられたけれど。…変でしょうか。
団長は暫し黙ると、口を開いた。
「自分に才能があると思うか?」
僕は少なからず驚いた。今までの人に対する二番目の質問は、最後言い残したこと、だったからだ。
「はい、あります」
「それを感じないのだが?」
「残念です」
もうやけになったような物言いで、芥子君は語気を強くして言った。
「今回諦められても、オレは、オレをずっと諦めたりしません」
指の先に至るまで
「もけ君、何してるの?…ってあ!オレの履歴書!!やめて!お願いだから処分して!」
「君の面接を思い出してました」
「オレ絶対落ちたと思って、家で泣いた…」
「…劇団の紹介映像。あれは、団長がオーディション受ける人達に置いた布石だったそうですよ。気付いたのは君だけだったので、団長と合うのは君だけだった、というわけです」
「えっ、じゃあオレすごい!?やった!!!!」
「単純な人ですね。第一印象の通りです」
「嘘!?もけ君そんな風に思ってたの!?」
嘘ですけどね。
2014.6.21
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