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「久しぶり、真ちゃん」

15年ぶりだっけ、とそう言って笑った目の前の男は、オレの患者だった。

高尾と会うのは、確かに15年ぶりだった。
卒業後暫くは度々連絡を取り合っていたが、次第に疎遠になり、その後はまったく音沙汰なしという状態になってしまっていた。
高校を卒業してから、高尾と会うことを避けていたのは事実だ。
オレと高尾は高校の部活のチームメイトであり無二の相棒であったが、それ以上の関係は何一つないと言っても過言ではない。
高校を卒業し、互いにバスケットボールを離れ、まったく別の生活を送るようになると、自分と高尾の関係が何なのか分からなくなってしまったのだ。
共に過ごすのを当たり前のように享受していた頃。
特別な存在だと思いながらも、その感情を表すだけの術を持たなかった昔の自分。
そんな己を情けなく思い、後悔を募らせる日々も送った。
だが時が経った今となっては、記憶に残る姿と同じように笑っているのだろう高尾にまた会いたいと思えるようになっていたのだ。
会いたいとは思う、それでも…こうして再会することだけは絶対に嫌なのだと、心のどこかでずっとそう思っていたのに。


「にしても、まさか担当医とはね」
「…こっちのセリフなのだよ」
「つかラッキーアイテムまーだ持ち歩いてんのかよ、さすが真ちゃん」

からからと笑う声からはとても病人には見えない。
しかし手元のカルテと、その身体を見れば分かること。
記憶の中より幾分も痩せたその体は病魔に蝕まれていて、もう何度も再発を繰り返している。
完治する見込みは殆ど無い。
今回の転院は、うちの病院で認可されている新薬での治療を受けるためであり…それが高尾にとっては最後の賭けだと。
カルテから目線をあげると、高尾はまたへらっと笑った。

「これからよろしくお願いします、緑間センセ?」
「…オマエにそう言われると妙な気分になるな、普通でいい」
「ぶはっ照れちゃうってこと、それ!?真ちゃんてば相変わらずかーわいんだからっ!」
「うるさいのだよ!」

どれほど重たい現実がそこに書かれていようと、高尾が笑っている限り、希望は残されているように感じた。
目の前にいる高尾からは、生きる力がちゃんと感じられるのだから。
オレの知っている高尾和成は…簡単には負けはしない。
そう胸のうちで思いながら、きゅっと唇を引き結んだ。



オレは回診時間外でも度々高尾の病室を訪れた。
見舞い客がいるときも多いが、その大半が高校時代の知り合いで…つまりは自分にとっても見知った顔ばかりであるから引き返す必要がなくなってしまうのだ。
一体誰に聞いたんだと一度は高尾も尋ねたようだが、何処が情報源なのかは結局分からず仕舞いだったらしい。
皆どこかで高尾のことを聞き、ついでだ何だと言いながら足を運んでくれる。高尾の人柄がそうさせていることは明らかだった。
オレは高尾以上に人をひきつける力のある人間を見たことがない。
そんなことを考えていると、ベッドの上から声がした。

「緑間とオレっすよ?オレらが組んでてそう簡単に負けるわけないじゃないですか」

それは今見舞いに来ている先輩方に向けた言葉だ。
調子はどうなんだと尋ねた大坪先輩に高尾は堂々とそう言い切ったのだ。

「秀徳ゴールデンコンビは健在ってか?」
「っはは、また懐かしー呼び名ッスね木村さんそれ」
「ま、確かにオマエらそんなヤワじゃねーわな」
「だから大丈夫ですって〜」

高尾は先輩方にそう答えると、オレに「だろ?真ちゃんセンセ」と笑いかけた。


「あいつ笑ってっけど本当のとこ、…どーなんだよ」

先輩命令だ下まで見送れ!と半ば無茶苦茶な言い分を貼り付けてオレを病室から引きずり出すと、宮地先輩は聞いてきた。

「状態は芳しいものではありません」

先輩方の顔が曇るのも無理もない話だ。だが、オレは「ですが」と言葉を続けた。

「治療法はまだ残されています。それに…高尾は、そう簡単に倒れる男ではありませんから」

オレの顔を見た先輩方は小さく笑う。

「あいつがそうそう折れねーのは知ってんだよ」
「オレ達はオマエと高尾を誰よりも見てきたからな」

そう言われて、何とはなしにほっとした自分がいた。
この先輩方は、10年以上が経つ今であっても自分と高尾を後輩だと言ってくれる頼もしい先輩なのだ。
去り行く姿はいつかに見たものと変わりなくて、力強くオレの背中を押してくれたように感じた。




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