便り
見覚えのない景色に、立っているのはよく知った級友だ。
そこには彼の姿しかなく、己は見ているだけだ。
薄暗く、湿った空気が立ち込めた場所。
嫌な雰囲気だと、感じた瞬間。
彼の姿は血に濡れた。
悪夢を見た。
小平太は寝返りを打つと、衝立の向こうに思いを馳せた。
いつもそこにいる同室の長次は、まだ遣いから戻らない。
こうして一人、長屋の部屋で夜を過ごすのも数えれば決して少なくないはずであるのに、ひどく寂しさが募る。
離れていく。
手の、目の届かない場所へ。
そして互いに戦地を駆けるのだろう。
それは決まったことだ。
だのに、この身体は聞き分けようとしないのだ。
さびしいのだ、こわいのだと。
独りの夜に限って騒ぐのだから。
今日の私はどうやらおかしいらしい。
小平太は布団を抜け出すと、縁側から月を見上げた。
死なないでほしい。
生きていてほしい。
欲をいえば。
「…っ?!」
かさり、と木々が音を立てた。
小平太は音の主を見やって声をあげる。
「遅かったな、長次」
「少し…手間取った」
所々に付いた土を払いながら長次は小平太にぽつぽつと言葉を返す。
怪我をしている様子はない。
「長次、…」
言葉を詰まらせた小平太を不思議そうに見つめながら、長次は続く言葉を待った。
「………死ぬな」
死んでくれるな。
そう言った小平太は俯けた顔をあげようとしない。
暴君と呼ばれる小平太がだ。
「小平太…それは、私の台詞だ」
長次の言葉は続く。
「お前の方が…よっぽど無茶をする」
小平太は我が身も投げ出さんばかりの戦い方をする。
それは己の力を熟知している故の自負だろうが。
「お前が死ぬことを、私は恐ろしいと思っている」
お前が私を案じてくれたように。
長次は、小さな声で、ゆっくりとそう言った。
「なら!…ならば、生きていてくれ」
ばっと顔をあげた小平太は長次の鳶色の瞳を見据えた。
「私が生きている証を、きっと届けるから」
私はそのために死なないから。
だから。
握りしめられた小平太の拳を、長次は静かに包み込んで言った。
「…………約束だ」
死なないでほしい。
生きていてほしい。
欲を言えば。
私のために、生きてほしい。
それがあれば、きっと私は生きていけるから。
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当初六ろの日祝いで書いてた。
依存じゃないけど、お互いを思って生きていたら素敵。
12.06.13
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