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※ギャグです。


 ピンポーン。
 秋晴れの午後。新羅が愛しの彼女と住む愛の巣に、インターホンが鳴り響いた。
「はーい。」
 新羅はパタパタとスリッパの音を響かせて、玄関口へ急ぐ。エントランスの扉を既に通って来たと言うことは、知り合いが訪ねて来たということだ。こんな時間に誰かなあ、と思いながら、新羅は警戒することなく扉を開けた。
 するとそこには、友人二人が対照的な表情をして立っていた。お互いの体に触れ合わぬよう、きっかり10センチほど距離を開けて。
「わあ!、君たち二人が揃って何の用なの?」
 恐ろしさを感じながら、新羅は取り敢えず二人を家の中に招き入れた。静雄は相変わらず不機嫌な顔をし、臨也はいつもの嫌みったらしい笑みを浮かべている。
 一体、何の用なのだろう──。
 二人をリビングに案内しながら、新羅は内心首を傾げる。二人とも外見はどこも怪我をしていないようだが、治療が必要なのだろうか。
「コーヒーでいいかな、二人とも。」
 取り敢えずコーヒーでも淹れるかな、とキッチンに行こうとする新羅を、臨也が片手で制する。
「いいんだ。新羅は座ってて。」
「え?、でも…。」
「座ってろよ。」
 戸惑っているうちに静雄に肩を掴まれ、ソファに座らされてしまう。
 その間に臨也はさっさとキッチンに入って行った。どうやら臨也がコーヒーを淹れてくれるらしい。
「…何?どうしたの?」
 何か頼み事だろうか。
 嫌な予感がして、新羅は隣の静雄を見やる。静雄は来た時からずっと無愛想で(いつもだけど)、とても答えてくれそうにない。
「何もないよ。新羅にはいつもタダで治療して貰っているからね。たまには恩返しってわけさ。」
 臨也はそう言って、コーヒーが注がれたカップをふたつテーブルの上に置いた。自分の分と新羅の分。静雄の分はないらしい。細かい嫌がらせに新羅は呆れ、静雄は小さく舌打ちをした。
「言っておくけど治療費はタダじゃないから。ツケなだけだから!」
 そこだけはちゃんと主張しなければ。新羅はコーヒーを受け取りながら、声を荒げる。大体静雄はともかく、臨也は金持ちじゃないか。
「そのうちまとめて払うよ。」
 なんて言って臨也は笑うけど、ちっとも信用なんか出来やしない。新羅は眉尻を下げると、わざとらしく深く溜息を吐いた。
「なあ、新羅。肩凝ってないか。」
「え?」
 そんな新羅の腕を突然掴み、静雄が体を寄せて来る。
「腕とか足とか。揉んでやる。」
「え、え、でも君の力でやられたら、僕、死…、」
 有無を言わせず体を反転させられ、強引に後ろを向かされた。新羅の華奢な力では、静雄に到底敵う筈もない。

「ぎぃああああああええええええええっっっ!!」

 静雄に肩を揉まれた途端、新羅の絶叫がマンション中に響き渡る。ゴキッと何やら変な音も聞こえたが、気のせいかも知れない。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「…何だよ、変な奴だな。ちゃんと加減したぞ?」
 大袈裟な新羅の叫びに、静雄は眉根を寄せる。何故新羅がこうも痛がるのかを、良く分かっていないようだ。
「シズちゃんは規格外の馬鹿力なんだからさ、加減しても無駄。」
 臨也はそう言って、肩を掴んだままの静雄の手を軽く叩いた。新羅を離せと言うことだろう。静雄はそれにむっとする。
「ああ?、俺は今新羅と話してんだよ。手前は邪魔すん──」
「ねえ、新羅。お腹すかない?良かったら俺が何か作るけど。」
 文句を言う静雄を綺麗に無視し、臨也は新羅の顔を覗き込む。眉目秀麗な男が微笑む姿は大層美しいが、新羅にはその顔も通用しない。胡散臭さを感じるだけだ。
 正直新羅としては、静雄に揉まれた肩の痛みでそれどころではなかった。けれども目の前の臨也は目だけがちっとも笑っておらず、新羅はそれにただ頷くしかない。だって臨也の顔、なんか怖いんだもの!
 鼻歌を歌いながら再びキッチンへ向かう臨也に、静雄は盛大に舌打ちをした。
「俺には料理とか作ってくんねえくせに…。」
「え?」
「なんでもねえ。」
 静雄はそれっきり黙り込んでしまった。新羅としては暴れない静雄はありがたいが、大人しくなった静雄もやはり怖い。
 ふたりきりの静かな部屋に、時計の秒針の音だけがする。新羅は落ち着かずにキッチンの様子をチラチラと窺うが、静雄も気になるのでこの場から動けない。せめてセルティがこの場にいてくれたなら!
 暫くすると、美味しそうな匂いがキッチンから漂って来た。どうやらカレーのようだ。新羅の家にはカレーの材料などないし、臨也が最初から用意して来たのだろう。
「もう出来たのかな。ちよっと早過ぎない?」
 煮込み時間も入れて30分以上は掛かる気がするが、まだ15分くらいしか経っていないのだ。
「帰る。」
「え?」
 突然立ち上がった静雄に、新羅は目を丸くする。
「どうして?カレー一緒に食べないの?」
「二人で食えばいいだろ。」
 どう見ても拗ねている態度で、静雄はリビングを大股に出て行く。その背中は不機嫌なオーラを撒き散らしていて、新羅はそれ以上引き止めることができなかった。新羅だとて我が身が可愛いのだ。
 そこへ、トレイにカレーライスを乗せた臨也がやって来る。リビングに新羅だけなのを見て、片眉を吊り上げた。
「シズちゃんは?」
「帰るって。」
「ふうん。」
 臨也は素っ気なくそう言って、トレイをテーブルの上に置く。カレーの独特な匂いが部屋中に広がった。
「じゃあ俺も帰るかな。」
「えええ?」
 新羅は再び驚いて臨也を見るが、臨也はもうリビングから出て行くところだった。今追うのなら、まだ静雄を掴まえられるだろう。
「はあ…。」
 二人がいなくなった部屋で、新羅は大きく溜息を吐く。慕ってくれるのは嬉しいが、二人が家にいたこの一時間でどっと疲れた気がした。静雄に揉まれた肩は、未だに痛い。
「やっぱり喧嘩してたんだ…。」
 なんだか様子が変だと思ってた。
 お互いへの腹いせの為に新羅の元へ来たのだろう。全くしょうがない友人たちである。
 新羅は苦笑し、テーブルの上のトレイに視線を落とす。出来立てのカレーライスからは、温かな湯気が上がっている。
「って言うか、これ…。」
 新羅は思わず声を出して笑った。皿に盛られたカレーには、野菜が一つも入っていなかったらだ。道理で出来上がりが早かったわけだ。野菜嫌いの臨也らしい。
 静雄は臨也の手料理を食べたがっていたようだけれど、これじゃあ──。
「静雄もきっと怒るんじゃないかなあ。」
 そう言って一口食べてみれば、やはりそれは誰かの為に甘口だった。


(2011/10/04)
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