溢れども 4
廊下は時が止まったように静まり返った。
「は、は……」
「…高尾?」
俯いたままの高尾から、小さく漏れるように笑い声がした。
緑間は思わず高尾の頭に載せていた手をのける。
「真ちゃんて、ホントやさしーよなぁ…」
「こんな簡単に絆されちゃうんだから」
「でも、それ…勘違いだ」
泣いたせいで掠れたその声で、高尾は言う。
「オレが泣いたりするから…ちょっとほっとけなくなっちゃったって、そんだけだ」
「っな、にを馬鹿な」
「信じられるわけねーだろ…ッ!」
ばっと顔を上げた高尾は、緑間を見上げた。
濡れながらも、いっそ睨み付けるほどに力強くこちらを見据えている高尾の目に、緑間は言葉を続けることができなかった。
「さっきだぞ?…さっき、冗談にしか聞こえないって言ったその口で、お前がそれを言うのか?!」
オレの「好き」は届いてなかったんだろ、緑間。
じゃあお前のソレは?
同情?それとも、友情?
でも、オレはそんな慰めが欲しいんじゃない。
そんなもん、求めてない。
もう傷つくのは、ごめんだ。
「真ちゃんが優しいのは知ってる、でもな…そんな優しさで、オレのこと好きとか言うなよ…っ」
しんとした廊下に、高尾の上がった息遣いが響く。
逃げ出したいと思う気持ちとは裏腹に、座り込んだままの身体は硬直して立ち上がることもできない。
もう、これ以上情けない姿を晒すなんてごめんだと、高尾は何とか口を開こうとした。
「ふざけるな!」
「っ…」
緑間に掴まれた肩がびくりと跳ねる。
それでも高尾は緑間から目を離さない。
否、緑間がそれをさせなかった。
「オレの全てを理解しているかのような言動だな、高尾」
「んな傲慢なこと言ってねえだろ……けど」
「オレは確かにお前の好きは冗談にしか聞こえないと言った」
つきりと胸を刺す痛みに高尾の口元は歪む。
「っから、もうやめ…」
「なぜなら、そうでも言い聞かせなければ、勘違いしてしまうと…そう思ったからなのだよ」
「……は…?」
高尾が好きだと言うのは、自分に限ったことではない。
けれど、高尾は自分に何度も好きだと繰り返すから。
まるで自分が高尾の特別であるように思えてしまう。
そんな勘違いをしてしまうから。
「結果として、お前を傷つけてしまったようだがな」
「ちょっと待てよ…」
殊勝な顔をして言った緑間に、高尾は困ったように眉を下げた。
「お前何言ってっか分かってんのか?!」
「無論なのだよ」
「流されてるだけだ!同情と区別ついてねえだろ」
「そんなはずがないだろう」
「絆されてんだよ、じゃなきゃお前がオレなんか…に」
緑間の肩に押し当てられた口は、言葉を紡げない。
「少し黙っているのだよ」
高尾は背中に回された手に、緑間に抱き竦められたのだと気づいた。
「好きだと言われて、特別だと思いたいのは友情か」
「嫉妬するのは、独占してやりたいと思うのは」
「抱きしめたいと思うのは」
「……隣にずっといたいと思うのは、同情だと」
知っているはずのお前が、それを言うのか?
そう緑間は聞いた。
緑間からは、高尾の顔は見えない。
肩口からくぐもった声が聞こえる。
「それに、こたえても……オレは真ちゃんと、バスケできんの?」
緊張と、恐怖と、期待と。
ないまぜになった言葉だ。
「そんな当たり前なことを聞く必要があるのか?」
どうあっても高尾がオレの相棒だろう。
そう言って緑間は高尾と向き合った。
「これからも、よろしくな…真ちゃん」
はにかむように笑った高尾に、緑間は微笑んで応えた。
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お、終わった!!難産だった。
つかね…高尾全然ポーカーフェイスじゃないし、真ちゃんかなり傲慢だし、なんだかな…好きだ緑高!
お疲れ様でした。
12.08.31
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