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※嘔吐表現注意




休憩の声を聞くなり一人体育館を出て行く高尾の姿をみとめると、緑間は無意識にその姿を目で追っていた。

秀徳バスケ部の練習の過酷さはIH予選敗退以降、明らかに厳しさを増している。
そうでなくても先の合宿のような運動部の夏合宿なんかでは、吐く姿など別段珍しくも無く見慣れたものだ。
それは高尾に対しても同じ事だ………同じこと、なのだが。

緑間は、自分の飲んでいたボトルを置くと、隣においてあったボトルとタオルを手に体育館を後にした。



ひとけの少なそうなトイレを覗き込めば、案の定である。
苦しげな荒い呼吸に混じってえずく声が聞こえる。

「高尾、いるのか」

返答が返ってこないのは承知の上で、緑間は中途半端に開いたドアの向こうに声を掛ける。
咳き込む音とビチャ、と液体の落ちる音。
出てくる気配がないのを確かめると、緑間はドアを開け放った。

「…」

無言のまま此方を見上げた顔は涙と吐瀉物で酷いことになっていた。

「あ、ッ…おえっ」

何かを言おうとした喉がごぽ、と嫌な音を立てて高尾は再び便器に突っ伏した。
荒い吐息を吐き出して震える背中に手をおくと、高尾はびくりと肩を跳ねさせた。

「ふ……う、え…っげほ」
「落ち着け」

すぐ治まる、と傍でしゃがんだ緑間が背中を擦ると、高尾は嗚咽をこぼしながらビチャリとまた胃液を吐き出した。



「高尾」
「…さんきゅ」

便器に向かってはいるものの落ち着いた呼吸を繰り返すようになった高尾に、緑間はボトルを差し出した。
高尾は掠れた声でひと言だけ答えると、数回口を濯いで息を吐いた。

「はー…わりー真ちゃん」

なんか情けねぇとこ見せてさ、と言いながらへらりと笑う高尾の顔に緑間はタオルを押し付ける。

「うぶっ」
「今更何を殊勝ぶっているのか分からないのだよ、オレに吐く所を見られるのが初めてなわけでもあるまいに」

合宿で何度その背を見たことか、と続けられると高尾はまた笑い声を漏らす。

「…だが、今日はやけに早いんじゃないのか」
「うえ?」
「へばるのがだ。お前のスタミナは確かに課題があるが、今日のメニューは吐くほどでもないだろう」

そう尋ねる緑間の目は、高尾の顔色を窺っている。
元々体調が悪かったのか、と。
高尾は一瞬言うか迷ったように視線を彷徨わせると、実はと切り出した。

「その、寝不足でさ。なんか自分で思ってるより調子悪かったっぽい」
「…体調管理も実力のうちなのだよ、高尾」
「言ったら真ちゃんに怒られるかもって思ったんだよ」

人事を尽くさないからそうなるのだよって、と妙に上手い口真似をして高尾は言う。
その口ぶりに緑間はため息混じりに立ち上がる。

「分かっているならちゃんと人事は尽くすのだよ、バカめ」
「はは、りょーかい……あ」

同じように立ち上がった高尾は思い出したように緑間に言った。

「緑間」
「何なのだよ?」
「…やばい、休憩終わってるわ」


無言の後、緑間と高尾はトイレを飛び出した。

「うっえ吐いた後のダッシュとかマジ死ぬって真ちゃん」
「お前は後で来ればいいだろう高尾!」
「後で行くとか言ったら確実に宮地さんとかキレるってば!」
「ならば急ぐのだよ!!」


「……ッ」

バタバタと走りながら高尾は唐突に俯いてギュッと一瞬眼を閉じた。
走るペースは変わらない。
それでも、急に口を閉ざした高尾に違和感を感じたのだろう。
緑間は頭一つ分下にある高尾をちらりと見やる。


「……?どうした高尾」
「なんでもねえ!」


まだ、緑間は知らなかった。
高尾のついた小さな嘘を、知らなかった。


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高尾泣かせたい改め高尾吐かせたい小説第2弾。
またちょっと長めになりそうな予感。

12.09.16





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