あたたかい味
「鬼道クンなに作ってんの。」
「見ればわかるだろう、ラーメンを作っている。」
そう言った鬼道の手元では、片手鍋がぐらぐらと音を立てている。
その傍らには、作り手になんとも不釣合いなインスタント麺の袋が2つ。
「似合ねぇっつーか…お前それ食ったことあんのか?」
カウンター越しにその袋を見つめて不動は言う。
その疑問はさしておかしくは無い。
何せ相手はかの鬼道財閥のボンボン様なのだ。
今、この瞬間まで、「インスタントラーメン?聞いたことはあるぞ」ぐらい言うんじゃないか、と不動は思っていた。
「もちろんだ。」
バリッと音を立てて封を開けると、鍋に麺を放り込む。
「確かに、鬼道家に引き取られてからは食べていないがな。」
ああ、そういうこと。
不動は菜箸が麺をほぐす様を見ながら頬杖をついた。
鬼道は、一般家庭の生まれだ。
その頃がどうだった、なんて話はしたことはないけれど。
そんなもの見ていれば分かる。
「父親が、こうして作ってくれたことがある。」
母親が忙しいときに時々な、と。
続いた言葉に、ほらな、と不動は目を細めた。
鬼道の口から実の両親の話が出たのは初めてだ。
だが、鬼道が両親のこともちゃんと覚えているのだということは、不動も感じていた。
鬼道は生活の端々に、どこか庶民的なことをする時がある。
それは鬼道家の持つ空気とはまるで違っていて。
もっと、柔らかくて…何となく擽ったくなるような感覚を起こす、そんな空気。
「へーぇ。」
「なんだ、その反応は。」
「…いや?なんでもねーよ。」
不意に、思い出された記憶に、不動は目を伏せる。
「もうすぐ出来るから、リビングで待っていろ。」
鬼道は、それには気づかなかった。
鬼道の言葉に、不動はへいへいと返してリビングに戻っていった。
その柔らかい…家族の雰囲気というものを鬼道が持っていることが、不動は羨ましかった。
不動にとって、覚えている家族の空気や雰囲気はやはり家を出る直前のものばかりが強かったから。
殺伐とした空気、沈黙のままの食卓。
薄暗く重い雰囲気が立ち込めた、家族。
ソファに腰掛け、思い出すな、と不動は自分に言い聞かせる。
どうしようもなく、差を感じてしまうのだ。
鬼道との、圧倒的な差を。
一緒に生活しているのに、あいつにはあるのに、自分には無い。
その家族の空気が。
不動はぎゅっと眉を寄せた。
そのときだ。
「不動、できたぞ。」
キッチンから鬼道がラーメンの器を盆にのせて運んできた。
なんでもないような顔をして、不動は顔を上げる。
「やっと出来たのかよ………ぁ」
コトリとテーブルに置かれたラーメンに、不動は小さく声を上げた。
「なんだ、お前の嫌いなものは入ってないぞ。」
「…ちげーよバカ。」
スープの上に浮かぶふわふわの卵と、刻んだねぎ。
それだけがのった、インスタントラーメン。
このラーメンを、不動は知っていた。
幼い頃、母親が作ってくれたものと、同じだった。
「いただきます。」
「…いただきます。」
ありふれた醤油味のインスタントラーメン。
誰が作ったって、当たり前のように同じ味がするに決まっている。
それなのにだ。
「鬼道クンさぁ…これ、父ちゃんが作ってくれたって言ってたよな…?」
「ああ。…父親と一緒に作ったこともある。」
だから作ってみたんだ。
懐かしい味だ、と鬼道の目が微笑む。
「…そっか。」
不動はスープを一口、飲み込んだ。
これが、家族の味。
今まで生きてきた過去が遠くかけ離れた2人であったとしても。
不動にとっても、鬼道にとっても、同じこの味が。
家族の思い出の、やさしい味なのだ。
「不動」
「んあ?」
「いや…美味いか?」
そう尋ねてきた鬼道に不動は麺を咀嚼して口を開いた。
「……うめぇよ」
ひとこと。
ぽつりと呟かれたその言葉に、鬼道はそうかと言って破顔した。
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高校生W司令塔が同居設定。
W司令塔の日記念で(不)鬼不。鬼+不としても読めるかと。
テーマは「インスタントラーメンとお袋の味」。
ほのぼのに仕上がってたら、いいな。
12.08.14
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