いちふじにたかさんなすび
※欠陥ラヂオのれっくすさんリクエスト元に執筆
見たこと無い街だった。綺麗な海だけが白い砂浜の向こうにずぅーっと広がっている。
モスグリーンからコバルトブルーに変化し続ける。鮮やかな青が最大に濃くなった水平線で、海は空と一緒になって、ただ、世界が青かった。
アクアマリン、そんな青の色を持つ宝石と言う宝石全てが詰まったような海原は、それはそれは美しく。
水平線から空へ伸びる水色の山は、きっととてつもなく大きな宝石に違いない。
きっとそこから綺麗な青が染みだして、色をもたらしたのかもしれない。
砂浜に一人、そんな馬鹿みたいな事を考えてぼおっとしていると、青だけの世界に真っ白な飛沫が立った。
白い電車の車両が一両、視界の隅から海を走って来て、鉄が擦れる甲高い音を立てて停車した。
わあ
青い海を走る電車。幻想的な光景に感嘆の息を吐いて、ふしゅうと気の抜ける音を立てて開いた扉に近付く。
「郁ちゃん!」
車両の中でふわふわのスカートを揺らす女の子が、ニコニコと笑っている。
「良いご縁と旅の予感」
うふふ、花ちゃんは笑顔で駅弁らしきものを頬張っていた。
「飛丸君」
蜜柑を頬張りながら炬燵でごろごろしてると、茶々丸が珍しく慌てて部屋に入って来た。何でポップコーン持ってんだ?くれ。
さっきまで『ほもかるた』なるモノを一生懸命作ってたはずなのに、正月から忙しいヤツだなあ。寒いから炬燵から出なきゃいいのに。末端冷え性だろ、お前。
「大きな鳥が来ていますよ。鳩を押し退けて庭を征服しようと屋根の上を飛び回っています」
早くと茶々丸が2階へ上がっていく。重い腰を上げると、左に入って蜜柑の皮を剥いていた佐助に「風邪引くからマフラーして行け」ってジャンパーもマフラーも手袋も装備させられてもこもこになった。
デッケー鳥見に行かなきゃ。何の鳥かな。茶々が呼ぶんだからカッケーんだろうなあ。
「飛丸ちゃん」
いつの間にか花が炬燵の向かい側で温もっていた。赤い毛布被ってマトリョーシカみたいだ。伝えたら花は照れていた。
「友達がいっぱい福を運んでくれるね」
友達いっぱい幸せだね、花は蜜柑のピラミッドを作って楽しそうだった。たぶん鳥見て戻って来る頃には、全部皮になってんだ。
モモンガ戦隊のフィギュアかけてもいいぞ。
既にヨダレ垂れてるからな。
早く、茶々の急かす声が聞こえたから、もこもこになって動きにくい身体を動かした。
「すいませーん、オーダー」
ああやばい、忙し過ぎる。
新しいメニューが結構好評みたいだ。試作品の状態でメニューに書いた覚えは無かったけど、この様子じゃ正式にうちの看板メニューにするのも悪くないかな。忙しいけど。…忙しいけど。
「はづ〜」
松山のヤローがやはりお決まりのカウンター席でニコニコと機嫌良さげに笑っていた。
呆れて、でもたまには相手してやろうかと足を向けると、葉月ちゃん、可愛らしい声が背後で聞こえた。
何だ花、来てたの?
「葉月ちゃん、今年も商売繁盛だね!」
弾んだ声で新作の茄子のスパゲッティを平らげて、花は嬉しそうだった。うん、いい食べっぷりで俺も嬉しい。
楽しそうね、花ちゃん何処かお出かけしてたの?はい、お出かけです。でもこれは内緒にしないといけないから、聞かれても答えちゃいけないんだよ。昨日は初夢の日だったから、みんなの夢を食べに行ってたわけじゃないんだよって、言わなきゃいけないんだよ。うん。あと、明けましておめでとうっていうのも、ちゃんと言わなきゃいけないんだ。明けましておめでとうございます。
あっ、今年もよろしくお願いいたします。
いちふじにたかさんなすび
ごちそうさま。
今年もいいことありそうだねえ。
2013.1.3
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