日中に比べればいくらか下がったものの、夏の主張を続ける気温の中で笠松は歩いていた。
日の暮れ出した時分に海常の体育館へと足を向けているのも、待ってるッスなどと半ば一方的な約束を取り付けてきた後輩のせいなのだが。
笠松は首筋にじわりと滲んだ汗を拭いながら眉を寄せる。
正直、気乗りがしなかった。
今年のインターハイの予選は明日に迫っている。
不恰好なのは重々承知だが、ビビッているのは確かだった。
もうその場に自分自身が立つことはないというのに。

結局、自分は海常を負けさせただけの不甲斐ない主将だった。
黄瀬涼太を、紛れもない光である海常のエースを、勝たせてやる事ができなかった情けない先輩だった。
その思いが、笠松の胸の奥底に燻るように残っていた。
やりきった、悔いはない。
頭ではそう割り切っていても、どこかで顔を覗かせる。
笠松幸男のバスケに意味はあったのか、なんて。

気づけば重いながらも動いていた足は体育館の前まで来ていた。
昼間、うだるような暑さの中で音が満ちていたであろうその場所からは、今はボールをつく音しかしない。
ボールをついているのが1人であるのは、音を聞いていれば分かる。
中にいるのは1人だけ。自分を呼び出した張本人だけだ。
体育館の扉は開いている。意を決して踏み出そうとした足は、扉の前でぴたりと動きを止めた。
…黄瀬だ。
ゴールに正対している背中は見覚えのあるそれで、笠松は思わずその姿を目で追いかけた。
黄瀬の手でボールが弾む。リズムが変わって、バッシュが音を立てる。
そして、音が消えた。

「…幸男さん?」

ネットをくぐったボールが床に落ちる音が響く。
ゴール前で、黄瀬が笠松の方を振り返っていた。


「幸男さん!」

黄瀬は笠松の姿を見つけるなりバタバタと駆けてきた。
待ち疲れて帰るとこだったッス、と言いながらも顔からは嬉しそうな色しか見て取れない。
そんな黄瀬に心なしかホッとする。

「どーかしたんスか?」
「なんでもねーよ、お前こそ…呼び出した用件は?」

わざわざ呼び出した理由を、昨夜電話をかけてきた時に尋ねたが黄瀬は答えなかったのだ。
内緒っスよ、明日…海常の体育館で言いたいんで、なんて意味深な言葉で誤魔化して。

「それ……なんスけど」
「黄瀬?」
「……」じっと見つめてくる視線と絡み合う。
笠松は自然と黄瀬に手を伸ばしていた。

「笠松せんぱ…」
「聞いてる」

聞いてっから。
卒業して以来聞かなかった呼び名に、笠松は頬に触れた手を滑らせる。

「オレ、…先輩にあげたいモノがあるんスよ」

ずっとあげたくて、でももう叶わないんだって思っていたモノ。
笠松は黄瀬から目を離さない。
急かすでもなく、その先の言葉を待っていた。

「…天辺、ッス」

黄瀬の言葉を反芻して、笠松は鼓動が一瞬強まったのを感じていた。

天辺、頂点、優勝。
手に入れたくて必死になったもの。
存在意義を見いだした、目的の場所。

黄瀬は自分の頬でぴたりと止まっている手を握る。

「笠松先輩とてっぺん取れなかった、それは変えられないッス。だけど、先輩のバスケはオレの中に…ちゃんとあるんスよ。
先輩のバスケが何一つ間違って無かったって、オレらが…オレが、証明するッス。」
笠松先輩に海常のIH優勝、絶対とってくるッスから。

そう言った声は力強かった。
笠松の手にじわりと熱が移る。
頼もしく、同時に、いとおしくてならなかった。
熱くなる目元を誤魔化すように、笠松は黄瀬の肩口にドンと頭を押し付ける。

「バーカ、…お前1人でやれっか調子のんな」
「ちょ、オレ結構本気…」

その声を遮って笠松は黄瀬の顔を見上げた。

「勝てよ、黄瀬」

…見ててやっから。


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リアルの先輩が「笠松先輩の誕生日プレゼントにインハイ優勝」というネタを落としてくださったので、ちょっと書いてみました。

13.04.07 こよし



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