『愛してあげるから。』


「臨也」
ぎゅうっと静雄が抱き着いてくるのに、臨也はくらりと眩暈がした。
「どうしたの、今日は随分甘えるね」
「ん」
静雄は臨也の首に腕を回して、膝の上に体を預けている。
臨也はそんな静雄の髪を梳きながら、もう片方の手で背中をぽんぽんと叩いた。
「こんなシズちゃんも可愛いけどさあ、なんか調子狂っちゃうな」
「臨也、キスして」
静雄は首を傾げて臨也を見る。その頬はほんのり赤く、明らかに照れている表情だった。
「はいはい」
臨也は笑って口づけをする。ふと口づけた感触が何だかいつもと違う気がして、少しだけ違和感を覚えた。
その時、ガタンっと物凄い音がして臨也は目を見開く。
音がした方を見れば部屋の扉が壊されていて、少しの砂煙と共にバーテン服の男が立っていた。脇には真っ白なコートの自分に似た男を抱えて。
「これってどういうことかなぁ?いーざーやーくんよぉ」
びきびきと静雄のこめかみに青い筋が浮く。口に銜えた煙草はもう殆ど灰で、吸っている意味など為さない。
「あー…やっぱり…。シズちゃんがこんな可愛いわけないもんねえ…」
臨也が苦笑したのと同時に、静雄が脇に抱えていた彼が降りて走ってきた。
「津軽」
サイケは臨也の腕の中の存在をそう呼び、ぎゅっとそれに抱き着いた。
「サイケ」
津軽は臨也の腕の中に居たまま、サイケを抱き返す。
傍から見れば異様なその光景は彼等には最近の日常だ。
「まずどう言うことか説明してくれるかな、サイケ」
サイケの首根っこを掴んで、臨也はにっこり笑う。他人が見たら愛想の良いその笑みは、静雄から見たら酷く薄ら寒いものだった。
「臨也さんのふりをしたら静雄さんは気付くかなと思っただけ。津軽には静雄さんのふりをして貰った」
悪びれる事もなくさらりと答える。顔は同じだが悪気がないサイケだが、顔が同じな分、悪気があるように見えてしまう。
「可愛らしい悪戯なんだけどねえ」
臨也は苦笑するしかない。大体この二人を作ったのは臨也なのだ。
「静雄さんは直ぐ気付いたよ!」
ねえ?とサイケは静雄を振り返る。
静雄はウンザリしたような表情を浮かべて、煙草を灰皿に押し付けているところだった。
「臨也とお前じゃ違い過ぎんだろうが」
「でもシズちゃんと津軽は似てるよ」
臨也はそう言って津軽の頭を撫でる。津軽はくすぐったそうに頬を染めた。
「…全然似てねえじゃねーか」
寧ろ同じ顔でそれは静雄には寒気がする。
「そうかな?デレてる時のシズちゃんはこうだよ」
臨也は尚も津軽の頭を優しく撫でた。
「そんなにそれがいいならそいつにしとけ」
静雄はそう言い捨てるとさっさと部屋から出ていってしまう。
「津軽は俺のだよー」
津軽に抱き着いたままのサイケが不満の声を上げるが、静雄の耳には届かなかった。
玄関に行き、靴を履こうとすると追い掛けて来た臨也に腕を掴まれた。
「待ってよ、どこ行くの」
「帰るんだよ」
「今来たばっかりじゃない」
「用は済んだ」
「なら、俺に愛されてから帰りなよ」
言うが否や、臨也は静雄の頭に手を回して口づける。驚いて半開きになった柔らかな唇に舌を差し込んだ。
吐息をも奪い尽くすようなそれに、静雄は苦しげに目を閉じる。目尻には生理的な涙が滲んでいて、唇を離すと臨也はそれを舐めとった。
「んー、やっぱりシズちゃんの唇が1番だ」
「…っ、死ね!」
顔を真っ赤にして殴り掛かって来る静雄の腕を避けて、臨也は肩を竦める。
「嫉妬してくれるのは嬉しいんだけど、同じ顔じゃ不毛だよ」
「誰が嫉妬だよ、死ね」
「顔がいくら同じでも津軽はシズちゃんじゃないよ」
臨也は静雄に腕を伸ばし、髪をさらりと撫でた。
「騙されてたじゃねえか」
静雄はその手を払う。静雄にしては柔らかい力で。
「ああ、だから怒ってるの」
「……」
「それはしょうがないよ。どんな行為でもシズちゃんがしてくるなら受け入れちゃうし。少しは違和感あったけど、嬉しかったから」
シズちゃんの顔でキスして、なんて言われたら当たり前でしょう?
臨也は壁に体を預け、腕を組んで静雄を見る。
静雄は視線を逸らすと盛大に舌打ちをした。その顔は真っ赤になっていてとても可愛らしいのだけど、それを言ったら今度こそ本当に帰ってしまうだろう。臨也は黙っていることにする。
「二人とも喧嘩しないで」
声に顔を上げればサイケと津軽が壊れた扉から顔を出してこちらを窺っていた。
「静雄さん、ごめんなさい」
津軽はシュンとしている。
「俺が悪いんだよ」
そんな津軽に抱き着いて、サイケもしょぼんとしていた。
「もういい。気にすんな」
静雄はどうやら怒りを引っ込めたようだ。
二人の方に歩いて行くと頭を撫でてやる。
二人はぎゅうっと静雄に抱き着いた。
「ちょっとちょっと!それ俺の!」
臨也が慌てたように走ってきて、二人から静雄を引きはがす。
「それってなんだよ…」
静雄がうんざりしたように言うのに、臨也が背中から抱き着いてきた。
「サイケと津軽、あっちの部屋行ってなさい。言われるまで出てきちゃダメ」
MASTERである臨也の命令に、サイケと津軽は頷いて退室する。
臨也はそのまま静雄の体をこちらへ向かせると正面から抱き着いた。
「シズちゃんは俺とだけハグしてればいいんだよ」
「なんだそりゃ」
静雄は呆れて黙り込み、臨也の好きにさせておく。
「ねえ、抱いていい?」
頬に手で触れて鼻先にキスした。「シズちゃんをめちゃくちゃ抱きたい」
そのまま口づけ、性急な動きで舌を絡ませる。唾液を流し込んで飲み込んで、唇を何度も舐めた。
「…まさかここでじゃねえよな?」
やっと唇が離されて、静雄は目が潤んでる。
「勿論。おいで」
臨也は寝室の扉を開けて、静雄の細い体を引き寄せた。
「たくさん愛してあげるからさ」




「静雄さんって、やっぱり津軽に似てるよね」
津軽の鎖骨を舐めながら、サイケは言う。
「ん…っ、どういう…とこ?」
サイケに上半身を殆ど裸にされたまま、津軽は潤んだ目を向ける。
サイケはそれには答えず、白い肌に表れた赤い突起に口づけた。その途端津軽の体がぴくっと跳ねる。
「あ…っ、」
「こう言う反応かなあ」
サイケは笑って津軽に口づけた。
「臨也さんと静雄さん、あっちの部屋で何してるんだろうね」
「きっと愛し合ってるんだよ」



(2010/07/28)
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