頭痛い高尾

緑間は玄関が開く音に読んでいた本から顔を上げた。
いつもならただいまと聞こえてくるはずの声は聞こえず、不審に思いながら時計を見上げれば、帰ると言っていた時間より幾分早い。
何かあったのかとソファから腰を上げたとき、玄関の方からふらりとよろめく様な影が入ってきた。
引き結んだままのその唇は何も言葉を発さない。

「高尾?」

俯きがちな顔は青を通り越して生っ白い色をして、寄せられた眉根に苦悶が滲んでいた。

「具合でも」

悪いのか、と続くはずだった言葉は、トンと緑間の胸辺りに凭れ掛かった頭に遮られた。
小さく鼻を啜るだけで口を開こうとしない腕の中の男に緑間はああ…とその理由を理解した。

「薬は飲んだのか?」
「ん……ッ」

肯定すべく頷こうとした高尾は、ぐらりと揺さぶられるように痛みが走ったのだろう、息を詰まらせて呻く。
そのままずるずると緑間の服に額を擦り付けて落ちていく体を支えると、緑間はフローリングに腰を降ろした。
抱き上げてベッドに運んでやろうかとも考えたが、その揺れさえも今の高尾には耐え難いことなのは分かりきったことである。
ソファに背を凭せ掛け、緑間は自分の腹辺りに顔を埋めている高尾を見下ろす。
脂汗の浮かんだ額に貼り付いた髪を小指でそっと分けてやると、きつく閉じられた目と寄せられた眉が露になった。

「…ん、ちゃん…」

小さく動いた口から声がして、服を掴まれる。

「どうした」
「……、」

それ以上何を言うでもなく、高尾は緑間の服を握り体を丸めている。
緑間は部屋を見回すと手近にあった上着を引っ張った。
揺れた体に高尾の肩が強ばったのを認めたが、このままでいて風邪を引かせるよりマシだろう。
背中に上着をかけてやり、緑間は高尾の顔を改めて見つめる。

頭痛と、痛みからくる吐き気とで顔色の悪さは変わらない。
それでも薬は飲んだというのだから、あとは眠ってしまうほかはないのだ。
緑間も、薬が効いて眠ってしまうまで痛みに耐える顔を見ていることしかできない。

こればかりはどうしようもないし、高尾もどうこうして欲しいなんて言ったことはもちろんない。
ただ、高尾は緑間の近くにいるようになった。

痛くて、つらくてたまらない時、高尾は緑間に寄りかかるようになった。
辛いことを隠さないようになったのは緑間との同居生活が始まってからだった。
それまでは隠し通して、自分1人で耐えているばかりだった高尾が、緑間に手を伸ばすことを覚えた。

それに仄かな安堵感を覚えたのは仕方の無いことだろう。
限界まで耐えて、耐えかねて、目の前で倒れられたときの衝撃は緑間の中に今でもとどまっている。
あんな思いはもう御免だと、そう思うからこそ今自分に寄りかかってくる高尾を緑間は殊更いとおしく感じていた。

「う゛……ん」

ぎゅ、と緑間の服を握り締める手に力がこもり、呻き声が漏れた。
まだ薬は効かないのだろう、眉間には皺が寄ったままだ。

「大丈夫なのだよ」
「っ…んん」

緑間の指がするりと高尾の髪を通る。
痛みに身構えた高尾の体を和らげるように、少し冷たいくらいの手は頭皮に触れてそのまま動かなかった。
その手の温度に、じわりと痺れるような痛みが薄らいで、高尾は震えた息を吐き出す。
手の感触を感じながら、深呼吸を1つ。もう1つ。
それを繰り返して暫く、高尾の体から力が抜けるのに緑間もほっと息をついた。

落ち着いた寝息を腹に感じながら、緑間は机に手を伸ばし、読みかけた本の続きに目を落とす。
左手は、高尾と同じ温度になっていた。


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ネタ帳より頭痛ネタです。
個人的に、「こめかみの辺りから髪に指を通して頭皮に触れる」という動作が好き…なので真ちゃんにやっていただきました。
台詞少なく、心理描写も少なく、ひたすら高尾が頭痛いだけの話ですがいかがでしたでしょうか。side高尾も書いてみたい気はします。

13.02.10 こよし

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