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高尾が医者にかかってから何日も経った。
10月も終わりに差し掛かって、外気は少し肌寒くすら感じる。
そんな気候とは裏腹に、WC予選までは殆ど日がなくなったこの時期、バスケ部の練習は熱気を帯びていた。
「ラスト1本!」
「ラストファイトォ」
その中で高尾もまた他の部員たちと同様に練習に打ち込んでいた。
そのさまは、ただ一心に、前だけを見据えているようにみえる。
そうした上で、いつものように…何事もなかったように、緑間相手に軽口を叩き楽しげに笑ってみせるのだから、まったく見事としか言いようがなかった。



「……」

揺れる電車の中に、高尾はいた。
いつもならば緑間と体育館に残って自主練習に励んでいるはずの時間だ。
ちょっと用があるから先に帰るなんて雑な言い分を尤もらしく言いおいて、体育館を出たのは暫く前のこと。
どこに向かうつもりもなかった。
ただ、ちょっと1人になりたかったのかもしれない。
窓の外をぼんやりと眺めると、頭の中で色々なことがぐるぐるとめぐった。

…強豪ひしめく冬の大会。
しかも今年は、本選で確実にキセキの世代が一堂に会する、言わば全面戦争だ。
隙を残して、勝ち抜けるものでは当然ない。
弱音を吐くな、気丈でいろ。
個人の問題でチームを潰すわけには…秀徳を、負けさせるわけにはいかない。
その思いが、高尾の口を縫い付ける。
先輩にも、緑間にも、言うわけにはいかないと蓋をした。
口に出すな。表情に出すな。プレイに出すな。
…負けるな。押し殺せ。押し殺せ。押し殺せ。

高尾は本心を隠すのには、人の何倍も長けていた。
つらかろうが何だろうが、人生楽しんだもん勝ちだと割り切って、堪えていける。
それが当たり前だったから、今回だって耐えられる、耐えてみせるのだと。
でも、心の底でわだかまった思いは、その重く閉ざしたはずの蓋をこじ開けて溢れ出ようとしていた。



「高尾君?」
突然かけられた声にどきりとして振り返る。
適当な駅で降りて大分暗くなってしまった道を歩いていた高尾は、見知ったその声の主に応えた。
「…黒子」
「珍しいですね、こんなところで会うなんて」
黒子に言われて初めて、そこが誠凛高校からさして遠くない場所に位置するのだと気づいた高尾は、顔を顰めたくなる気持ちを何とか抑え込む。
結局自分は逃げられないのだと現実を突きつけられたようで、気分が悪い。
「高尾君?」
その表情を聡くも捉えていた黒子は、高尾の顔を見つめて不安げに眉を寄せる。
「顔色が悪いです、大丈夫ですか?」
純粋に体調不良を心配する言葉に、なんでもない、大丈夫だと答えようとした口は、ひくりと引き攣って言葉を無くした。

全部、吐き出してしまいたい。

「高尾く」
「大丈夫、だから…気にしなくていいって」
高尾は一瞬頭をよぎった言葉を打ち消した。
相手は他校の選手で、それも一度負けた好敵手だ。
倒すべき相手であって、頼る相手ではないのだと、言い聞かせる。
「つーか、もう遅いし帰った方がいいっしょ、オレももう帰るし」
これ以上黒子と向き合っていられる自信が、なかった。
黒子に背を向けて高尾はそう言うと、来た道を戻ろうと足を踏み出した。


「何かあったんですか?」
黒子の透き通るような声が高尾につきんと痛みを与える。
胸が痛かった。
言ってしまいたい。
全部、全部ぶちまけてしまいたかった。
それでも。
「…なんも、ねーって」
高尾は震えだしそうな体を叱咤して言葉を紡ぐ。
1度吐き出してしまったら、立ち上がれなくなってしまう。
そんな気がして、怖いのだ。
黒子は自分より幾分大きいはずのその背中に向かって言う。
「…高尾君が言ってくれなければ僕には何も分かりません、ですが」
君が苦しんでいることはわかります。
そう続いた声に、高尾の心は嫌だ、やめてくれと叫ぶけれど、口からそれが出ることはなかった。
ただ、ぎしぎしと痛む胸に止まってしまった足は動き出してくれない。
「苦しんでいてほしくは、ないです」
ああ…だめだ、と思わず高尾は目を閉じる。
耳元で警笛が鳴り響いているような気さえした。
滲み始めた涙に頭の中はぐちゃぐちゃだ。
いやだ、だめだ、止まれと必死に唇を噛み締めて念じても、それは止まってはくれなかった。

「…ぁ、…」
ぽとり、と頬を滑り落ちていった涙が地面に落ちる。

本当は誰かに、聞いてほしかった。
1人で全部抱え込むのなんてできないと、泣きたかった。
そんな風に手を伸ばされたら、負けてしまうというのに。
だから放っておいてくれと、願ったのに。

「黒子……」
高尾はそっと黒子を振り返る。

「ごめん」

助けてほしいと願うことを、許してほしい。





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