與壱さん

ばしゃばしゃと足元で泥水が跳ねる。
跳ね返るそれも厭わずに緑間は走っていた。
降りしきる雨の中で、ただ一心にそこへ向かって走る。
…耳元で降りしきる雨音がざあざあと不快に纏わりついて離れなかった。

高尾の目が見えなくなることを、緑間は知っていた。
鷹の目。
それは高尾を高みに引き上げるだけ引き上げて、その手を放した。
バスケどころか生活すらも取り上げる…真っ暗な世界に、高尾を叩き落そうというのだ。

勢いよく開いた扉の向こうに、高尾がいた。
乱雑な部屋の中で座り込んだ背中は、緑間の知っているそれよりもずっと小さく見えた。

「ぁ…うあ、ああ…あ…ッ」

喉の奥から搾り出すような悲鳴は、痛々しい。
何度も指は目に、頬に、爪を立てた。
ぼろぼろと涙を零すその目には、もう光は映っていないのだ。
高尾の足元に落ちている携帯はチカチカと緑間からの着信を示していたけれど、一度取り落とされたそれを高尾が見つけ拾い上げることはできなかったのだろう。
「…高尾」
「ぁ、あ…や、だっ…いやだ…ッ」

いやいやと首を振る高尾を宥めながら緑間は高尾の名前を呼び続けた。
何度も呼んで、抱きしめて。
そうしている内に、幾分落ち着いたのだろう。高尾は掠れた声で呟いた。

「真ちゃん…?」
「…ちゃんと、来たのだよ高尾」
「……ごめんな」

泣いて叫んで掠れた喉からは、小さな声しか聞こえなかった。
ただ謝る高尾の声はするりと緑間の耳に入ってきて、抱きしめる腕の力を強めた。

「弱いのが悪いんじゃない…泣くななんてオレは言わないのだよ」

だから、もっと甘えていい。
いくらでも支える。いくらでも手を差し伸べるから。

「だから……いてくれ」

ここにいてくれ、と。
緑間の言葉に高尾は頷くでもなく、首を振るでもなく、ぽたりとまた涙を零した。


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與壱さんリクエスト「鷹の目の副作用で失明する話」です。
最後の涙の受け取り方によっては救われない終わり方になってしまうんですが、大丈夫でしょうか…。
いつもどこか達観している高尾ちゃんを書いているので少し違うテイストというか…彼もまだ子どもなんだよという話を書きたかったので、このような形に落ち着きました。
この度はリクエストありがとうございました。

12.11.09 こよし

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