花葬




高校の時の知り合いが死んだ。事故だったらしい。
「通夜に行かなきゃね」
ぽつりと新羅が言うのに、静雄は黙っていた。




喪服に袖を通すなんて久し振りだ。
真っ黒なネクタイを締めて静雄は考える。最後に着たのは親戚の葬式だったかも知れない。もう忘れてしまった。
さすがに24年も生きてれば同級生も亡くなっているのもいるし、結婚して子供がいるのもいる。なんだかそれらは静雄にとって酷く現実味がなかった。自分が少し非日常な生活をしているせいかも知れない。
会場に行くともう新羅が来ていて、ちらほらと高校時代の顔見知りが何人かいた。
違うクラスだった筈の臨也も居たけれど、静雄は見ないように努めた。さすがに葬儀会場で喧嘩するほど静雄も馬鹿じゃない。
実のところ、静雄はあまり故人を覚えていない。クラスメイトだったけど、静雄の高校時代の記憶は殆ど違うクラスだった臨也で占められている。後は新羅や、少し仲の良かった先輩や、門田。
結局のところ臨也のせいで最悪な高校生活だったので、静雄はあまりいい思い出がない。
喪服姿に金髪の自分はかなり目立ってしまい、静雄は人だかりから少し離れたところに佇んでいた。背が高いのでどうしても目立ってしまうのだけど。
焼香も終え、喪主の挨拶も終わって通夜はもう終了の流れだった。会場は線香の煙りで視界が悪い。
ぼんやりと故人が笑っている遺影を見ても静雄にはピンと来なかった。
何人か高校時代の知り合いが挨拶をしてくる。それに適当に答えながら、静雄は殆ど誰が誰だか分からなかった。
新羅がいれば分かるのだが、新羅は急患が来たとかで途中退室してしまっている。
多分自分はあまり他人に興味が湧かないのだろう。だから顔も名前もあまり覚えられない。
「シズちゃん」
大嫌いな愛称で呼ばれて顔を上げれば、臨也が側に立っていた。
顔だけは綺麗なこの男は、喪服が酷く似合っていて、悪魔みたいだと思った。
「んだよ」
何故こんな所で世界で一番嫌いなこの男に話しかけられるのだろう。全くうんざりする。本来なら返事をするのも億劫だった。
「彼さぁ、シズちゃんの事好きだったんだよ。知らなかったでしょう」
「は?」
言われた言葉が理解出来ず、静雄は間抜けな声を上げた。
「まあ好きって言っても憧れの部類だけどね。シズちゃんは高校の時、結構モテてたってこと」
「しらねえよ、んなこと」
「シズちゃんはそう言うのどうでもいいタイプだもんねえ。故人も浮かばれないね」
臨也が肩を竦めて言うのに、静雄は眉を顰める。
「好きとか言われても俺は何もしてやれねえよ。大体そんなの気のせいかも知れないだろうが」
「うん。まあ俺が牽制してたんだけど」
「はあ?」
意味が分からない。何だよ、牽制って。
臨也が居るだけで苛々して来るのは、きっと気のせいじゃないはずだ。
静雄はもう臨也に構うのはやめて会場の外に出た。
後から臨也がついて来るのに舌打ちをする。
「ついて来んなよ」
「シズちゃんって喪服結構似合うね」
「うるせえ死ね」
外に出て煙草に火をつけた。
体に染み付いた線香の香りの方が強く、少しだけ静雄は嫌な気分になる。線香に罪はないが、死を連想させた。
「今日さあ、その格好で抱かせてよ」
「死ねよ、マジで」
「喪服ってそそるよね」
なんて不謹慎な野郎なんだろう。
静雄は沸き上がる怒りを無理矢理押さえ込んで、煙草を吸う作業に没頭した。
さすがにこんなところでこいつを殴るわけにはいかない。
「シズちゃん」
名を呼ばれ、煙草を取り上げられた。そのまま頭に手を回されて口づけられる。
驚いて逃れようとするのに、口づけを深くされた。
通夜の会場の側で、喪服姿の男同士で。
…何をやってるんだろう、自分達は。
酷く背徳的な行為に、静雄はくらりと眩暈がする。
「このまま俺のうちにおいで」
塩で浄めようね。臨也は静雄の身体を引き寄せて、熱を帯びた声で囁いた。その手は既に静雄のネクタイを緩めて、シャツの一番上のボタンを外された。
この男はどうやら本気で喪服姿の自分を抱きたいらしい。
臨也から漂う焼香の匂いが鼻について、静雄は頭が痛くなる。目の前の眉目秀麗の男に諦めにも似た気持ちを抱いた。
「…この服で手前の葬式も出るんだぞ」
だから汚すなよ。
静雄の言葉に、臨也は低く笑い声を上げた。
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