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「なー真ちゃん…点滴減ったな」

そこについてたやつ、と点滴台を指差す高尾の指は前よりもまた一回り細くなっていた。

端的に言うと、地図をなくした、そんな気持ちだった。
薬での治療を始めたのは、先輩方が見舞いに来た数日後だった。
これで異常が起きなければそのまま治療を続けて、様子を見ていく予定だった。
しかし、頼みにしていた新薬は高尾の体に合わなかったのだ。
投与後に嘔吐を繰り返して発熱したために、治療は中止せざるを得なかった。
拒絶反応。
ずしんと圧し掛かった言葉に、オレはなす術がなかった。

「高尾、こ」
「こっから先さ、前の薬で…治療続けてくんね?」

これから、オマエはどうしたい。
もちろん諦めるつもりなどないけれど、それでも…。
そう尋ねようとしたオレの声は遮られた。

「しーんちゃん、…大丈夫だよ」

オレが負けず嫌いなの知ってんだろ、と。
笑ってみせる顔は蒼ざめていて、わずかに冷や汗が浮かんでいるのも見て取れた。
やせ我慢など、俺の前でしなくてもいいのに。そう言ってやりたくても、言えなかった。
高尾が笑ってくれることは希望だから。
本当なら治療をやめ痛みを抑えるだけにして、退院も考えるべき状態であるというのに、それでもなお高尾は諦めようとしていないのだから。

「わかった」

ならば、オレもまだ共に闘おう。
そう言ってやれば、高尾は頼んだぜ相棒と答えてくれた。




それから先、高尾の状態は悪くなる一方だった。
以前使っていた薬はもはや気休め程度の効果しかなくなっていた。
しかし他に手を施す方法など無くて、ただ祈るように同じ薬を投与し続けるしかなかった。

「しん、ちゃん…あのな」

喋るのも辛いのだろう、言葉は所々途切れるようになっていた。
それでも、オレが病室に顔を出せば高尾はいつでも話をするのを…やめなかった。

「今日、な…妹ちゃん、来てくれたんだ」

今日も、遠方で勤めている為に会う機会が減ってしまったのだと言っていた妹が見舞いに来たことを、高尾は嬉しそうに教えてくれた。

「婚約、きまって…彼氏連れてさ」
「それはめでたい事なのだよ」
「うん、すげー嬉しかった…ちゃんと、幸せ…見つけてくれたんだって、思って、だから」

会えて良かった、と言葉を続けて目を細めた高尾を見つめる。
高尾が、まるでもう会えなくなるみたいな言い方をした。

「高尾…?」
「なーに、真ちゃん」

高尾はへにゃりと笑って見せたけど、その笑顔はどこか儚くてオレは思わずその頬に手を伸ばした。

「どしたの…真ちゃん」

オマエはここで、諦めてしまうのか。
そんなことを問えるはずもなく、無言のままその手を頬から顎へとゆっくり滑らせた。

「疲れた、だろう…少し眠るといいのだよ」
「そだなぁ…ちょっと、疲れたかも」

休憩〜、と言いながら高尾は目を閉じる。
休憩したっていいから、と思う。
少しぐらい休んだって構わないから、だから…歩くことをやめないでほしい。
オレの勝手な我侭だというのは分かっている。それでも、諦めてほしくなかった。

「真ちゃん」

目を閉じたままオレに話しかけてきた高尾に思わずびくりと体が跳ねた。

「どうしたのだよ」
「オレねー…いっつも、寝る前にさ…考えることあって」

ゆっくり吐き出される言葉に、高尾は見ていないというのに頷いた。

「オレには、ちゃんと朝が来んのかなぁ、て…心配したり、…遣り残したこと、ねーかなとか、…怖くて」
「…ッ」
「でも、今は…違うんだよ、真ちゃん…」

縁起でもないことをと言おうとしたが、やめた。
高尾の言葉を止めたくなかった。

「ここで…真ちゃんに、会ってからは……寝るときいつも、真ちゃんのこと考えてる…」

リアカー引いて一緒に登下校したこと。
教室で過ごした普通の日常。
それから、やっぱり一番は一緒にバスケしてるときのこと。
高尾が一つ一つ挙げていくたびに、オレの中でも高尾と過ごした記憶が蘇ってくる。

「いっぱい、な…思い出してくと…すげー幸せ…」

幸せな気持ちになれるのだと、そう言った高尾の表情が、揺れた。

「たかお…」「真ちゃんといると…幸せなんだな、ぁ…オレ…」

そう呟くと、高尾は穏やかな寝息を立て始めた。
ぼろぼろと落ちていく涙が、オレに現実を突きつける。
…いなくなってしまう。

「…ッ好きだ…高尾」

好きだ、大好きだ、愛している。
そんな言葉をどれだけ紡いでも、足りようもない。
ただ。

「まだ、…いなくなるな高尾」

幸せにしてやりたいと願う。
その気持ちばかりが、オレの胸を締め付けた。




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