エルヴィン・スミスという男は、昔から嘘をつくのが上手かった。
あと、無駄に綺麗な顔の分まで性格も捻じ曲がっている気がする。

同期の私が言うんだから間違いない。
訓練兵の頃からずっと、そんな嫌味な男が好きだった。


「いつもの髪飾りも素敵でしたが、今宵のこちらもよくお似合いです」

そう言って貴族のお嬢様を虜にさせては、その父親に多額の資金援助をさせる。

「貴方のお話はいつも面白いものばかりで、実を言うと本日もそれを楽しみにこちらまで伺ったようなものです…ぜひ、また聞かせてはくださいませんか?」

なんて煽てて眠くなるような話をさせて気持ち良くさせ、その会社からも多額の援助をさせる。

とびっきりの笑顔で、嘘をつく。
生まれ持った顔が整っている上に、頭脳だって最高のものだ。
だから彼は利用できるものは何だって利用する。
自分自身の使い方も、彼がそう判断して振る舞っているのだから、これが最善の使い方なのだろう。

「そうか!君も父親になったのか!男の子か?女の子か?彼女も素敵な兵士だったから退役は残念だったが、こんなに素晴らしいことがあったなんて!」

部下の報告をまるで自分のことのように喜んで、しかし彼もまた壁外調査へと連れて行く。

彼が団長に就いてから死者はかなり減ったけれど、それでも全員が帰還できなかった時は自室に籠もる。
一晩経てばいつも通りだし、翌朝になると報告書まで出来上がっている。

だけど、その時の報告書の端がくしゃくしゃになっていたり、文字に少し滲みがでていたり。
そういうところを、私は知っている。


誰よりも嘘が上手で心なんて捨てたかのように振る舞っているから、頼る人なんて誰もいない。
人より繊細に出来ているくせに、まったく仕方が無い。


「ナマエ、見たか?あの目の覚めるような厚化粧!」
「ちょっとエルヴィン、聞かれたらまずいわよ」
「私がそんなヘマをするように見えるのかい?」
「…見えないけどさ」

ほら、この男はいつだってこうだ。
さっきまで「失礼、あまりに綺麗な肌をしていらっしゃるもので…」なんて大嘘ついておいて、私を見かけると言いたい放題だ。

それでも、エルヴィンにとって数少ない、何でも曝け出せる友達の一人としていられるのならそれもいいと思っていた。




「なんだ?エルヴィンと喧嘩でもしたのか?」
「ミケぇ…」

そんなエルヴィンが最近、私の事を避けるようになった。
二人きりの時は拗ねた顔や歪んだ顔、大口を開けて笑う顔だって見せてくれたのに、今では眉間に皺を寄せるだけだ。

仕事の上で必要な報告をするときだって、そっけない返事を投げられて終わり。

「理由なんて分からないけれど、私のことが嫌いなのは分かるっていうか…」
「エルヴィンが?それは本人に聞いたのか?」
「聞けるわけないでしょ!?でもあのエルヴィンが、嘘の笑顔を貼り付けることもしないくらいに嫌いなのは分かるよ。何年一緒にいたと思ってるの?」
「…そうか、同期だからどちらの味方にもなれないかも知れんが、それでよければ仲裁くらいするぞ」
「ありがとうミケ!大好き!」

ミケの太い首に手を回して抱きつくと、少しだけ持ち上げてくれる。
私たちよりずっと大人っぽい考えをする彼は、いつだって誰にだって平等に優しい。

「…人目につきやすいところで、それは如何なものかと思うぞ」
「エルヴィン!」

ミケはさして驚いていなかったようだ。
彼から見て正面からエルヴィンは現れたし、それでなくてもあの嗅覚で分かるのだろう。

「愛を囁き合うのも結構だが、時と場合を考えた方がいい。肩書きのあるもの同士、部下の視線も忘れないように」
「ミケとは何も無いわよ、エルヴィンだって知ってるでしよ?」
「論点は私が知っているか否かではなく、第三者から見てどう捉えられるかだ」
「エルヴィン、ナマエ、誰か来る。静かにした方がいい」

声を荒げる私達の隣で黙っていたミケがようやく口を開いて発した内容に、二人揃ってピタリと止まる。
その瞬間、すぐそばにあった小部屋に突き飛ばされて鍵をかけられる。

「いっ、た!ミケ!?何するの!」
「何って、手伝いだが?」
「誰の為の何の手伝いよ!」
「ナマエ、手が…」

背後からエルヴィンの声がして、振り返るとあの綺麗な顔がすぐそばにあるから心臓が跳ね上がる。
突き飛ばされた時に庇ってくれたのか、私の頭にはエルヴィンの腕が巻きついている。

腕枕をしたまま上体を起こしたような変な体勢で、挙句に私の片手はエルヴィンのエルヴィンをしっかり掴んでしまっていた。

「きゃああ!ごめ、ご、ごめんなさい!」
「いや、その…構わないが…」

二人しておろおろとしていると、ガチャンと大きな音が響く。
鍵を閉めた音だというのは嫌でも分かる。

「ミケ?ちょっと、出られないじゃない!」
「出ようと思えば出られるだろうさ、エルヴィンが望めばな」
「っ!ミケ!それは言わない約束だっただろう!」
「エルヴィン?」

エルヴィンが望めば、って…
そりゃあ彼なら針金で鍵を開けることも、ドアを蹴破ることもできるだろう。
でも、修繕費がバカにならないことくらい、私でも分かる。

「もう俺はお前達に振り回されるのも嫌だからな、白黒はっきりつけるまでこのドアはこちらからは開けない」
「やだ、ミケ!出してよ!」
「…やだ、か……」

嫌に決まっているじゃない、自分のことを嫌っている人と二人きりなんてなんとしてでも避けたい。
例えそれが好きな人だったとしても。
好きな人だからこそ、逃げたいのに。

「ナマエ、お前だって言いたいことがあったんじゃないか?」
「それは私にか?いい話ではなさそうだが、聞く権利はあるだろう」
「エルヴィン、詰め寄るなよ。お前が隠していることだって、ここで伝えてもいいんだぞ?」
「さっきから、エルヴィンだって私に何か隠してるんじゃない!言ってよ、私のことが嫌いならちゃんと初めからそう言ってくれればよかったのに!」
「私が君を嫌うはずがないだろう!」
「またそうやって嘘ばっかり!せめてあの薄っぺらい笑顔でも貼り付けて言ってほしかった!」
「どんな顔をしていいのか分からないんだよ!君の前でこれ以上みっともない姿を晒したくない!」

お互いに顔を歪めて大声で罵り合う。
普段は身長差があるけれど、今は座っているからいつもより顔が近い。
額同士をぶつけあって睨み合って、そして先程の言葉が響く。

「…は?なにそれ、みっともないって」
「あっ、いや!それは!」
「最近のエルヴィン、ちょっとおかしいよ!お願いだから避けるならもっと上手くやってよ、これじゃいつまで経っても誰も寄ってこないじゃん!」
「寄ってこなくて結構だ!」
「それじゃ困るの!早く結婚したいのに、中途半端にエルヴィンが近いから彼氏すら出来ないんだけど!」
「だから早く私で妥協しろと言っている!」

今日のエルヴィンは、とびきりわかりにくい言葉を使う気がする。
これじゃ告白されているみたいだと思ってしまうのは、やっぱり彼への気持ちが消えてくれないからか。

「結婚したいなんてよく言えたものだな!君が何人もの男の告白を断ってきたのを知っている!理想が高すぎるんだ!」
「そんな言い方しないでよ!誰でもいいわけじゃないの!」
「そんなことは知っている!だから私にしろと言っているんだ!今まで君に近寄ってきた誰よりもいい条件なのは分かるだろう!」
「…その言い方だと、エルヴィン、あなた、私と結婚してくれるみたいだよ?」
「さっきからそう言っているだろう…理解が遅い」

なんだそれは、まるで私が悪いみたいな言い方しないでほしい。
っていうか、色々すっ飛ばしすぎやしないだろうか。

「え、あ、エルヴィン…?どうして?」
「ナマエは結婚したいんだろう?特に懸想している人物がいるようには見えないし、でも誰でも良いわけではないようだし。私なら、きっとナマエの理想には近いはずだ。だったら私と結婚すればいいだろう」
「いや、だから、どうしてエルヴィンは私と結婚してくれてもいいって思ったの?」
「馬鹿なのか?そんなの、君が好きだからに決まっているだろう」
「それ、普通は先に言うでしょ!?」

なんでこんなに高圧的なのかとか、馬鹿だと言われたりとか、もう突っ込みたいところはあとでまとめて全部突き付けてやりたいけれど。
それよりも、エルヴィンに好きだと言われた衝撃の方が遥かに大きい。

「あのね、こう…物事には順序とか決まりごとがいっぱいあってね?最初にお互いの気持ちを確かめて、いくらか付き合ってから結婚する、っていうのが一般的かなと思うんだけど」
「ナマエは私では不満か?」
「不満じゃない、けど…」
「なら問題ない。結婚しよう」
「いや、だから!こう、お互いのことを知るための期間とかね、必要かなって」
「必要無い。どれだけ長い付き合いだと思っているんだ。君の事で覚えていないことなんてないし、私のこともよく知っているはずだ」

やだもう、だれか通訳連れてきてよ。
エルヴィンにはどこか人とズレた考え方をするところがあると思っていたけれど、それがこんなところでこんな形で私を悩ませるなんて。

「ナマエ、私と結婚してくれませんか?」

やっぱり色々と物申したい。
こんなの普通じゃない。

なのに、手を握られてこんなに綺麗な瞳で見つめられて、おまけにこの甘い声。
頷くしかないだろうに。

「そうとなれば話は早いな!今日中に事務手続きは全て終わらせるぞ!」
「いや、仕事!それに婚姻届だけじゃなくて、軍籍とかもあるし、半日じゃ終わらないよ?」
「書類は予め用意してある。あとはナマエがサインをするだけだ。仕事は…ミケ!何が欲しい?」
「休みだ」
「シーナの上等な酒もつけるさ。さて、これで心置きなく夫婦になれるよ?」

休みが欲しいと答えながらドアを開けて入ってくるミケ。
もしかしなくても、ずっと聞かれていたんだよね…

「ナマエ、その、話が飛躍しすぎていないか?」
「ミケもそう思う?なら止めてくれる?あの1.9m級」
「すまない、俺には無理だ。あれは、無理だ」
「私も、絶対無理」


私たち二人の諦めにも近い視線を浴びながらも、あの男はにこにこと笑っていた。

エルヴィン・スミス
訓練兵からの親友で同期で、今は上司でもある男が、今日から私の夫です。



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