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バッシュのスキール音やドリブルの音や掛け声、様々な音が体育館で飛び交っている。
夏もとうに過ぎたというのに、どこか湿った空気が残るその場所で、秀徳高校バスケ部の練習は今日も行われていた。
3on3のゲーム形式でのチーム練習が今日のメインメニューだ。

(ドリブルで切り込んで木村さんのマークを外して…)

キュ、と高尾のバッシュが音を立てる。
右から左に切り返してのドリブル、そこからフリーになる木村にパス。
高尾はいつものように鷹の目で、視野の右後方に木村を捕らえるとパスの体勢に入った。

「……ッ」

次の瞬間、高くホイッスルの音が響いた。
高尾の手から放たれたボールは、木村の位置とは大きくずれてコート外の床を転々と転がっていた。

「おい高尾何やってんだ!」
「しっかりしろよ!」
「うっす、すんません!」

即座にマネージャーからボールを渡されて、練習は再開された。
しかし高尾は先ほどのことが気がかりでならなかった。

(一瞬だった、けど……見えなくなった…?)

確かに一度は捕らえたはずの木村が、パスをしようとした瞬間、消えた。
視角から外れたというわけではない。
蝋燭の火が消えるようにフッと、突然見えなくなったのだ。
背中を流れ落ちていく汗が嫌に冷たい。
足元が崩れていくような、手から何かが零れ落ちていくような、何とも言い難い胸のざわつきを感じて高尾は小さくかぶりを振る。
渦巻き始める思考を断ち切って、集中だとばかりに声を上げた。

「もう一本、お願いします!」



「何かあったのか?」

練習後、着替えている途中で唐突に緑間が高尾に尋ねた。

「え、何が?」
「練習の途中で木村先輩に…」

緑間の言葉に高尾はパスミスのことだと理解した。
同時にあれは何だったんだろうか、という疑念がまた頭をもたげる。
鷹の目からくる疲れの一種だろうとあたりは付けているのだが、どうにもザワザワと胸が落ち着かない。WCの迫ったこの時期に、いつまでも別のことに心を割いている暇はない。
…一度医者にかかった方が無難だろう。
そう考えながら、緑間に返答を返すべく高尾は口を開いた。

「ああ、あれね…別に大したこっちゃねーよ?ちょっと、手ぇ滑ってパスミスしただけだ」

高尾の答えに緑間はむっと眉を寄せる。

「お前のパスはオレや秀徳のプレイの支柱なのだよ、精度はちゃんと高めておけ」
「わかってるって、の、って、あれ?今デレた真ちゃん?!」
「なっ…デレてないのだよっ!!」
「照れんなって!やっべー貴重、てか急にデレるからびっくりしたわ」

ワンマンプレーばかりだった緑間が、自分やチームを認めるようになった。
寧ろ照れそうなのはこっちだ、と内心思いながら高尾は笑って緑間の背をバシバシと叩く。
毎度の如く、ええい笑うなとすぐに振り払われてしまったが、至っていつも通りの光景だ。
いつもどおりの。



「…は?」

思いがけない言葉に高尾は目を見開く。
からからに渇ききったその口から搾り出した声は弱々しかった。

「目が…見えなくなる、って…」

冗談ですよね、と掠れた声で続けた高尾に医者は静かに首を振る。
検査の結果を指しながら、医者の口は説明を続けた。
ある程度分かり易く噛み砕かれたその説明から分かったのは、鷹の目が脳に負担をかけすぎていて、このままバスケを続けると失明する危険性が非常に高いということだった。
バスケットボールは速いスピードの中で、動くボールを追わなければならないスポーツだ。
それに加えて、高尾は広い視野でコート上の全選手の動きを把握するというとんでもない情報量を、毎回頭に叩き込んでいる。
…いつ見えなくなるかは分からない。
だが、このままバスケットボールを続けていけば、限界を迎えるのはそう遠くないかもしれないと。

親を呼んで一緒に説明すると言われたが、自分だけでいいと断った。
まさかその説明が、こんな内容だとは思わなかったが。

「日常生活だけなら、負荷は今よりも格段に減る。そうすれば、君の目も多少視力が落ちる程度で済む」

だから、バスケットボールは諦めてほしいと私は思う。
そう告げる医者の目はまっすぐに高尾を見ていた。

2年でいい。
あと2年もてば、高校の間はバスケを続けていられる。それで十分だ。

…と。
そういいかけた口を噤んで、高尾は俯いた。
「…考えます、ちゃんと」

親とも話して、考えるから、少し時間を下さい。
高尾はそう言って病院をあとにしたが、そこからの家までは殆ど思考が機能していなかった。
ただただ、頭の中を色々なものが飛び交っていくばかりだった。

「あ、お兄ちゃんおかえり」「おーただいま、ご飯先に食った?」

家の前で取り繕った表情には陰りは見えなくなっていた。
家に着くなり出迎えてくれた妹の笑みに、高尾はほっと息をつく。
だが、自分よりずっと低い位置にある頭を撫でれば、病院で言われた言葉が否応なしに頭をよぎる。

(見えなくなったら…その先は…?)

「おにいちゃん?どーしたの?」
「何でもないよ大丈夫、着替えてくるからテレビ見てな」

そう言うと高尾は、妹の頭から手を離して自室へと足を向けた。
電気の消えた部屋に足を踏み入れれば、自然と体から力が抜ける。
ドアに凭れた体は、ずるずると崩れ落ちる。

「………どーすりゃいーんだよ…」

ぽつりと零れた言葉は情けなく響いて、高尾はぐっと唇を噛んで顔を上げた。
シュートを放った、大きくてきれいな背中が、真っ暗な天井に浮かんで消えなかった。





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