紗楠さん

ローテーブルの上で響くキーボードの音だけが一人きりの部屋に満ちている。
チラリと時計を見遣った高尾はため息混じりに伸びをした。
危ぶまれたレポートも提出期限には間に合いそうだ。
今日はここまでにしておこう。
シャットダウンしたノートパソコンを前にそう思うのに、足はベッドに向かうことなく、床に座ったまま動こうとしない。
ぼんやり見る先の時計は0時を回っているのだが、玄関が音を立てる気配はなかった。
メールも着信も告げてくれない携帯をベッドに放ると、高尾はまた1つため息をついた。
学部が違えば生活習慣にズレが出来てしまうのは仕方がないと割りきっていたし、高尾だって実習やレポートに追われれば学内で一夜を過ごすこともあるのだから、緑間を責めるつもりは当然ない。
緑間の邪魔になりたいわけでも束縛したいわけでもない。
けれど、と不安が影を落とす。
キスをしようと伸ばした手を、受け入れてもらえなかったのは今朝の事だ。
緑間に触れることなく下ろされた手は、いまだ冷たく冷えきっている。
「…さみしいな…真ちゃん」
ぽつりと。
本当にこぼれ落ちたように吐き出した言葉は、ことのほか胸に突き刺さる。
じわりと滲んでしまった視界を塞ぐように、高尾はローテーブルに俯せる。
真ちゃん、オレ…もういらねぇかな?



緑間はリビングで寝ている高尾を見つけると困ったように笑った。
ベッドで眠らないのは褒められたことではないのだが、その姿を見ると自分を待っていてくれたように思えて、緑間はひそかに嬉しくすら感じていた。
しかし朝までここで寝ていれば、高尾も風邪をひいてしまうだろう。
「…っ」
高尾、とマスク越しに出そうとした声は、ピリピリとした痛みで音をなくした。
朝はまだ声が出ていたというのに、まったく忌ま忌ましい。
仕方がない、と高尾をベッドまで運んでやる。
相当疲れているのだろう。
体を持ち上げられてなお起きない、深い眠りに落ちているようだ。
高尾の寝顔を見ていた緑間は唐突に眉を寄せた。
泣いて、いたのか。
乾いてはいるが目元と頬にはうっすら涙の跡が残っていた。
一緒にいるのに、と緑間は痛みに耐えるような面持ちで高尾の頬に触れた。
一緒に暮らしているのに、また高尾を1人で泣かせてしまった。
届かない声が、触れられない唇が、口惜しい。
緑間は指先で高尾の涙の跡をなぞると、音にならない声で呟いた。


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紗楠さんリクエスト「気持ちがすれ違う緑高」です。
勝手に大学生同居設定を付け足してしまいましたが、大丈夫でしょうか…?
高尾を大切にしすぎる緑間と、緑間の邪魔になりたくない高尾。
最後の緑間の台詞は読み手様にお任せします。好きだでも、すまないでも…。
この度はリクエストありがとうございました。

12.11.01 こよし

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