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終わりは突然で、されどゆるやかに訪れた。
翌日、穏やかな寝息を立てていた高尾は、そのまま目覚めることはなかった。
丸一日昏昏と眠り、その日夕方にはあっさりとその呼吸を止めてしまったのだ。
父親が病院に到着するまで呼吸を続けていたのは、高尾なりの親孝行だったのかもしれない。
病室を出ようと踵を返したオレに、高尾の父親は息子を看取ってやれたことの感謝を告げた。
医者らしい言葉が喉につかえて、なにも言えなくなってしまった。
無言のままに一礼して病室をあとにする。
どうしようもない虚脱感が渦巻くなかで、高尾と最後に言葉を交わしたのはオレだったのだなと、ふと思った。
泣くことはできなかった。

綺麗に片付いた病室には、翌日には別の患者が入院した。
高尾和成の名はカルテの束に埋もれ、忘れられていく。
それでもオレは、高尾の温度を忘れられずにいた。
…心臓も肺も、体の全ての機能が停止してしまってなおその体には…最後に触れたその手には、温もりが残っていたから。
冷たく硬くなっていくだろう体は家族の元へとかえされて、オレの手元に残るものなど何一つないのだから。
形式通りに行われた通夜と葬儀の後、高尾の体は荼毘に付され、永遠に触ることが叶わなくなったというのに、オレの中には未だ温かさが留まっているのだ。
浮遊するような感覚の中で生活を送る日々が続いた。
大きなものを失ってしまった喪失感。
日に日にやつれていくのを、同僚は心配していたがどうにもなる気がしなかった。
まだ、蟠りは胸のうちから消えてくれなかった。

「緑間先生、外線からお電話です」

そんな日々を断ち切るように電話が入ったのは、高尾の葬儀からひと月が経った頃だった。




兄は貴方には見せる気がなかったみたいです。だけど…これは兄が貴方に残した言葉ですから。

そう言って高尾の妹から差し出されたこのノートを開くのに、何日もかかった。
高尾がいなくなった今それを見ることは…苦痛でしかないと、思ったからだ。
その言葉の中身がどんなものであっても、オレは今更あいつに何をすることもかなわないのだ。
それを思うと無様にも手が震えた。
いっそこのまま、奥深くにしまいこんでしまおうか。
高尾はこれをオレに見せるつもりがなかったようだと、そう彼女は言っていただろう。
そんな合理化を繰り返して、何度も避けようとした。
けれど、それでも高尾の心はオレの目の前にあり続けた。

ごくりと喉仏が上下する。
手元に力が入ってしまうのを抑えながら、ようやくノートを開いた。
…けじめを、つけなければならない。
目に飛び込んできた文字に、眉間が寄って視界がゆらゆらと揺れる。
そこにあったのは確かに高尾が、生きる高尾が懸命に記した真っ直ぐな言葉。

真ちゃん。

呼び掛けのような書き出しから始まるそれは、やはりオレに伝えるつもりはなかったのだろう、ノートの真ん中あたりのページに書き綴られていた。
誤って消えないようになのか、それとも自分が気持ちを誤魔化して何度も消してしまうのを恐れてか、ペンで書かれている。
文字は時に震え、時に途切れ、所々何かで滲んでいる。それが、あいつの零した涙のせいなのだということは、すぐに分かった。
拝啓も、時候の挨拶もなければ、日付もない。
日記でも、手紙でもない。
ただつらつらと思いを書き連ねたそれは、紛れもない高尾の本心だった。





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