只のとある日のこと。


※過去小学校低学年くらい。





気付いたら段々知り合いが増えていって、ここも随分と賑やかになった。
お陰様で店もいい具合に忙しい。

客足がゆったりと途絶え、自分用にアップルティーを淹れていた時だった。



「はーづきぃ」

「お、飛丸」
「よっ、何か食わして!」

能天気に「たのもー」と扉を開け、いっそ清々しい笑顔で図々しい申し出をされた。慣れたけどな。


「はいはい、アップルパイあるから食べろ。手ちゃんと洗って」
「へいへいガキじゃねーっつの」
「うがい」
「へいへい」

「…、?」


ふと、歩み寄って来る飛丸の後ろが、木漏れ日のようにキラリと光った気がした。

一度瞬きをして見ると、男の子が1人、こそこそ隠れてしがみついている。そうっとこちらを窺った目は、飛丸よりもうっすらと茶色がかっていた。

無意識に自分の目が見開いた。
飛丸はさして気にした様子も無く、あぁ、と俺の目線を辿る。



「こいつ新しい友達。茶々丸ってゆーんだー。…なっ」

こくり、頭…というか耳つきフードが上下したのだけ見える。へえ、と俺が相槌を打つと、飛丸はしょーがねーなあと呆れた顔で後ろに目をやった。


「ちゃんと挨拶しなきゃ駄目だぞ。ほら、」

「…」
「葉月だ。くちうるせーの。お母さんみたいなヤツ。おれの友達だから、お前と一緒だ!怖くないぞ。な?」


「…、はい」

「だろ?じゃーお前も葉月と友達なれ!」


ほい、と背中を押されて、まだ小さな身体が前に出てきた。

袖から少しだけ出た指は白く、フードを一心に引っ張っている。カウンターの向こうの俺を見上げて、紅茶色の瞳が瞬く。
…そっか、綺麗な色だなあ。ダージリンくらいかな。レモンティーくらいの色合いか。でも俺よりは黒に近いか?


飛丸と何処か似た姿で、それよりも色素の薄い髪と目をしている。きらきらと光沢をもっていた。

どうも、と無表情で述べて、そいつはぺこりと頭を下げた。


「この度飛丸君のお友達にならせていただきました、茶々丸と言います。以後宜しくお願い致します」

「…あっ、うん。宜しく」


そして物凄く礼儀正しかった。飛丸とは真逆の感じだな。でも丁寧な奴は好きだ。

微笑みかけると、大きく目を見開いて、そそくさ飛丸の背後に戻ってしまった。



「茶々はなあ、カメラ持ってんだよ。カッコいいよな」
「カメラ?すごいな」

「…」

茶々丸は無言で白いカメラを取り出した。結構ゴツい一眼レフだ。


「写真とか好きなんだな」
「…いえ、好きなのはホモです」
「へー、…は?」
「はではなくホモです」
「……」

「おれはホルモンよりカルビだなー」

ケタケタと飛丸が笑っている隣で、茶々丸はそうですかと俯いてはにかんだ。飛丸と話せるのが嬉しいらしい。
飛丸も連れが出来て嬉しいのか、兄貴風を吹かしている。

俺はと言えばアップルパイをよそう皿に手を伸ばしたまま硬直している。は?


ジャー…

飛丸が身を乗り出して、流しで手を洗う。



「…ほ、ホモが好きなのか」

確認の為恐る恐る尋ねると、大人しく後ろで順番を待ちながら、茶々丸は恥じらうように小さく俯いた。


「美味しいですから」


ほう。



「…そうか…」

旨いよなあ、と飛丸は違う方向に思考を巡らせている。その後ろで茶々丸はこくりともう一度頷く。

遠退きかける思考の隅でそれを聞きながら、俺はアップルパイを切り分けた。…ふう、アップルティーのいい香りもする。


新しく来たのは大人しく丁寧で、毛色の違う嗜好の持ち主だった。俺は気にしない。このあと散々ツンデレだの右側だの左側だのRの付きそうな話を聞かされ続けたとしても、仲良くなろうと思った。




只のとある日のこと



「…あの頃は…まだ可愛げと言うか、恥じらいがあったよなー…」

「おはようございます、葉月君。今日も素敵な受け顔で大変けしからんですね。いいぞもっとヤれ。どうもボクです、茶々丸です」
「この腐男子つれてけ!」

「エモンガーズ会議すんだから邪魔すんなよ葉月ー」


少年Cの履歴より抜粋。
2014.4.23


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