好きな奴が出来たと言うと、親友はとても喜んだ。
相手が誰かは聞かず、話し相手になってくれた。それが静雄には純粋に嬉しい。
なんのかんの言って、静雄はこの首がない親友と毎日会っている。高架下だったり、公園だったり、廃ビルだったりで。
告白はしないのかと言われ、静雄は少し困った顔になった。何て答えようか窮していると、相手がそれを察して話題を変えられてしまった。
それが申し訳なくて、告白をしても無理な相手なのだと伝えると、そんなことはないと怒られた。
してみなくちゃ分からないじゃないか、と言う。
してみなくても分かるんだ、と言うのは静雄は黙っていた。
静雄は誰かに恋するのは別に初めてではない。この力のせいで人間離れはしているけれど、普通に人間なので恋もすれば失恋もする。
ただ告白したことは一度もなかった。
「静雄は顔はいいから告白はたくさんされてたよ。でも付き合ってるのは見たことないなぁ」
こんな風に言ってたのは旧友である新羅だ。逆に臨也は色んな子と付き合ってたよ、とも。
本当に静雄と臨也は正反対なのだな、とセルティはそれを聞いた時、苦笑した。
静雄の恋愛話を聞いていると、静雄がいかに奥手かが分かる。
静雄を可愛らしい、なんて思ってしまうのは、ひょっとしてこの世で自分一人だけかも知れない。だって相手は自動機械人形の異名を持つ、池袋最強の存在なのだから。


そんな静雄に、振られた、とメールを貰ったのは雨の日だった。
メールを見て真っ先に駆け付けると、静雄は雨に打たれたまま、公園のベンチに座っていた。
金髪は濡れて色を濃くし、サングラスには水滴がつき、中の目は見えない。
いつから雨に打たれていたのか、シャツは透けて肌の色が見え、顔色は真っ白だった。
セルティはそんな静雄を抱きしめ、家へと連れて帰った。
家で二人を出迎えた新羅は、温かいミルクを準備し、タオルで拭いてやりながら、静雄が振られるなんて有り得ない!と頻りに言っていたが、最後にはセルティの拳で黙り込んだ。


旅行に行かないか、と言われたのは新羅の家に泊まったその日だ。
突然された提案に、静雄は少し驚いた。どこがいいかと聞かれて、田舎がいいと答えると、新羅がさっさと手配をしてしまう。
「そう言えば静雄は昔から田舎に住みたいって言ってたよね」
「まあな」
「にしても静雄と旅行なんて修学旅行以来だ!」
新羅は機嫌良くそう言い、いそいそと旅行の準備を始める。
『静雄の気持ちも考えずに不謹慎だ!』
とセルティの鉄拳が新羅に繰り出されるまで、新羅はご機嫌に鼻歌を歌っていた。
静雄は会社に電話をし、暫く休暇を貰うと、一度家に帰ることにする。
セルティが送ると言うのを断って、一人で帰宅した。
幽に一応、旅行に行くとメールをうつ。意外にも直ぐに返事が返ってきて、行ってらっしゃいと言われた。
いつものバーテン服を脱ぎ、私服に着替える。そう言えば私服を着るなんてのも久し振りだ。
バッグに少しの衣服を詰め、静雄は足早に家を出た。太陽が真上に差し掛かる頃で、暑い。
体にフィットしたTシャツに、黒のパンツ姿で静雄は街を歩く。
途中、平和島静雄だと気付いたのが何人かいたものの、殆ど分からないようだった。
新羅達と合流し、電車を乗り継いでかなり都心から離れる。船に乗る、と聞かされて驚いた。
セルティは気を遣っているのか、静雄に色々話し掛けて来る。新羅は新羅で、気を遣っているのか何なのか、うざいくらいはしゃいでる。カップルに邪魔しているのは自分なのだと分かってはいたが、二人の姿を見ていると黙って流されることにした。
船に乗り込み、青い海を見ていると心が癒される気がする。ざっくりと裂けた心は血がどくどくと流れていたけど、静雄は考えないようにしていた。
一人でデッキに出て、煙草に火をつける。深く煙を吸い込むと、静雄は空を見上げた。空は真っ青で、いつものサングラスを持って来なかったことを後悔するくらいに太陽が眩しい。
「静雄」
気付くと新羅が傍らに立っていた。いつもの白衣姿じゃない旧友は、高校の時と外見が変わっていない。
「何て振られたの」
いきなり傷を抉る質問だった。だが静雄は眉一つ動かさず、煙草を吸う。
「気持ち悪いって」
「そう」
新羅はそれ以上何も言わなかった。新羅は静雄の相手が誰だか分かっていたし、静雄も新羅が知っているのを分かっていた。
「行き先はね、観光地じゃないんだ」
「そうなのか」
「知る人ぞ知る避暑地でね。静雄も人がいない方がいいだろう?」
新羅がそう言うのに、静雄はうん、と頷いた。
二人はセルティが探しに来るまで、会話をせずに海を見ていた。ずっと。


携帯を見ると、電波がない。今時日本でこんな場所があるのか、と静雄は驚いた。
「そりゃああるよ。静雄は都会っこだものね」
笑う新羅に軽く蹴りを入れ(本人は飛び上がって痛がっていた)、静雄は携帯の電源を切った。元々あまり携帯に必要性を感じていない。
新羅の知り合いの別宅は、三人だと広すぎるくらいだった。窓を全て開けて、空気を入れ換え、掃除をする。合宿みたいで楽しいね、と新羅は言ったが、セルティは合宿と言うものが良く分かってないみたいだった。
食事はどうしようか、と言う話しになり、セルティはブンブンとない首を振る。
「静雄は料理上手いんだよね」
「上手くはねえけど、ある程度な」
『今度教えて欲しい!』
「いいけど…」
その日は新羅とセルティに手伝わせて静雄が食事を作った。定番のカレーだったが、セルティは熱心にメモをとっていたようだ。
その日から三日間、静雄は穏やかな日々を過ごした。
川で泳いだり、蛍を見たり、花火をしたり。
まるで自分が出来なかった学生生活みたいだな、と思う。
新羅とセルティは一言も池袋の話しをしなかったし、静雄も二人が一緒のうちは忘れることができた。
夜中にたまに目が覚めてズキズキと胸が痛んだが、静雄は孤独は感じなかった。
やがて帰る日になって、静雄は一人残りたいと告げた。
セルティは止めたが、新羅は構わないと言う。
「好きなだけ居ていいよ。食料もある程度はあるし」
『静雄を一人になんて』
「一人で考えたいことだってあるんじゃないかな」
新羅がそう言うと、セルティは黙り込んだ。
静雄は船着き場まで二人を見送る。
セルティは船のデッキからいつまでも静雄に手を振り、静雄も船が見えなくなるまでその場に佇んでいた。








(2010/08/06)
×