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あの後、遅れて体育館に戻った緑間と高尾は当然のごとくペナルティとして追加メニューを与えられた。言わずとも分かることだが、大坪からの無言のプレッシャーと宮地の二割増しの毒舌というオマケ付きである。緑間は練習の合間にそれとなく高尾の様子を窺う素振りを見せていたが、いつものように練習をこなすのを見るや大丈夫なのかと密かに安堵して自分のメニューに集中した。


高尾はいつものような表情を貼り付けてこめかみから伝い落ちる汗を拭った。
練習に戻れたとはいえ、やはり吐いた後のメニューはキツイものがある。
それでも練習に打ち込むのは高尾の意地だった。

「外周行ってきます!」
「集合までには戻れよ」
「ういっす」

大坪に一声かけて体育館を出れば、外気は生温いながらに風の涼しさを感じて肩から力が抜けた。
人目がある手前、気を張っていたというのもあるのだろうが気を抜いている暇はない。
高尾は大きく深呼吸をすると、ぱちんと両手で自分の頬を叱咤して再び気を引き締めた。


外周を走りながら、高尾はまただと思った。
眼の奥…正確には頭の奥の方に、ずしんと痛みが走る。
寝不足というのは咄嗟に口から出た出まかせだった。
本当は、調子が悪くなった理由も別に見当がついていた。

これが『鷹の目の副作用』なのだと知ったのはいつだっただろうか。
確か、中学の頃だったと高尾は記憶している。
無茶な練習を繰り返して、耐えられなくなった身体が先に悲鳴をあげたのだ。
その時医者に言われたのが、頭が過負荷に耐えかねて休みたがっているのだということだった。
この能力は頭に負担をかけて成しえているものだから。
無理はしないこと、痛みが出たら目や頭を休ませてやりなさい、と指導されたのを覚えている。
それ以来、高尾はずっとその副作用とうまく付き合う術を身に着けてきたつもりだ。
痛みが出る手前ギリギリで、最大限に目の力を引き出す。そうすることが癖になるほどに、向き合ってきた。

だが、それも中学3年の頃までの話だった。
緑間真太郎との出会いと、敗北。そして、秀徳でのバスケ。
それは想像している以上に、甘くなかったのだ。
自分で自分に制限をかけるようなバスケは通用しない。
高尾はすぐに理解した。ギリギリでやめることを、やめた。

それぐらいしなければ、ダメだと思ったからだ。
緑間に認められたかった。秀徳で、勝ちたいと思った。
なんにしても、そのためには鷹の目が必要だった。
高尾の最大の武器は、やっぱりこの目だったから。


走る足は止まらない。課せられたノルマはあと1周だ。
主張の激しくなってきた痛みにごくりと唾を飲み込んで高尾は足に力を入れた。

「高尾」
「っおわ?!て、真ちゃんどーしたんだよ」

おまえ外周とか言われてねーだろ、と急に後ろから声をかけてきた緑間にそう言えば、もうすぐ集合がかかるのだよと回答が返ってきた。

「うっそもうそんな時間?」
「そんな時間なのだよ」
「まじかよ…んなチンタラ走ってねーはずなんだけどな」

けどあと1周だし行けるっしょ、と続けると無言のままだが緑間は走るのをやめない。

「え、一緒に走んの?」
「待っているだけというのは無駄な時間だからな」

そう言って並走を続ける緑間に、高尾は笑った。
口でそう言いながら、結局のところ緑間が高尾を心配しているのはすぐに分かったからだ。

「何を笑っている?」
「いや?うちのエース様ってばやさしーなって」
「くだらないことを言っていないで真面目に走るのだよ高尾」
「へいへーい」

頭は痛むのに走るスピードは一人の時よりも上がるのだから不思議だ。
高尾は隣を走る緑間をチラリと見上げる。
大嫌いだったはずの、倒したい相手だったはずの緑間が、隣を走っていて。
こいつに認められて、一緒に高みを目指したいとすら思うようになった。
痛みも顧みないで、隣に立って強くなりたいと、願うようになったのだ。

「真ちゃーん」
「なんなのだよ?」
「サンキューな」

きょとんとした緑間を見て、高尾はまた笑った。



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