やさしいキスをして






しゃりしゃりしゃりしゃり。
かき氷をスプーンで掬って、静雄は口に含んだ。
じわり、と口の中で溶けて冷たさが広がる。
イチゴシロップは甘くて色が綺麗だ。本当はイチゴミルクが好きなのだけど、あまりそれを置いている店はない。
隣で新羅は真っ青なシロップのかき氷を食べていた。その更に隣で、臨也も同じものを。
真夏の太陽が照り付ける日に、三人は公園のベンチに並んで座っていた。幸いベンチは木の影で日陰になっている。どこか近くで蝉の鳴き声がしていた。普段なら耳障りだといらつくその音が、何故だかその時は気にならなかった。
新羅が青い氷を食べるのを横目で見つつ、ブルーハワイでも良かったな、と静雄は思う。異国の空みたいな濃いブルーも悪くない。
静雄はスプーンを啣え、空を見上げた。
東京の空は色が薄い。外国とは言わないけれど、田舎ぐらいは住んでみたい。いつか遠い未来で。
「早く食べないと溶けるよ」
新羅にそう言われて、静雄は意識を氷に戻した。
見れば新羅の舌は真っ青になっていて、静雄は思わず笑ってしまう。
「エイリアンみたいだな」
「静雄もピンクになってるよ」
新羅も笑って言い返した。
言われてみれば確かに自分もそうだろう。鏡がなくて見れないのを残念に思った。
「新羅、一口くれ」
青いブルーハワイを食べれば紫になったりするんだろうか。
「いいけど。一口じゃ色は変わらないよ」
新羅がスプーンで一口分を掬って差し出す。それを静雄は口にしようと身を乗り出した。
「俺もブルーハワイなのに何で新羅に言うわけ?」
開いた静雄の口を、新羅の隣から出て来た白い手が塞ぐ。
顔を上げれば、臨也が不機嫌な顔で静雄を睨んでいた。
「新羅は隣に居んだから、近い奴に言うのは当たり前だろ」
静雄は臨也の白い手を振り払う。その目はきつい眼差しで臨也を睨み返していた。
ピリッと二人の空気が張り詰める。
そんな二人の間で新羅はしゃりしゃりとかき氷を食べる。にこにこと笑顔を浮かべながら。
どうやら二人は喧嘩をしているらしかった。いつもの殺し合いというじゃれ合いではなく、本物の喧嘩。いやに互いを見ないし全く口は利かないし。なんだかおかしいなと新羅はずっと思っていたのだ。
それでも新羅を無理矢理間に入れて結局会ってるのだから、全く二人とも素直じゃない。
しゃりしゃりと新羅が氷を崩す音がする中、二人は睨み合ったまま。
「二人共、かき氷溶けちゃうよ」
新羅が笑顔でそう言うのにも、返事もしない。
臨也は急にかき氷を掻き込むと、静雄の後頭部を掴んで強引に口づけた。新羅を間にはさんだまま。
「…っ」
驚いた静雄が身動ぎするのを、臨也は両手で頭を押さえ込む。臨也の食べていたブルーハワイのかき氷が地面に落ちた。
臨也によって口移しされた冷たいそれは、あっという間に静雄の口腔で溶ける。舌を絡まされて舐められて、甘ったるい味が口に広がった。静雄はそれをごくんと飲み込む。
新羅は二人の間でしゃりしゃりとまだ氷を食べていた。臨也が地面に落としたかき氷を見て勿体ないなと思いながら。
やがて臨也は静雄から唇を離すと、ぺろりと自身の唇を舐めていやらしく笑う。
「イチゴの味だ」
静雄の方は顔を真っ赤にし、今にも殺しそうな目で臨也を睨んでいた。でもその目は潤んでいて、残念ながら効果は半減している。
「舌はどう?紫になったりしてる?」
新羅が空気を読まずに静雄に聞いた。
静雄は一瞬目を丸くしたが、素直にぺろっと舌を出して見せる。舌はピンクのままだった。
「やっぱりこれくらいじゃ色は変わらないよ」
新羅は笑ってかき氷を口に運ぶ。さすがに新羅のそれも、もう溶けて殆ど液体になっていた。
「臨也の舌だって青いままだろう?」
新羅が臨也を見遣る。臨也は肩を竦めて舌を出した。
その舌は鮮やかなブルーで、唇も微かに真っ青になっている。
静雄は目を逸らし、手に持ったままだったかき氷を見た。赤い液体が薄まって、濃いピンク色だ。とても美味そうには見えなかった。
静雄はそれを煽るように口に含むと、身を乗り出して臨也に口づけた。新羅を間に置いて。
臨也もさすがに驚いたのか、目を丸くする。けれど直ぐに楽しそうに笑い、静雄の首に腕を回した。
静雄は目を瞑って臨也の口腔に甘ったるい液体を流し込む。舌が絡まり合い、ピンクの液体が静雄の顎を濡らす。臨也はやがてそれをごくっと嚥下した。
静雄はそれを確認し、唇を離そうとする。しかし臨也の手ががっしりと首に回されていて、離れられない。
再びキスの主導権を臨也に握られて、口づけが深くなってゆく。
静雄が唇を重ねたまま抗議の声を上げるけれど、臨也は喉奥で笑うだけだ。新羅を間に挟んだまま。
新羅は臨也と静雄のキスのアーチをくぐると、立ち上がった。二人のかき氷の器を拾い上げてごみ箱へ向かう。
障害物がなくなって、臨也は静雄の体を更に引き寄せ、自分は覆い被さるように体を倒す。もう静雄の体は殆どベンチに押し倒されているようなものだった。
角度を変えて何度も口づけられ、酸素を求めて唇を開ければ更に舌が入り込む。クチュクチュと水音が響いて静雄は羞恥に頬が染まる。
ずっと臨也の腕を抵抗するみたいに掴んでいた静雄の手は、やがて背中に回された。ぎゅ、と臨也のTシャツを掴み、皺が寄る。
静雄からも求めるように舌を差し出して更に絡め合った。時折漏れる声が恥ずかしい。
口づけながらも臨也の手は静雄の制服のズボンを撫で上げる。内股を指先が撫でるのに、静雄は体を震わせた。
ちゅっと唇を離すと、二人の間にできた透明な唾液の糸がぷつりと切れる。
「…シズちゃん可愛い」
臨也はそう言っていつもの笑みを浮かべるけれど、声は余裕なく掠れていた。
「臨也…」
静雄は潤んだ目で臨也を見上げる。恥ずかしさに少し視線をさ迷わせた。
「結局かき氷言い訳に仲直りのキスがしたいんだね、君達」
でもここ公共の場だよ。
いつの間にか戻って来た新羅は、あははと声を出して笑った。
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