英雄少年のヒーロー論
ヒーローになりたかった。
どぎゃーんばぎゃーんと悪いヤツをやっつけて、困ってる人を助けるんだ。
モモンガ戦隊みたいに、俺達エモンガーズはそれになる!
とまあ理念を掲げてたけど、昔から集中力の続かない俺は、楽しいことには首突っ込みまくり、近所の人には悪ガキと呼ばれていた。何か気付いたら悪ガキ大将になってた。
あれ?それって悪玉の親分じゃねーのか?
「大丈夫です、飛丸君」
世の中はバランスだ。だからヒーローにはなれる。ある時そいつは言った。
皆が皆平和というのは有り得ない。誰かが不幸で無いと、誰かは幸せになれないのだと。そしてその負の塊というのは、いつだって少数で出来ている。
多数になってしまったら、"世の中"が幸せじゃないからだ。
常に誰かが不幸であるから、ヒーローは存在し続ける。
「てめーらまた茶々丸いじめてんのかぁ!いー加減にしろゴルァ!!」
少なくとも誰かが幸せになるために、ボクは犠牲になりましたし。
俺の友達は、無表情のままそう言った。
「飛丸様ーッ颯爽登場ッッ!!」
「げえっヤバい飛丸だ!」
「逃げろ逃げろ!」
「あいつ犬のうんこ投げてくんぞ!!」
「おい逃げんな弱虫!お前の母ちゃんに言ってやるからな!!」
「うるせーマヌケ!」
「んだとコラァ!」
ばーかばーか、低レベルな捨て台詞だけを吐いて去る背中にあっかんべーをする。
ずっと大人しく小石をぶつけられていた茶々丸が、後ろで肩の汚れを払っていた。小石の雨が止むのをじっと待っていたそいつに、俺はムッとなる。
「茶々丸!お前すばしっこいんだからひょいひょい避けろ!黙ってやられてんな!」
「キミには敵いません。多勢に無勢過ぎますし、あの人達ノーコンもいいとこですしおすし。何より走るの疲れます」
「ジーさんみたいなこと言うなよ」
どうも、とのっぺりした無表情で、たぶん幼馴染みと呼べるくらいには長い付き合いの茶々丸は挨拶を述べた。
「助けて下さって有り難う御座います。お陰でゲームの発売に間に合いそうです」
「あのなあ」
言いかけて口ごもる。
今日も、茶々丸がやられてからじゃないと来れなかった。ヒーローってのは遅れてくるもんだと言うけど、早いにこしたことはないだろ?
手を怪我してるのに気付く。ごめんなと言うと、茶々丸は静かに瞬いた。俺と何処か似た風貌で、けれど決定的に違うその姿を、パーカーの下にしっかり隠して。
「キミは今日も助けに来てくれました。どうして謝るのですか」
「…」
「え。本当にうんこ持ってきてるんです?」
「持つかっ」
目の前のヤツは、その昔近所の悪ガキに片っ端から復讐という復讐を重ねるモンスターとして有名だったけど、いつからか大人しくなった。そっから余計にコイツに対する当たりが強くなってしまったのだ。
「なあ、痛いか?」
「大したこと無いです」
茶々丸はさっと傷を袖の下に隠す。路地裏の入り口に歩き出す背中を見つめて、自分の口がへの字に歪んだのが分かった。
「…なあ、俺さあ」
「はい」
「お前がいじめられないとヒーローになれないんだったら、そんなのもうなりたくねーよ」
「?どうしたんですか」
「お前のこと助けてやれてねーし、こんなんヒーローじゃねーもん」
「……」
とびまるくん、茶々丸は小さい声で俺を呼ぶけど、どうしても顔を上げられなかった。
いっつもな、いっつも、お前に偉そうなこと言うのに結局は。
俺が一番、お前が居ないとなんにも出来ないんだなあ。
「どけ」
「、いた」
茶々丸が入り口で押し退けられてよろめいた。吃驚して顔を上げると、大きな影が目の前に立ちはだかる。
「おい、お前」
「…おれ?」
「オレの弟虐めた飛丸ってヤツは、お前だな」
「は?いじめっ子はそっちだろ!」
「ふざけんな!弟虐めやがって!」
「イテッ」
頭を鷲掴みにされて身体が2、3センチ浮いた。みしみしこめかみが悲鳴を上げる。
歯を食いしばって暴れると、そいつの後ろで茶々丸を虐めたヤツが笑った。ちくしょう。ちくしょう。
「ちくしょう」
拳骨が振る、覚悟してぎゅっと瞼を閉じた瞬間、鋭い声が空気を裂いた。
「皆さん!!!!」
ビリィッ、鼓膜が震えて、ハッと目を見張る。
胸ぐらを掴んでいる奴等が一斉に振り返った。
小さな影が、路地裏の入り口に立ちはだかった。服の裾が揺れる。丸く大きな瞳が、パーカーの下から覗いた。いつも大人しくて丁寧で、大声なんて出さない茶々丸が。
「何だアイツ」
上から訝しげな声が降って、あ、とそいつの弟も渋い顔をする。
俺は慌てて声を出した。
「ちゃ、茶々丸、逃げろ!」
「こちらに、」
茶々丸は顔の真ん前に腕を構え、パーカーを掴む。自分の姿と秘密を丸ごと包み隠す、唯一のものを。
腕越しに、吸い込まれそうな眼と、目が、合った。
「注目して下さい」
ぶわっ、
ガタガタとゴミ箱が揺れる。吹き抜けた風と同じくして茶々丸の指が動く。
風にあおられて、パーカーがばさりと後ろに姿を消した。
太陽光に晒されて、滑らかな金色を帯びていく。
俺より色素の薄い髪は風に舞い、息を呑むほど眩い星が散った。
「お、おいアイツ…!」
胸ぐらを掴む腕の力が緩み、呆けていた俺は慌ててそれを凪ぎ払う。
目の前の脛を蹴飛ばして駆け出すと、背後で悲鳴だけが聞こえた。
「、茶々ッッ!!」
「!、はいっ…!」
手を引いて全力で脚を動かす。耳朶を風が掠めた。風を切って走る。
茶々は無表情でパーカーを戻すと、俺を呼んだ。
「股間蹴りあげない辺り、やはりキミは愛と勇気が友達のヒーローですね」
「び、びっくりするじゃねーかよ、お前。ヒーローはお前だ!ありがと、な」
「キミはいつだって、ボクを救ってくれました。いじめっ子よりもたちの悪いものから。一瞬で。飛丸君、いじめっ子から助けてくれたから、キミはヒーローになるんじゃありません」
「…、」
「誰が何と言おうと、キミはボクのヒーローなのです」
「……茶々、俺…」
「そしたらボクは自分が少しだけ、好きになれます。強くなれます。だからさっき、皆に注目されてもへっちゃらでした」
茶々は俺の手を握り返して、ぎこちなく微笑んだ。
"ちゃちゃまる、だいじょぶか"
"はい。もう、へいきになりました"
"ほんとか?いたくないか?"
"はい。きみが、きてくれましたから"
どこも、なんにも、いたくもこわくもないのです。ふしぎ、ですね。
「よっしゃあ!したらこのままゲーム屋直行するぞ!茶々!」
「はい、飛丸君」
ニカッと笑ってみせると、茶々は眩しそうに、綺麗な紅茶色の目を細めた。皆が気持ち悪いって嘲笑う、皆とは違うその目を。
陽の光を浴びてきらりと光る俺の友達は、昔夢見た、世界一カッコいいヒーローみたいだった。
英雄少年のヒーロー論
「その呼び方も、我ながら好きです」
「ぶははっ、そおか!」
QED.
少年Cと英雄Tの証明より抜粋。
2014.4.27
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