呪いの言葉を知っている。
一生解けることができない固い呪いだ。
一生で一度しか使えない、とても怖い、怖い、呪い。



「へえ」
「なに、信じてくれないの?」
「アホか」
放課後の誰もいない教室。
机の上には原稿用紙が三枚。
反省文、とタイトルがついている。
金髪と真っ黒な髪の毛の対照的な二人が、先程から原稿用紙にシャーペンを走らせていた。
「帰りてえ…」
「こっちの台詞だよ。シズちゃんのとばっちりで俺まで反省文…」
「元はと言えば手前のせいだろうが」
そう言って隣の席の男の足を蹴ろうとするが、あっさりとかわされる。
「今回はしくじったなぁ。シズちゃんに停学一週間くらい食らわせる予定だったのに」
「死ねよ、マジで」
これ以上停学食らったら出席日数がヤバい…気がする。
いくら成績が良くても出席日数だけはどうしようもない。
キレなければ真面目な性格の静雄は、存外成績は良かった。上に変態と天敵がいなければ学年一位くらいには。
成績が良いからこそ、ある程度の素行は目を瞑られる。
でなければ学校の器物破損でとっくに退学になっているだろう。
暫くお互い何も話さず、文字を書く音だけが教室に響く。
たまに遠くで生徒の声がする。部活動の生徒たちだろう。
勉強したり、部活動をしたり、…喧嘩したり。
いつか大人になったら、この高校生活を懐かしく思い返したりするのだろうか。殆ど殺し合いのような喧嘩ばかりしてきた高校生活を。
「できた?」
ボーッとしている静雄に、臨也が話し掛けて来る。
「もう少し」
「俺終わったよ。早くしてよ」
「うぜえ、先帰れよ」
「待っててあげる」
静雄の言葉をあっさりスルーして、臨也は口端を吊り上げた。厭な笑い方。静雄は臨也のこの笑い方が大嫌いだった。
こいつが鼻歌を歌ったり、機嫌良く笑う時はろくな事がない。
「さっきの話だけどさ、」
「話し掛けんな」
「呪い、いつかけようかな」
「……」
「一回しか使えないんだから慎重に為らざるを得ないよね」
臨也はいつの間にかポケットからナイフを取り出して弄ぶ。校内で教師や生徒に見付かろうが気にしたことなどない。
「誰にかけるんだよ」
「愚問」
「うぜえ…」
最後は走り書きのように手を動かして、静雄は反省文を机に放り投げた。
「終わった?」
「提出して帰る」
鞄を取り出して、帰宅準備。
もう準備を終えた臨也は、そんな静雄をじっと見ている。観察するように。
視線を感じて静雄は苛々する。カチカチとナイフを出し入れする音が不快だ。
「手前、」
「ん?」
「いっつもナイフ持ち歩いてんの?中二病かよ」
「備えあれば憂い無し」
眉間には眉を寄せる静雄に、ニィと笑ってみせて。
「頭イッてんな」
呆れたように言えば、
「道具が無くて道路標識振り回す人に言われたくないんだけど?」
呆れて返された。
静雄は臨也のナイフから視線を自分の右腕に移す。
「手前のナイフにこないだ付けられた傷がまだ残っててムカつくんだけど」
あ、思い出したらまた標識引っこ抜きたくなった。
「ナイフで傷つけてもシズちゃんは直ぐ治ってしまうじゃない。どんなに深く切り付けても無かったことになってしまうくせに」
口端を吊り上げ、赤い目を細めて笑う。
臨也がこんな笑いをするときは、静雄にとって厭な事を考えている時だ。
「だからやっぱりシズちゃんを呪おうかな」
パチン、とナイフをポケットに仕舞うと、臨也は静雄に顔を寄せた。
白い肌に漆黒の髪。瞳は赤く、暗い。
酷く端正な顔立ちをした悪魔のようなその男は、口元を歪めたまま静雄の目を見る。
臨也の吐息が静雄の睫毛を揺らす。
心の奥底からぞわりと悪寒がはい上がった。頭には警鐘が鳴り響く。
なのに静雄は動けない。
「シズちゃん、」
「いざ――、」



「好きだよ」








さあ呪われろ。



その言葉はナイフよりも深く心を抉った。


(2010/07/01)
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