Sleeping Forest






ああ、これは夢なのだと静雄は思った。
目の前で臨也が笑っている。臨也はこんな風に自分には笑顔を見せない。
臨也の姿をしたその存在は、優しく静雄の髪を撫で、緩く自分の体を抱きしめる。
気持ちが悪い、と静雄は思いながらも臨也の体に腕を回した。温かい。
臨也の香水の匂いがする。衣服の感触も。
薄い唇。長い睫毛。赤い双眸。
本物みたいだ、と静雄は冷えた頭で思う。感触も匂いも温もりも本物みたいなのに、決定的に違和感がある。

折原臨也は平和島静雄を抱きしめたりする事は絶対に有り得ない。

これは紛れも無い事実で、覆ることはないだろう。この先も。
だからこれは夢なのだ。
夢だと分かっているのに、静雄は臨也の肩口に顔を埋める。
シズちゃん。
優しく呼ばれた。この声も有り得ないものだ。
もう起きる時間だよ。
臨也は言う。笑顔を浮かべて。
また夢で会おうね、シズちゃん。
その言葉と共に、静雄は目を開いた。



「最近夢を見る?」
新羅は手にしたペンをカチカチと弄びながら静雄を見た。
「夢くらい誰でも見るよ」
「同じ夢ばっか見るんだ。変じゃねえ?」
静雄はソファーに深く腰掛けて、ぼんやりとテレビの画面を見ていた。放映しているのは野球中継だ。
「深層心理学は専門外だからなぁ」
カチカチとペンの音が響く。新羅はうーん、と首を傾げた。
「ちなみにどんな夢なの」
「……」
静雄は黙り込む。
機嫌が僅かにダウンしたのを新羅は敏感に察知する。
「あまり気にしなくていんじゃないかな。悪夢ってわけじゃないんだろう?」
「ああ」
「ならいいじゃないか。僕もセルティの夢とか見たいなぁ」
うっとりと頬を染める新羅を冷たい目で見ながら、静雄は溜息を吐く。
悪夢ではない。悪夢ではないのだが…。毎日見るとさすがに少し困惑している。
深層心理で望んでいるとでも言うのだろうか。あんなことを。
「夢を見たくなくて不眠症、とかになるようならまた来なよ」
新羅がそう言うのに、静雄は黙って頷いた。



シズちゃん。
臨也は優しく静雄の名前を呼ぶ。
抱きしめられて、目の前に漆黒の髪。ふわりとシャンプーの匂い。
好きだよ。
耳元に囁かれる愛の言葉。
手を取られて指先に口づけられた。真っ白な手。シルバーのリング。
シズちゃん。
また名を呼ばれ、頬に口づけられた。
もう起きちゃうの。
悲しげな声。
また会いに来てね。俺は夢の中でずっと待ってるから。

静雄はゆっくりと目を開けた。ぼんやりと瞬きを繰り返す。
白い天井。窓から差し込む光り。朝だと認識する。
起きると胸にぽっかりと穴が空いたみたいになって、なんだか痛い。
窓を開けっ放しで寝ていたらしく、少し肌寒かった。
何だか現実の方がいやにリアリティがない。まるで偽物の世界にいるような気がして気持ちが悪い。
何故こんな夢を見るのだろう。何故こんなに胸が痛いんだろう。
何かを忘れている気がするけれど、静雄には思い出せない。
静雄はのろのろとベッドから下りると、出勤する為に着替え始めた。






池袋の空に自販機が飛ぶ。
嘲りの赤い目、声、笑い。これが本物の折原臨也。
ガシャン!と物凄い音を立てて自販機が落下する。中から缶ジュースが飛び出した。
「相変わらずシズちゃんは出鱈目だ」
転がってきた缶を足で蹴りながら臨也は笑う。口端を吊り上げて、いつもの厭味な笑い方。
静雄は無言で標識を振り回す。臨也は即座に避けてナイフで切り掛かってきた。
「なんか今日のシズちゃんはおとなしいね?」
静雄の頬にナイフが掠り、薄く傷がつく。
それにちっと舌打ちをして静雄は臨也から距離を取った。
「手前とお喋りする気はねえよ」
手にした標識を臨也へと放り投げる。それは目標には当たらず、アスファルトに落ちて鈍い音を立てた。
臨也は片方の眉を吊り上げて静雄を見遣る。
「俺だってシズちゃんとは話す気はないけどね」
話しても無駄だろうし。
静雄は佇んで、じっと臨也を見ていた。臨也の眉間に皺が寄る。
「…何かな?」
「…早く新宿に帰れ」
静雄は近くにあったごみ箱を放る。
臨也が避けると即座にまた看板が飛んで来た。
「全く、シズちゃんは本当にうざいな」
臨也は踵を返して走り去っていく。
静雄は追いかけなかった。




シズちゃん、大丈夫?
夢の中で、臨也は静雄の頬に触れる。痛かった?ごめんね?
痛くなんかない。傷だってもう塞がった。なのに、目の前の臨也は謝罪する。
ごめんね、ごめんね。
痛くないわけなんかないでしょう?体は痛くなくても心は傷付くでしょう?
本当はこんなことしたくないんだ。だって俺はシズちゃんが大好きなんだよ。
シズちゃんが傷つくことはしたくなんかないんだ。でもね、でもさ。

シズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃんシズちゃん…




携帯で見れない方がいるので2つに分けました。続
(2010/08/25)
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